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糸と針と、わたしたち。  作者: 南蛇井
高校3年生

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105/150

第105話「“刺すこと”が、わたしをつくる」

真夜中の自室。机の明かりの下、日下部ゆらは小さく息を吐きながら、針先に集中していた。


 輪ゴムで代用した刺繍枠は、頼りないけれどちゃんと布を張ってくれている。布は、タンスの奥から見つけた母の古いハンカチ。端が少しほつれていたが、それも今はちょうどいい練習台だった。


 針を刺し、引き抜き、また刺す。そのたびに布の表情が変わっていく。色も模様も、すべては自分の手の動きに従って現れる。


(なるほど……ここ、斜めに引っ張ると布がよれるんだ)


 そう気づけば、すぐにノートに書きとめる。手芸部に入って以来、ゆらは毎晩この「反省と記録」の時間を取っていた。


「失敗、というより……気づきかな」


 そうつぶやきながら、ノートに小さく〈今日の気づき〉と見出しをつける。


 翌日の部室。窓から入るやわらかな光のなか、ゆらはいつものように端の席に座って練習を始めていた。


 ふと、その様子を見ていたあおばが、感心したように声をかけた。


「ゆらちゃん、ひとりで進められるの、すごいね」


「え? ……あ、うん。楽しいから」


 あっけらかんと返されて、あおばは一瞬、言葉を失った。まったく気負いのないその笑顔に、なんだか胸がざわつく。


 すぐ近くでは、律がそっとピンクッションを直しながら、小さくつぶやいた。


「私が最初に自分で刺したときって、どうだったかな……」


 その声はかすかに苦笑を含んでいた。


 夕方、練習を終えたゆらが、布を大事そうに持って律に見せに来た。


「今日、初めて文字に挑戦してみたんです。まだガタガタですけど……」


 広げられた布には、小さな文字が刺されていた。


 ──わたしをつくる。


 それは、整っていない。でも、一針一針に込められた真剣さが、まっすぐ伝わってくる文字だった。


 律も、あおばも、思わず顔を見合わせた。ゆらの目はまっすぐに、刺繍と、そして自分自身を見ていた。


 その夜、あおばは自分のノートを開いて、ぽつりと一行書きこんだ。


 「わたしも、もう一度“刺すこと”に向き合ってみよう」



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