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糸と針と、わたしたち。  作者: 南蛇井
高校3年生

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116/150

第116話「“さゆりらしさ”って、どんな色?」

白い布の上に、淡い糸がほどけていく。


 さゆりは、部室の机に身をかがめながら、黙々と針を運んでいた。

 手は動いている。けれど――頭は、まだ迷っていた。


(これでいいのかな……)


 テーマは「自分の原点」。

 作品の構想を練る中で、何を作るかは決まった。


 でも。


(色が、決まらない)


 赤は強すぎる気がする。

 青は、冷たい印象になるかも。

 黄色は、ちょっと明るすぎるし、ピンクは似合わない。


 結局、いつも選ぶのは、無難な生成色や、うすいグレー。

 気づけば、下書きの刺繍図案はほとんど“安全圏”の色ばかりになっていた。


「んー……」


 思わず漏れた声に、部室の奥で糸を選んでいた“いと”が振り向く。


「さゆりってさ、色で言うなら……何色だと思う?」


「えっ?」


 唐突な問いに、さゆりは一瞬ぽかんとする。


「いや、ふと思って。自分の色って、自分じゃわかんないじゃん」


 いとは口角を上げて笑うと、後ろから部室に入ってきたあおばに目を向けた。


「ねえ、あおばは? さゆり先輩って、何色?」


「え?」


 突然の質問に、あおばは少し考えてから、静かに言葉を紡ぐ。


「……淡いけど、にじむ色、かな。

 一つの色っていうより、他の色に染まっていく感じ。重ねていくと、深くなるというか」


「へぇ~」といとは感心したように頷いた。


 でも、さゆりは――その言葉に、少しだけ固まっていた。


(にじむ、色……?)


 自分ではずっと、「目立たない色」だと思っていた。

 誰かの強い色に隠れて、溶けてしまうような。

 選ばれない、忘れられるような色。


 でも――あおばの目には、それが「重ねることで広がる」色に映っていた。


 知らなかった。


「……ありがとう、二人とも」


 照れくささを隠すように笑ったその顔を見て、いとは満足げに頷いた。


「じゃ、迷ったら“らしさ”じゃなくて、“らしくなる途中”を信じてみたら?」


「“らしくなる途中”?」


「そう。さゆりは“にじむ色”なんだから、じわーっと染まっていけばいいんだよ」


 その後、さゆりは図工準備室へと向かった。

 使われなくなった古い糸見本帳の引き出しを開けると、そこには、誰も選ばなかったような曖昧な色の糸がいくつもあった。


 淡い水色と、やわらかいサンドベージュ。

 それから、グレーと桃色の間のような、名前のわからない色。


 さゆりは、それらを一つひとつ手に取っていった。


 その日の夕方、部室に戻ったさゆりは、静かに針を通し始める。


 選んだのは、誰の目にも鮮やかではない色。

 でも、自分が見て「きれいだ」と思った色。


(“自分の色”は、選ぶものじゃないのかもしれない)


(ただ、それを“信じる”だけ)


 ひと針、またひと針。


 布の上に、ゆっくりと“さゆりらしさ”が浮かび上がっていく。

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