第116話「“さゆりらしさ”って、どんな色?」
白い布の上に、淡い糸がほどけていく。
さゆりは、部室の机に身をかがめながら、黙々と針を運んでいた。
手は動いている。けれど――頭は、まだ迷っていた。
(これでいいのかな……)
テーマは「自分の原点」。
作品の構想を練る中で、何を作るかは決まった。
でも。
(色が、決まらない)
赤は強すぎる気がする。
青は、冷たい印象になるかも。
黄色は、ちょっと明るすぎるし、ピンクは似合わない。
結局、いつも選ぶのは、無難な生成色や、うすいグレー。
気づけば、下書きの刺繍図案はほとんど“安全圏”の色ばかりになっていた。
「んー……」
思わず漏れた声に、部室の奥で糸を選んでいた“いと”が振り向く。
「さゆりってさ、色で言うなら……何色だと思う?」
「えっ?」
唐突な問いに、さゆりは一瞬ぽかんとする。
「いや、ふと思って。自分の色って、自分じゃわかんないじゃん」
いとは口角を上げて笑うと、後ろから部室に入ってきたあおばに目を向けた。
「ねえ、あおばは? さゆり先輩って、何色?」
「え?」
突然の質問に、あおばは少し考えてから、静かに言葉を紡ぐ。
「……淡いけど、にじむ色、かな。
一つの色っていうより、他の色に染まっていく感じ。重ねていくと、深くなるというか」
「へぇ~」といとは感心したように頷いた。
でも、さゆりは――その言葉に、少しだけ固まっていた。
(にじむ、色……?)
自分ではずっと、「目立たない色」だと思っていた。
誰かの強い色に隠れて、溶けてしまうような。
選ばれない、忘れられるような色。
でも――あおばの目には、それが「重ねることで広がる」色に映っていた。
知らなかった。
「……ありがとう、二人とも」
照れくささを隠すように笑ったその顔を見て、いとは満足げに頷いた。
「じゃ、迷ったら“らしさ”じゃなくて、“らしくなる途中”を信じてみたら?」
「“らしくなる途中”?」
「そう。さゆりは“にじむ色”なんだから、じわーっと染まっていけばいいんだよ」
その後、さゆりは図工準備室へと向かった。
使われなくなった古い糸見本帳の引き出しを開けると、そこには、誰も選ばなかったような曖昧な色の糸がいくつもあった。
淡い水色と、やわらかいサンドベージュ。
それから、グレーと桃色の間のような、名前のわからない色。
さゆりは、それらを一つひとつ手に取っていった。
その日の夕方、部室に戻ったさゆりは、静かに針を通し始める。
選んだのは、誰の目にも鮮やかではない色。
でも、自分が見て「きれいだ」と思った色。
(“自分の色”は、選ぶものじゃないのかもしれない)
(ただ、それを“信じる”だけ)
ひと針、またひと針。
布の上に、ゆっくりと“さゆりらしさ”が浮かび上がっていく。




