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糸と針と、わたしたち。  作者: 南蛇井
高校3年生

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136/150

第136話「伝わるかどうかじゃなくて、“伝えたくなる”から」

展示当日。

 校舎の一角、3人が何日もかけて準備した展示スペースは、静かに、でも丁寧に整えられていた。


 布張りの机の上には、それぞれの作品が並ぶ。

 そばには手書きのキャプションカード。壁には写真やスケッチ、作業中の記録。

 そして入口近くには、手作りのパンフレット──表紙には「私たちの1年と、これから」の文字。


「……来ないね」


 ゆらがぽつりと漏らす。

 開始から一時間が経っていた。来場者は少なく、足を止める人もあまりいない。


 教室の端に寄せた椅子に、3人で並んで腰かけていた。


「まあ、文化祭の端の方だし、地味な展示だし……」

 律が冷静に現実を見つめながらも、ほんの少しだけ言葉が沈んでいた。


 さゆりは、それを察したように優しく笑った。


「でも、来てくれた人が、ちょっとでも見てくれたら、嬉しいと思うよ」


 そうは言っても──誰かが「ちゃんと見てくれる」って、思うよりずっと難しい。


 それでも、ほんの数分後。

 小さな声が、空気をやさしく揺らした。


「これ、かわいいー!」


 入り口近くで、小学生くらいの女の子が、ゆらのフェルト作品を指差していた。

 カラフルな動物モチーフのバッジに目を輝かせ、お母さんの腕を引っ張る。


「これね、自分で色えらんだんだって! 説明に書いてた!」


 それを見ていた3人は、思わず無言になった。


 小さな子のまっすぐな反応が、誰よりもまっすぐだった。


「……うれしい、ね」

 ゆらの声が、かすかに震えていた。


 その後も、ちらほらと人がやってきた。

 じっと作品とキャプションを見比べる人。ノートにメモを取る女子高生。

 友達と「へえ、こういう風に作るんだ」と話す男子生徒。


 「たくさんの人に見られる」わけではない。

 でも、「ひとりひとりが、ちゃんと何かを感じてくれてる」ことが、伝わってくる。


 そして、気づいた。


(伝わった、じゃないんだ)


(伝えたいって思ったから、ここまで作れたんだ)


(見せたかったから、手を動かせたんだ)


 ゆらがぽつりと言った。


「……やってよかったね」


 律が少しだけ目を伏せる。


「……まだ途中だけど、ね」


 さゆりは、展示スペースを振り返りながら、静かにうなずいた。


「うん。でも、“途中”の今を見せられてよかった」


 展示スペースには、三人の作品が並んでいた。

 バラバラなようで、でも確かに、同じ空気をまとって。


 伝えることは、たぶん怖い。

 でも、伝えたいって気持ちは、ずっと自分たちを動かしてきた。


 それが、今日という日をつくった。


    ◇


 放課後の光が差し込む中、3人は展示の片づけを始めた。

 パンフレットは、予定より多く減っていた。


(終わったわけじゃない。まだ途中。だけど──)


 手芸部の1年は、静かに、確かに、観客と交差していた。


(つづく)

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