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糸と針と、わたしたち。  作者: 南蛇井
高校3年生

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117/150

第117話「“集めたもの”で、私はできている」

夏休み。

蝉の鳴き声が、遠くから部室の窓をすり抜けてくる。


「おはようございます……」


そう言って扉を開けたのは、さゆりだった。

けれど中には誰もいなかった。昨日まで誰かが残していった制作の跡が、机の上にぽつぽつと残っているだけだ。刺繍枠、布、図案。色とりどりの糸。どれも、誰かが「自分の言葉」を探している途中に違いなかった。


さゆりはそっと鞄を置き、部室の隅にある本棚に目を向ける。ふと、一冊のノートに目が留まる。あおばのメモ帳だった。ページの端に「今度、モチーフにできそうな言葉をためる」なんて書いてある。


――言葉。


さゆりは、胸の奥に小さなとげのような感触を覚える。


その日の帰り道、彼女はふと立ち止まり、遠回りして古い自分の部屋に向かった。



陽が高く昇る午後。

机いっぱいに並べたのは、自分が作ってきた手芸の記録。中学の頃の刺繍ノート、高校に入ってすぐに作った小物、言葉をテーマにした初めての作品、失敗した立体刺繍。しわだらけのスケッチブックもある。書いた本人すら意味を忘れてしまった走り書きのメモまで。


「……いっぱいあるなぁ」


あらためて見渡してみると、それはまるで、自分の中に残った“時間のかけら”みたいだった。


そのとき、ふと一枚の布が目に留まる。

それは中学の卒業制作のひとつ。中央には、拙いけれど丁寧な手縫いの言葉が刺されていた。


「縫い目の一つひとつに、私の思いが詰まってる」


ああ、こんな言葉、自分で書いたんだ。

忘れていた。恥ずかしいけど、どこかあたたかい。


……たしかに、私はずっと「つくって」きた。

思いを込める場所を探しながら、針を動かしてきた。


迷いながらでも、糸を通してきたんだ。


その夜、さゆりはノートのすみに、鉛筆でそっと書きつける。


「私は、集めたものの全部でできている」


誰かに見せるわけじゃない。

でも、今の自分にとっては、大切な“言葉”だった。



翌日、部室。


さゆりは新しい布を机の上に広げ、そっと刺繍枠にはめ込む。

選んだのは、控えめなベージュと、やわらかいグレー。それから、ほんの少しのラベンダー色。目立たない色。でも、それらが重なると、不思議とやさしい調和が生まれる。


図案は、手のひらほどの小さな花。だけどその中には、こっそり昨日の“言葉”を折り込んである。

外からは見えないけど、自分だけが知っている場所に。


さゆりの針が、静かに動く。


一針、また一針。

何も語らず、何も主張せず、けれど確かに「さゆりの作品」が、そこに生まれていく。


その様子を、そっと扉の外からのぞいたゆらが、ほぉっと目を細めた。


「……きれい」


誰に聞かせるわけでもない、ささやかなつぶやきだった。


けれどきっと、その言葉こそが、今のさゆりにとって――

もっとも必要な“色”だったのだろう。

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