第109話「ちいさなわたしの、ちいさなアイデア」
放課後の部室。
ホワイトボードの前に集まった全員が、ピリッとした空気の中にいた。
「……今年の全国手芸コンクール、テーマは“記憶のかたち”だって」
律先輩が、スマホの画面を見ながら言った。
その言葉をきっかけに、教室の一角がざわつき始める。
「去年より、抽象的だね」
「“記憶”かぁ……それぞれ違うし、幅は広そう」
「でも難しいよね、形にするの。個人的な思い出って、他人には伝わりにくいし」
あおば先輩、いと先輩、まこ。みんなが次々と口を開いていく。
そのやりとりの中、私は一歩だけ、言葉の輪の外側にいた。
“記憶のかたち”。
それは、なんだろう。
私の中にも、いくつかの思い出がある。
でも、それをどうやって「作品」にするのか。いや、その前に──
(わたし……なにが作りたいんだろう)
はじめてその問いに、ぶつかった。
手芸は好き。でも、好きなだけじゃ答えにならない。
「テーマに沿って」「自分らしく」「伝わるものを」──それって、何?
言葉が出なくて、私はそのまま椅子に深く腰かけた。
針と糸の音が、遠くに聞こえた気がした。
* * *
部活が終わって、帰り道。
夕暮れの風が、肌を撫でていく。ちょっと涼しい。
寄り道した公園のベンチに腰を下ろすと、鞄からポーチを取り出した。
中から出てきたのは、手のひらサイズの、ちいさなメモ帳。
クラフト紙の表紙に、生成りの布とリボンを貼っただけの、簡単なもの。
だけど私にとっては、はじめて「自分でデザインした」作品だった。
ページの端っこには、小さな刺繍糸で飾り縫いもしてある。
「……これ、いつ作ったんだっけ」
自然と笑みが漏れる。
大きなものじゃない。見栄えも、ない。
でも、これを手にするたび、なんだか気持ちが落ち着く。
(あ……)
思考がふっと止まり、風が抜けた。
「わたし、小さいのが、好きかも」
小さくて、さりげなくて、
でも、使うたびにうれしくなるような──
そういうのを、つくりたい。つくって、届けたい。
それは誰かの“記憶のかたち”にも、なりうるんじゃないか。
そんな気がした。
* * *
「……布小物のセットを作ってみたいんです」
部室に戻ってすぐ、私はまっすぐに言った。
律先輩が、少し驚いた顔をする。
けれどすぐに、あおば先輩が柔らかく笑った。
「どんなの?」
「えっと……手のひらサイズの、ミニ針山とか、ピルケースとか、ちょっとした布の封筒みたいなのとか……。使うたびに、“ちょっといい日”になるようなもの」
「かわいいね、それ。誰かの日常に、そっと寄り添う感じ」
「うん、記憶って“事件”じゃなくて、“日々”だしね」
先輩たちは、そう言ってうなずいてくれた。
自信があったわけじゃない。でも、ちゃんと受け止めてもらえた。
それだけで、胸の奥が少しあたたかくなる。
ああ、やっぱり、ここが好きだなって思った。
* * *
窓際の机で、針山に糸を刺しながら、私はぽつりとつぶやく。
「……ちいさいけど、大事なことって、あるよね」
誰かが隣で、うん、と小さく返事した。
それが、ちょっとだけ嬉しかった。




