第136話「伝わるかどうかじゃなくて、“伝えたくなる”から」
展示当日。
校舎の一角、3人が何日もかけて準備した展示スペースは、静かに、でも丁寧に整えられていた。
布張りの机の上には、それぞれの作品が並ぶ。
そばには手書きのキャプションカード。壁には写真やスケッチ、作業中の記録。
そして入口近くには、手作りのパンフレット──表紙には「私たちの1年と、これから」の文字。
「……来ないね」
ゆらがぽつりと漏らす。
開始から一時間が経っていた。来場者は少なく、足を止める人もあまりいない。
教室の端に寄せた椅子に、3人で並んで腰かけていた。
「まあ、文化祭の端の方だし、地味な展示だし……」
律が冷静に現実を見つめながらも、ほんの少しだけ言葉が沈んでいた。
さゆりは、それを察したように優しく笑った。
「でも、来てくれた人が、ちょっとでも見てくれたら、嬉しいと思うよ」
そうは言っても──誰かが「ちゃんと見てくれる」って、思うよりずっと難しい。
それでも、ほんの数分後。
小さな声が、空気をやさしく揺らした。
「これ、かわいいー!」
入り口近くで、小学生くらいの女の子が、ゆらのフェルト作品を指差していた。
カラフルな動物モチーフのバッジに目を輝かせ、お母さんの腕を引っ張る。
「これね、自分で色えらんだんだって! 説明に書いてた!」
それを見ていた3人は、思わず無言になった。
小さな子のまっすぐな反応が、誰よりもまっすぐだった。
「……うれしい、ね」
ゆらの声が、かすかに震えていた。
その後も、ちらほらと人がやってきた。
じっと作品とキャプションを見比べる人。ノートにメモを取る女子高生。
友達と「へえ、こういう風に作るんだ」と話す男子生徒。
「たくさんの人に見られる」わけではない。
でも、「ひとりひとりが、ちゃんと何かを感じてくれてる」ことが、伝わってくる。
そして、気づいた。
(伝わった、じゃないんだ)
(伝えたいって思ったから、ここまで作れたんだ)
(見せたかったから、手を動かせたんだ)
ゆらがぽつりと言った。
「……やってよかったね」
律が少しだけ目を伏せる。
「……まだ途中だけど、ね」
さゆりは、展示スペースを振り返りながら、静かにうなずいた。
「うん。でも、“途中”の今を見せられてよかった」
展示スペースには、三人の作品が並んでいた。
バラバラなようで、でも確かに、同じ空気をまとって。
伝えることは、たぶん怖い。
でも、伝えたいって気持ちは、ずっと自分たちを動かしてきた。
それが、今日という日をつくった。
◇
放課後の光が差し込む中、3人は展示の片づけを始めた。
パンフレットは、予定より多く減っていた。
(終わったわけじゃない。まだ途中。だけど──)
手芸部の1年は、静かに、確かに、観客と交差していた。
(つづく)




