表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
糸と針と、わたしたち。  作者: 南蛇井
高校3年生

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

134/150

第134話「ことばにすると、思い出せる気持ちがある」

 図書室の窓辺に、冬の午後の光が差し込んでいた。

 外では枯れ葉が風に吹かれ、ひらひらと舞っている。静かなその光景の中で、さゆりは小さくため息をついた。


 机の上には、白いレポート用紙と消しゴム、そして何度もキャップを開け閉めしたボールペン。


 手芸部の展示まであと数週間。

 “自分の作品について、言葉で説明を書いてください”──そう言われて、最初に浮かんだのは「できるかも」という安易な自信だった。


 でも、いざ書こうとすると──筆が止まる。


「……うまく言葉に、できない……」


 思っていた以上に、自分は“考えて縫っていなかった”のかもしれない。

 いや、きっと考えていたはずなのだ。でもそれは、針を動かす手の中に、無言のまま閉じ込められていて──文字にする術を持たなかった。


(何を書けばいいんだろう……)


 “これはこういう意図で作った”と、きれいな説明を書くこともできる。

 でも、それではどこか、うそになってしまう気がした。


 さゆりはそっとペンを置き、図書室を後にした。


    ◇


 放課後の部室には、誰もいなかった。


 静かな空気の中、さゆりは引き出しを開け、ある一冊のノートを取り出す。

 それは、部活でのやりとりや、各自のアイデア、日々のつぶやき──そんなものが雑然と書かれた共有ノート。

 中でも、初めて作品づくりに挑んだ頃の自分の文字が、たしかにあった。


『針がなかなか通らない。思ったより難しい。でも、なんだか楽しい』

『悔しい。あんなに時間をかけたのに、バザーではほとんど見てもらえなかった』

『でも、あの女の子がワッペンを握って「これがいい」って言ってくれた。あの時、やっててよかったって思った』


 指先が、ページの端をなぞる。


(……そうだった)


 ひとつひとつの縫い目に、あの頃の気持ちがこもっていた。

 “うまくできない”という不安。

 “届けたい”という気持ち。

 “見てほしい”という、ささやかな願い。


 それらは、時間とともに薄れていったように思えたけれど──こうして言葉で残されていたからこそ、今、また鮮やかに蘇る。


「……言葉って、すごいな……」


 さゆりは、ノートを抱えたままぽつりとつぶやいた。


「展示用の説明って、“誰かに見せるため”に書いてるんだと思ってた。でも……」


 言いかけて、ふと笑う。


「……わたし自身が、“思い出す”ために書いてるのかもしれないね」


 白い紙を前に、もう一度、ペンを握る。

 今度は、怖くなかった。


『この作品は、初めて「悔しい」と思った日の気持ちが、まだ針目に残っています──』


 過去と、今と、そしてこれから出会う誰かに向けて。

 その言葉は、ゆっくりと紙の上に形を成していった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ