第126話「“わたしの好き”って、ちゃんとある」
主役:ゆら
舞台:文化祭準備中の教室、部室、帰り道
「ゆらちゃんって、あの刺繍の子だよね?」
振り返ると、同じ学年だけどクラスの違う女の子が、画用紙を切りながら笑っていた。
「この前見たよ、展示用の作品。すっごいアートっぽいっていうか……なんか、絵本の一場面みたいで、好きだった」
「あっ……ありがとう」
とっさに言葉が出なくて、ゆらは照れたように笑った。
“アートっぽい”
──なんだか不思議なほめ言葉だった。うれしい。でもちょっと、距離のある響き。
教室のあちこちで、紙で作った動物の飾りや、リボンをあしらった可愛いグッズが机の上に並んでいる。
それらと比べて、自分の刺繍は――
(……ちょっと浮いてるかも)
針と糸で描いた自分の作品は、どこかファンタジックで、抽象的だった。モチーフは「風のかたち」とか「空に溶けた夢」とか、説明しづらいものばかり。かわいいとか、使えるとか、そういうわかりやすさはない。
(こういうとき、“うまい”って、なんなんだろう……)
モヤモヤした気持ちをかかえたまま、放課後の部室へと戻ると、律が一人、刺繍枠を抱えて糸を刺していた。
「……ゆらちゃん、おつかれ」
「……うん。律ちゃんも?」
静かな時間が流れる。手の動きだけが、ふたりのあいだに音を残していた。
やがて、ゆらはぽつりとこぼした。
「ねえ、わたしの作品って……変かな?」
律は針を止め、まっすぐにゆらを見る。
「変っていうか……うん、独特。でもね、“好き”がちゃんとあるの、わたしにはそれがすごくいいと思う」
「“好き”……?」
「説明されなくても、見てると“こういうのが好きなんだな”って、伝わってくる。色も、形も、物語も。だから、わたし、ゆらちゃんの作品……好き」
それは、どこかくすぐったくて、あたたかくて――
ゆらの中で、きゅっと何かがほどけた気がした。
夜、自室で糸箱をひらく。
色とりどりの刺繍糸を見つめながら、ゆらは一度はしまった“レモン色の糸”を取り出した。
迷っていたピンクの濃淡も、並べてみる。
(……やっぱり、こういう色が好きだ)
脳裏にふと、校舎の白い壁が浮かぶ。
その白さに、ちくちくと、色を重ねたら――まるで、自由な落書きみたいにできるかも。
「文化祭の壁に、“刺繍で描いた落書き”を飾ろう」
誰に頼まれたわけでもない。正しい答えなんて、どこにもない。
それでも、自分の“好き”を置いてみたくなった。
ラストシーン:帰り道
秋風が頬をなでる夕暮れ、ゆらはリュックを背負いながらぽつりとつぶやいた。
「うまく説明できないけど……“好き”が見えてきた気がする」
その声に、誰も返事はしなかったけれど。
その一歩は、ゆらにとって、とても確かなものだった。




