第125話「評価されるって、どういうこと?」
主役:律
舞台:部室、自室(夜の場面)
部室に響くのは、静かな針の音だけだった。
机に向かう律の指先は、寸分の迷いもなく布の上を走る。無駄を削ぎ落としたようなその動きは、まるで定規でなぞるような正確さと緊張感に満ちていた。
──コンクール応募まで、あと三日。
図案はすでに仕上がっていた。ステッチのバリエーションも、色のグラデーションも、納得いくものを選んだ。なのに。
「……足りない気がする」
律はそっと手を止めた。
完成に近づくほど、心の中に黒い靄のような不安が広がっていく。
“評価される”って、どういうこと?
“評価されるために刺繍する”って、自分にとって、どういう意味?
机の上に広げた作品は、整っている。でも……何かが、足りない。
「誰かに見せるものなのに、自分だけで作ってる気がするの、変だよな……」
律はつぶやいて、視線を落とす。
ノートの端に書き溜めていた言葉たちが目に留まった。
──“光は、手のひらの内側からこぼれる”
──“刺せば刺すほど、わたしが浮き彫りになる”
──“不器用な光”
ページの隅っこにあった、その言葉にふと、針を持つ手が止まる。
「……“不器用な光”か」
その瞬間、胸の奥がかすかに震えた。
きっと、自分の作品は完璧じゃない。見る人によっては、技術不足だと思われるかもしれない。
それでも――この刺繍には、言葉がある。気持ちがある。
その夜、律は遅くまで作品に向き合いながら、初めて“自分の作品にタイトルをつける”ということに挑んだ。
朝。眠い目をこすりながら部室に入ると、ゆらがコーヒー牛乳片手に待っていた。
「おはよー……って、律ちゃん、目の下クマ!」
「夜更かししてたから……ちょっと、考え事してて」
「もしかして、コンクールのこと?」
律は少し間を置いて、こくりとうなずいた。
「……自分の作品、ちゃんと“伝わる”か不安だった。でも……」
彼女は小さく笑った。
「ちょっと楽しみになってきた。“不器用な光”ってタイトル、つけたんだ」
ゆらがぱちぱちと手を叩く。
「すてき! わたし、それだけで見たくなるもん」
「ほんと?」
「うん! だって、“不器用な光”って……律ちゃんっぽい」
律は驚いてから、ふっと肩の力を抜いた。
──伝わるかもしれない。
たとえ全部じゃなくても、誰かに、何かが。
ラストナレーション:
評価されるためじゃない。伝えたくて作ることが、もしかしたら“評価”に変わるのかもしれない。
律の作品は静かに語りはじめる──言葉よりもゆっくりと、けれど確かに。




