第101話「この春、まだ“続いてる”」
咲き誇る桜の下を、制服のスカートがふわりと揺れた。
新学期の朝。北星女子高校の校門前は、新入生の緊張と在校生の慣れた足取りが交差する春の舞台だった。そんな中を、いと、律、あおばの三人が並んで歩く。三人とも、真新しいクラス表を手に持ち、でもどこか浮ついていない落ち着きをまとっていた。
「ふふ……ねえ、律」
あおばがふとつぶやくように言った。
「3年生って、もっと“終わりの人たち”って感じかと思ってた。でも、こうやって歩いてるとさ──まだ“続いてる”んだね、わたしたち」
律は少し考えてから、鼻をかすかに鳴らす。
「そりゃそうでしょ。今年、まだ1針も縫ってないもん」
「なるほど、刺繍基準」
いとが小さく笑った。3人のペースは、春の光に染まる道を静かに進んでいく。背後から新入生たちのざわめきが聞こえるたび、自分たちが「先輩」であることを思い出す。
始業式の体育館。校長の話を半分寝ながら聞いていた去年とは違って、今年の三人は、話の区切りにしっかり拍手を送る側になっていた。
その拍手の音に、自分たちの“立ち位置”の変化が、ふとしみてくる。
──変わったんだな。けど、まだ終わってない。
式が終わり、担任の先生からの新年度ガイダンスも済ませたあと、三人は部室に向かう。
窓を開けると、ほんのりとした木の匂い。埃っぽさの中に、どこか落ち着く空気があった。壁のコルクボードには去年の展示写真が数枚残っていて、見慣れた机の上には、誰かの忘れた糸巻きが転がっていた。
「新入生向けの資料、まだ去年のままだね」
いとがファイルを開きながら言うと、律が既に赤ペンを片手に項目を見直し始めている。
「名簿は先生に確認したよ。今週末に仮配布できるって」
「行事予定もあるよ。春コンテストと文化祭は、ほぼ日程変わらないって」
3人の間に流れる空気は、あの1年前のぎこちない沈黙とはまるで違っていた。
呼吸の合ったそのやり取りの中で、ふとあおばが、机の端に置いてあったノートに目を止めた。
「あれ? このノート、去年の部活目標のやつ……“今年も、失敗上等”って書いてある」
「なつかし〜、それ律が言い出したやつでしょ?」
「いや、あれはあおばが失敗したときの言い訳だったのを、私が採用しただけ」
「なんかひどいな〜……でも、なんかいいね、こういうの」
あおばが、チョークを手に取った。部室の黒板に、白い音を立てて文字が刻まれる。
『記録より、記憶に残るものを』
「……これが今年の目標、でどう?」
その言葉を見つめながら、いとが小さくうなずく。
「うん。いいと思う。今年、私たちが最後に残すなら、きっと“数字”じゃない」
「布と糸と、誰かの記憶」
律がそうつぶやき、3人は静かに並んで黒板を見上げた。
春は、もう始まっていた。
そして、去年の続きが、たしかにここにある。




