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糸と針と、わたしたち。  作者: 南蛇井
高校3年生

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119/150

第119話「一針ずつって、こういうこと」

主役:ゆら

舞台:部室・自宅


「……あれ? あれ……?」

小さなため息が、糸と布のあいだからこぼれる。

夏の午前、部室に差し込む陽射しの中で、ゆらはじっと布に向かっていた。


モチーフの花弁が、どうしても歪んでしまう。形を整えようとすればするほど、糸の流れがぎこちなくなり、輪郭が揺れてしまう。


三度目のやり直しで、ゆらはついに針を置いた。

ぽん、と机に広がる小さな音。隣で手を動かしていた律が、その音に気づいてふと視線を上げる。


「ゆらちゃん」

「……ごめんなさい、また失敗しちゃって」

「違うよ」律は首をふる。「前より、“きれいに作ろう”としてるんだね」


「きれいに……」

ゆらの手が、わずかに震えた。


その夜。

自室の机、蛍光灯の下。

ゆらはひとつの箱を引き出しから取り出した。中にはこれまで作ってきた小さな小物たち――歪んだフェルトのマスコット、ほどけかけたブレスレット、刺繍糸が絡まったくるみボタン。


「……全部、下手だなあ……」

思わず苦笑しながらも、ゆらはひとつひとつ手に取っていく。


ボタンを渡したとき、あおばが「かわいい!」と声をあげた顔。

失敗作のマスコットを、律がそっとポーチにつけてくれていた日。

「へたくそだったけど、ちゃんと届いてた……」


上手くなくても、誰かに伝わった気持ちが、確かにあった。

そのことが、じわりと胸の奥に広がっていく。


翌日。

部室に入ってきたゆらは、まっすぐ自分の机に向かい、そっと座る。


糸を手に取る。昨日までのやり直しの跡がある布に、針を刺す。


焦らない。

一針ずつ。

まっすぐじゃなくても、ゆっくりでも。

大丈夫。きっと、大丈夫。


音楽も会話もない静かな部室に、小さく糸の音が響く。

すぐそばで作業していたさゆりがふと手を止め、ゆらの手元を見て、小さく頷いた。


その目は、どこか懐かしいものを見つめるように、やさしかった。


ラストモノローグ

「一針ずつって、こういうことなんだ――」

失敗を恐れず、伝えたい気持ちを縫い重ねていく。

それが、ゆらの“いま”の刺繍だった。

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