第12話「見てくれる人がいた」
昼休み。
パンを手にしたいとは、何気なく掲示板前の廊下を歩いていた。
校内の掲示板横には、文化部のミニ展示コーナーがある。
そこに、手芸部の今月の作品──“雨音と紫陽花”が飾られていた。
作品を掲示して数日。
貼り出したその日、部室に戻ったときの達成感はまだ胸に残っていたけれど、通る生徒はほとんど素通り。
特に感想が聞こえるわけでもなく、いとは少しだけ肩を落としていた。
(……まあ、こんなもんか)
少しのがっかりと、ちょっとした恥ずかしさ。
でも、「やれることはやった」と自分に言い聞かせて、気にしないようにしていた。
その時だった。
「この紫陽花の、すごくきれい……」
いとは足を止めた。
掲示板の前に、制服のリボンがまだ新しい1年生の女の子が2人。
そのうちの1人が、じっと展示を見つめてそう言ったのだった。
「ほんとだ……色、にじんでるみたい」
もう1人も、隣で頷いている。
──それは、いとの作品だった。
紫と青を何度も重ねて、雨のにじみを表した、あの紫陽花。
右下には、小さな“ito”のサインが縫われている。
(え……)
一瞬、胸が跳ねた。
けれど、声をかける勇気はなかった。
──気づかれたら、なんか変かも。
いとはそっと後ろを向いて、廊下の角を曲がる。
誰にも見つからないように。
でも──その頬は、ほんのり赤く染まっていた。
(“誰か”って、本当に、いたんだ……)
あの日、まどかが言っていた言葉を思い出す。
「“誰か”は、いつもは見えないけど、見てくれてるよ」
(……見てくれたんだ)
たったひとりでも、たったひとことでも。
作品が、言葉を持って。
名前が、その証になる。
いとは帰り道、小さくつぶやいた。
「ありがとう」
声にならない声が、夕方の風に溶けていった。




