第127話「静かな言葉を、布に」
主役:さゆり
舞台:さゆりの自室、部室(展示レイアウト検討)
真っ白なリネンの小片に、針を落とす。
その夜、さゆりの部屋は静かだった。机の上には整えられた刺繍糸、手元のライトが小さく震えている。
──“風がやんだら、なにが聞こえる?”
その言葉を、淡いグレーの糸で丁寧に縫い込んだ。
言葉が好きだった。声に出さず、胸の中にだけそっと置いておくような短い言葉。
詩ともつかない、誰かへの手紙の断片のようなもの。
文化祭用に何を作るか迷っていたとき、ふと思いついた。
「言葉を刺繍にしてみよう」
ひとつの布に文章を連ねるのではなく、一片ごとに、ひとことだけ。
短くて、すぐ読み終えてしまうくらいの。
けれど――
「……これ、目立たないよね……」
言葉の数々を並べた小さな布たちは、どれも控えめで、地味で、まるで壁のシミみたいだ。
文化祭のようなにぎやかな空間にあって、これが“展示”と呼べるのか、不安だった。
数日後、部室では展示のレイアウト会議が行われていた。
テーブルの上に、各メンバーが持ち寄った作品案が並ぶ。可愛い小物、カラフルな刺繍、立体的な装飾。どれも目を引く。
そのなかに、さゆりの“言葉の布”が並ぶと――どこかしら、沈黙が生まれた。
「ちょっと地味かな」「読みにくいかも……」
そんな空気が、言葉にならずに漂ってくる。
さゆりはうつむきかけたが、そのとき――
「でもね、静かに届く言葉って、意外と“残る”んだよね」
そう言ったのは、部室の奥で糸を巻いていた、かなえ先輩だった。
顔は上げず、何気ない口調だったけれど、たしかにそれは――さゆりに向けられた言葉だった。
さゆりは小さく目を見開いた。
(……届く、か)
その夜、彼女は風にそよぐように吊るすイメージで、布の展示案を描いた。
教室の壁に並べるのではなく、天井から吊るし、来場者がふと立ち止まり、目線を上げるような形で。
その姿は、まるで“風に舞う手紙”だった。
文化祭前日。展示準備の時間。
部室の隅で、さゆりは吊るすための透明な糸を静かに結んでいた。
20枚の布、それぞれに違う言葉。
──“だれかが読んでくれるかわからない”
──“でも、読まれなくても、たぶん、わたしはうれしい”
吊るされた布が風に揺れると、小さな影がゆらゆらと教室の床を横切った。
誰かが読むか読まないかではなく、ただそこに在るということ。
言葉が、静かに存在するということ。
ラストシーン:文化祭前の教室、夕暮れ
天井から吊るされた20枚の“言葉の布”が、窓からの風に揺れている。
一枚一枚の布が、まるで囁くようにメッセージを伝えているようだった。
さゆりは、それを少し離れたところから見つめて、小さくつぶやいた。
「……声が小さくても、届くって信じたい」
それはまるで、自分に向けたおまじないのようでもあり――
誰かの胸に、そっと触れてほしいという願いでもあった。




