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糸と針と、わたしたち。  作者: 南蛇井
高校3年生

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129/150

第129話「わたしの“らしさ”って、どこにある?」

午後五時の空は、灰色とオレンジの間をぐずぐずと揺れていた。

 秋の終わりの風はもう、冷たいというより乾いていて、律はその風に前髪を持っていかれながら、公園のベンチに腰掛けていた。


「……“かっこいい”って、なに?」


 呟いた声は風に吸い込まれた。

 文化祭で、自分の作品を見た何人かが口にしていた評価──“かっこいい”“理系っぽい”“なんか変わってて、すごい”。

 そのときは、うれしかったはずだった。

 でも、時間が経つにつれて、何かが胸の内でざわつき始めていた。


「それって、“わたしらしい”ってこと?」


 自分の作品は、立体的な構造を持ち、糸の交差やパターンの規則性が前面に出ている。

 “感情”や“物語”ではなく、“法則性”と“構造美”。

 たしかに、そういうのが好きだし、作っていて楽しい。でも、ふと周囲を見渡すと、ゆらの作品は見る人の気持ちを明るくして、さゆりの刺繍はまるで詩のように、心の奥にじんわり染み込んでいく。


「私のは……冷たくない?」


 風がまた吹いて、木の葉をさらっていく。

 答えが出ないまま、律はベンチから立ち上がり、学校へと戻る。もう誰もいないだろうと思いながら、鍵のかかった部室の窓を覗くと、夕陽が棚を赤く染めていた。



 部室の鍵を開け、中に入る。

 静けさが心地よい。気まぐれに引き出しを開けると、封筒に入った数年前の資料の束が出てきた。

 その中に──一枚の布が折りたたまれていた。


「……これ、かなえ先輩の……?」


 黒と白の糸で緻密に構成された刺繍は、一見すると何かの設計図のようだった。点と線が交差し、円や螺旋、規則的な形状が連なっている。

 でも、よく見ると──その中に、ちいさな“ずれ”や“ゆらぎ”があった。ほんのわずかに、線が跳ねていたり、円が歪んでいたり。

 まるで、感情が“構造”の中に隠れているみたいだった。


「……あ、あのとき言ってた」


 去年、かなえ先輩が言っていた。

 『律の作品、好きだよ。わたしには作れない。理屈っぽいのに、なぜかあったかい。──あなたらしい、って思った』


 思い出すと、少しだけ目頭が熱くなる。


 誰かと同じじゃなくてもいい。

 “感情”をそのまま刺繍するのではなく、“構造”の中に込める。それが、わたしのやり方なんだ。



 帰り道の途中、コンビニの明かりが街の輪郭を浮かび上がらせる頃、律は立ち止まってノートを開いた。

 書きかけのアイデアスケッチの隅に、ペンを走らせる。


「“わたしらしさ”は、構造の中に感情を見つけたいってこと──かも」


 風が、そっとページをめくった。

 律はノートを閉じると、まっすぐ前を見て歩き出した。

 たとえ“賞”に届かなくても、これはきっと、わたしにしか作れないかたちだ。

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