第13話「知らないうちに、選ばれてた」
部室の窓からは、梅雨明けの強い光が差し込んでいた。
木目の机の上には、まだ乾ききっていない紫陽花のモチーフが並んでいる。柔らかなステッチの輪郭に、光がふわりと映る。いとはそのひとつに手を伸ばして、そっと触れた。
「……さゆりの刺繍、やっぱり綺麗だな」
そうつぶやいた瞬間、部室のドアが開いた。
「ごめん、遅くなった!」
さゆりがやってきた直後、今度はまどかが続く。そして、少しして顧問の白川先生が顔を出した。
「ちょうどよかった。さゆりさん、ちょっと来てくれる?」
さゆりが不思議そうに首をかしげながら職員室へ向かい、数分後──
「えっ……展示会って、何ですか……?」
廊下の掲示板の前で立ち尽くすさゆりの手には、一枚の書類が握られていた。
「あなたの作品が、『地域文化交流フェア』の展示部門に推薦されたのよ」
後ろから白川先生の穏やかな声が届く。
「そんなつもりじゃなかったのに……」
さゆりの声は小さく震えていた。
いとは駆け寄ると、すぐにさゆりの手元を覗き込んだ。
「すごいよ! 本当に選ばれたんだね!」
彼女の顔が、ぱっと明るくなる。
だが、さゆりの目はうつむいたままだ。
「私、あんなにちゃんとしたの作ったわけじゃないし……ほら、ただ思いつくままに縫っただけだから」
「でも、見てる人はちゃんとわかってたんだよ。わたしだって、さゆりの紫陽花、すごく好きだったもん」
その言葉に、さゆりは一瞬だけ顔を上げる。
けれどすぐに視線を落とし、小さくつぶやいた。
「……うれしいより、ちょっと怖い」
いとはその言葉に返す言葉を探しながらも、そっとさゆりの横に並んで立った。
掲示板のガラス越しに映る二人の姿。部活動紹介ポスターの隣に、新たな案内が貼られる準備が進んでいた。
それは、手芸部が初めて“外の世界”へ足を踏み出す合図。
いとの胸の奥で、静かに何かが動き出していた。




