第134話「ことばにすると、思い出せる気持ちがある」
図書室の窓辺に、冬の午後の光が差し込んでいた。
外では枯れ葉が風に吹かれ、ひらひらと舞っている。静かなその光景の中で、さゆりは小さくため息をついた。
机の上には、白いレポート用紙と消しゴム、そして何度もキャップを開け閉めしたボールペン。
手芸部の展示まであと数週間。
“自分の作品について、言葉で説明を書いてください”──そう言われて、最初に浮かんだのは「できるかも」という安易な自信だった。
でも、いざ書こうとすると──筆が止まる。
「……うまく言葉に、できない……」
思っていた以上に、自分は“考えて縫っていなかった”のかもしれない。
いや、きっと考えていたはずなのだ。でもそれは、針を動かす手の中に、無言のまま閉じ込められていて──文字にする術を持たなかった。
(何を書けばいいんだろう……)
“これはこういう意図で作った”と、きれいな説明を書くこともできる。
でも、それではどこか、うそになってしまう気がした。
さゆりはそっとペンを置き、図書室を後にした。
◇
放課後の部室には、誰もいなかった。
静かな空気の中、さゆりは引き出しを開け、ある一冊のノートを取り出す。
それは、部活でのやりとりや、各自のアイデア、日々のつぶやき──そんなものが雑然と書かれた共有ノート。
中でも、初めて作品づくりに挑んだ頃の自分の文字が、たしかにあった。
『針がなかなか通らない。思ったより難しい。でも、なんだか楽しい』
『悔しい。あんなに時間をかけたのに、バザーではほとんど見てもらえなかった』
『でも、あの女の子がワッペンを握って「これがいい」って言ってくれた。あの時、やっててよかったって思った』
指先が、ページの端をなぞる。
(……そうだった)
ひとつひとつの縫い目に、あの頃の気持ちがこもっていた。
“うまくできない”という不安。
“届けたい”という気持ち。
“見てほしい”という、ささやかな願い。
それらは、時間とともに薄れていったように思えたけれど──こうして言葉で残されていたからこそ、今、また鮮やかに蘇る。
「……言葉って、すごいな……」
さゆりは、ノートを抱えたままぽつりとつぶやいた。
「展示用の説明って、“誰かに見せるため”に書いてるんだと思ってた。でも……」
言いかけて、ふと笑う。
「……わたし自身が、“思い出す”ために書いてるのかもしれないね」
白い紙を前に、もう一度、ペンを握る。
今度は、怖くなかった。
『この作品は、初めて「悔しい」と思った日の気持ちが、まだ針目に残っています──』
過去と、今と、そしてこれから出会う誰かに向けて。
その言葉は、ゆっくりと紙の上に形を成していった。




