第114話「私、何が好きだったっけ?」
「みんな、好きなお菓子って何?」
放課後の部室、まこが机にぽんと袋を広げた。
カラフルなパッケージのスナックや駄菓子、焼き菓子がころころと転がる。
「あ、これ昔よく食べたやつー!」「私、これ苦手だったけど今は好きかも」
わいわいと楽しげな声が交わされる。
その輪の中で、さゆりは一言も発せずにいた。
(……私、何が好きだったっけ?)
昔、夢中になったもの。
無意識に手を伸ばしていた味、色、素材、形。
今、そう聞かれても、なぜか指先が動かない。
言葉も、浮かんでこない。
次の日の昼休み。
購買帰りの廊下で、チョコパン片手に歩いていたさゆりは、偶然まこと並んだ。
「一緒に食べませんか? ……ベンチ、空いてますし」
まこの誘いで、ふたりは屋上裏の小さなベンチに腰を下ろした。
風が通り、遠くで部活の声が聞こえる。
パンの袋を開けながら、さゆりがぽつりとつぶやいた。
「ねえ、まこちゃん。……私、昔は何が好きだったんだろうって、考えちゃってさ」
まこはチョコパンを口に運び、もぐもぐと咀嚼した後、にこりと笑う。
「“好き”って、変わってもいいと思いますよ」
「変わっても……いい?」
「うん。あのとき好きだったこと、今も続けてることってあんまりないかも。でも、“好きだった気持ち”はちゃんと覚えてる。あのときのワクワクとか、夢中になった感覚とか」
さゆりはまこの横顔を見る。
何気ない言葉の奥に、ちゃんとした芯があった。
自分はどうだっただろう。
小さなことで笑って、小さなもので感動していた頃。
いつから、“ちゃんとしなきゃ”が邪魔をするようになったのだろう。
ベンチの足元に、風がそっと吹き抜ける。
午後の授業が終わり、夕方。
誰もいない自室で、さゆりは本棚の脇の引き出しを開けた。
埃の積もった箱をひとつ、そっと取り出す。
中には、色褪せた糸、子ども用の針山、そして最初に買ってもらった丸枠刺繍枠。
「あった……」
記憶の底に沈んでいたものが、ふいに浮かび上がる。
あのとき、これで花を縫おうとして、めちゃくちゃになって、でも笑っていたっけ。
まだ“好き”かどうかは、わからない。
でも、“好きだった”自分を思い出せた。
小さな箱の中に、過去の自分の「きっかけ」が眠っていた。




