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糸と針と、わたしたち。  作者: 南蛇井
高校3年生

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103/150

第103話「“ようこそ”の気持ちは、布の上にも」

春の午後、窓から射す光が静かに部室を照らしている。

 小さな裁縫箱のフタが開く音、糸を巻く指先の動き──空気はやわらかく、ゆるやかに流れていた。


 今日は、手芸部の体験入部の日。


 1年生の日下部ゆらと双葉まこは、緊張気味に部室のドアを開けた。

 中には、すでに先輩たちが待っていて──


 「いらっしゃい、ゆっくりしていってね」

 そう笑ったのは、2年生の律だった。


 どこか凛とした雰囲気を持つ律は、それでいてどこまでも自然体だ。

 部室の机には、糸や針、布が並んでいる。


 「今日はね、ピンクッションを作ってみよう。針を刺す、ふかふかのやつ。材料は──いと先輩がくれた“余り布”」


 「余り布?」とまこが尋ねると、奥の棚から現れたのは、3年生のいとだった。


 「そう。形もバラバラ、模様も不ぞろい。でもね、それがまた楽しいの。色を合わせたり、変に混ぜたり」


 いとは机の上に、小さな布たちを広げた。

 小花柄、ドット、チェック、レースつき──どれも使いかけで、だけど捨てられなかった「かけら」たち。


 「この中から、好きな布と糸を選んでみてね」

 律の一言に、まこはうきうきと布をめくるが──


 「……えっと、どれが合うんだろ。こっち? でもこの糸だと、地味すぎ?」


 となりでは、ゆらが色見本とにらめっこしていた。

 赤系、青系、黄色系──組み合わせの選択肢が多すぎて、手が止まってしまう。


 「……あの、わたし、色を決めるの苦手かも……」


 さらにまこは針に糸を通そうとするが、

 「……えっ、えっ、入んない、どこ、目どこ~?」と悪戦苦闘中。


 その様子を、律は笑わずに見守っていた。

 やがて、ふわりと椅子を引いて、2人の隣に腰を下ろす。


 「だいじょうぶ。最初ってね、うまくいかないためにあるんだよ」


 「えっ……?」


 「最初からうまくできるなら、それはたぶん偶然。だけど、失敗って、選んで試せたってことだよ」


 律は、自分のピンクッションを見せてくれる。

 まんまるじゃなくて、ちょっといびつ。でも、それがなんだか温かい。


 「見て、この最初の一針。すごく曲がってるでしょ? でもこれ、残してるの。**“初めて刺した、私の針”**だから」


 ゆらはその針目を見て、小さく笑った。


 「……律先輩、なんか、やさしいですね」


 「ありがとう。でも、“やさしい布”に囲まれてるからかもね」

 律は小さく笑うと、ふわふわの余り布の山から、ハート柄の小さな切れ端を拾って差し出した。


 「ゆらちゃんはこれどう? 落ち着いた色だけど、かわいさもある」

 「……うん、好きかも」

 「じゃあ、その布に合わせて、糸も選んでみよう。これとかどう?」


 布を選ぶ時間は、静かで、楽しくて、安心できた。

 まこも、ようやく針に糸が通り、「おおおお通ったー!」と小さくガッツポーズ。


 「じゃあ、そろそろ縫い始めてみようか」

 律の言葉で、2人も小さなピンクッションづくりに取りかかる。


 とん、とん、と針の音。

 思うように進まないところも、笑いながら、ほどきながら、もう一度。


 手の中で、ふわふわのクッションが少しずつ形になっていく。


 ──そして、1時間後。

 まこはリボンのついたピンクッションを、ゆらは丁寧に縫いとじた小花柄のピンクッションを手に、顔を見合わせた。


 「……なんか、不思議だね」

 「うん、最初はどうなるかと思ったけど……」


 2人の表情はやわらぎ、春の光のようにやさしくなっていた。

 そして、ゆらがぽつりとつぶやく。


 「……ここ、入りたいかも」


 まこも、嬉しそうに頷いた。


 律は静かに、2人の作品を見つめながら微笑んだ。

 “ようこそ”の気持ちは、言葉だけじゃなく、布の上にもちゃんと刺されていたのだ。

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