第100話「春のむこうに、わたしたちがいる」
主役:全員(いと・律・あおば)
舞台:部室、春の校庭、卒業アルバムの撮影風景
春の朝。
校舎の一角の小さな展示スペースに、やわらかな陽光が差し込んでいた。
そこに飾られているのは、手芸部3人の合作──「春の布」。
桜色の花が枝をのばし、やさしい黄色の菜の花が寄り添い、布の端には風の流れを思わせる白と水色の糸が繊細に踊っている。
刺繍なのに、まるで布そのものが春風に揺れているような、静かな温かさを湛えていた。
「……ほんとに、できちゃったね」
律が、少し驚いたような声でつぶやく。
「できた、というより……“咲いた”って感じかな」
いとが微笑んで、菜の花のあたりに指を添える。
「春って、ひとりじゃなくて、いっしょに作れるんだね」
あおばも布に視線を落としながら、穏やかに言った。
* * *
その日の昼休み。
展示を見に来た一年生たちが、作品の前で集まっていた。
「これ、先輩たちの合作なんですか?」
「春ってテーマ、こういうふうに表現できるんだ……」
「なんか、見てるだけであったかい気持ちになるよね」
ひとりの後輩が、小さな声で言った。
「先輩たちの春、ちゃんと見えた気がします」
3人は顔を見合わせて、静かに笑った。
* * *
午後。校庭の一角では、卒業アルバムのクラブ集合写真が順番に進んでいた。
いと・律・あおば、そして1年生の部員たちも並びながら、完成した「春の布」を手に持って集まる。
春の空。
少し風が吹いて、花の香りが通り過ぎる。
撮影の直前、ふと、あおばがぽつりとつぶやいた。
「ねえ……わたし、きっと、来年の春も刺してる気がする」
いとは目を細めて、ゆっくりとうなずいた。
「うん、そうだね。“続いてく”から」
その言葉に、律も小さく「そうだね」と笑う。
見えない糸のようなものが、3人の間にふわりと結ばれた気がした。
* * *
「──はい、笑ってください!」
カメラマンの声に、全員が少し緊張しながら、でも自然に笑顔を向ける。
手に持った刺繍布の“春”が、風にそっと揺れた。
カシャッ。
シャッター音が空気を切る。
笑顔と“春”と、これまでの時間と──すべてが、一枚の写真に静かに、でも確かに焼きつけられた。
そしてそこには、
「春のむこうに、わたしたち」が、ちゃんといた。




