第102話「“新入生”って、まだ知らない未来」
春の校舎は、少しだけざわついている。
新入生たちが案内用紙を手に、校内を巡る「部活紹介の日」。
昇降口には案内係の生徒が立ち、廊下には色とりどりのポスターが並ぶ。
その中で、少し控えめな文字のポスターがひとつ。
“手芸部──手で作って、心に残す”とだけ書かれた、地味だけど、どこか優しい雰囲気のチラシだった。
「……ねぇ、ゆら。見てこれ」
そう声をかけたのは、ふわふわと肩まで伸びた髪を揺らす新入生、双葉まこ。制服のリボンが少し曲がっているのも気にせず、ポスターをじっと見つめている。
「“手で作って、心に残す”……だって。なんか、いいなぁ」
まこの隣に立つのは、小柄できちんとした印象の少女、日下部ゆら。彼女は案内用紙の中に「手芸部」を見つけて、静かにうなずいた。
「行ってみようか。……気になるし」
ふたりは案内に従って、空き教室のひとつへ向かう。
部活紹介会場の教室は、机を脇に寄せた簡素な空間。派手な装飾もなく、壁には小さな刺繍サンプルが何枚か並べられていた。
その中央で、優しい笑顔を浮かべていたのは、手芸部の3年生、あおばだった。
「こんにちは。手芸部です。……うちの部は、自分の“手”で、なにかを作る部活です」
その声は、派手な演説や熱血なスローガンとは違う。
でも、言葉に宿る熱は静かで、真っ直ぐだった。
「布に刺した糸が、形になって残る。日々のことを、針でちくちく縫いとめていくような──そんな部活です」
まこは目をまるくしながら、展示された小さな作品を見ていた。
小鳥、草花、星のきらめき──どれもシンプルなのに、不思議と印象に残る。
「これ……すごい。なんか、しゃべってるみたい。模様なのに、声があるっていうか……」
「わたし、こういうの初めて見たかも……」
ゆらもつぶやくように言った。
彼女はどこか緊張した面持ちで、それでもあおばの言葉に心を動かされていた。
「あの……」
話しかけた声は、聞き取れるか聞き取れないかのギリギリだった。
「……刺繍って、ひとりでも、できますか?」
あおばは一瞬だけ驚いたように瞬きし、それからふっとやわらかく笑った。
「もちろん。刺繍は、一人でもできるよ。好きな時間に、好きなものを、好きなように作っていい」
ゆらの目が、少しだけ見開かれた。
「でもね──」と、あおばは続ける。
「いっしょにやると、もっと楽しいよ。誰かの刺繍を見て、笑ったり、驚いたり、感動したり。そういうのって、すごく、いいんだ」
まこが、ぱっと嬉しそうに振り向く。
「じゃあ、わたし、見せてほしい! 先輩たちの刺繍! あと、わたしもやってみたい!」
「うん……わたしも」
ゆらは、少し頬を赤く染めながら、小さくうなずいた。
あおばは二人に向かって、春の陽のような笑みを浮かべる。
新しい春は、いままさに芽吹いたばかりだった。




