第1話「入学式と部活パンフ」
春の風が、まだ少し肌寒さを残して吹き抜ける朝。
校門をくぐった日向いとは、手にした書類をぎゅっと握りしめた。制服のスカートがそよぐたび、緊張でこわばった心臓が小さく跳ねる。
「はあ……緊張する……」
目の前には、たくさんの新入生たち。笑い声、呼びかけ、カメラのシャッター音。あちこちで保護者と別れ、校舎へと吸い込まれていく。
いとは、案内に従って下駄箱へと向かう。中学校とは違う広くて明るい校舎に、少し圧倒された。
「えっと、クラスは……1年B組」
掲示板を探し、名簿を目で追って──ようやく自分の名前を見つけたその瞬間、同じように掲示板を見ていた隣の女の子と目が合った。
「……あ、同じクラスですね」
静かな声に振り向くと、品のある雰囲気の少女が小さく微笑んでいた。柔らかく結ばれた髪、淡いピンクのリボン。
「日向いとさん、ですよね。わたし、白石さゆりです。よろしくね」
「……あ、うん。よろしく……」
いとは驚いたように答え、胸の奥が少し軽くなった気がした。
──知らない人ばかりの場所に、小さな安心をくれた笑顔だった。
*
入学式は滞りなく進み、体育館を出る頃には、少しだけ足取りも軽くなっていた。
クラスメイトと何気ない会話を交わしながら、廊下を歩いていると──ふと、目に留まったラックがあった。
「……部活パンフレット?」
白い棚には、各部活動が作った紹介冊子がぎっしりと並べられている。吹奏楽部、バスケ部、演劇部……色とりどりのデザインが目を引く。
いとも何気なく、いくつか手に取ってみる。
そのとき、ふと指先が、少し端にずれて置かれていた小さな冊子に触れた。
白地の表紙に、淡い糸で「手芸部」と書かれている。文字の周囲には、素朴な花の刺繍があしらわれていた。
「……これ、刺繍?」
思わず手に取って開いてみると、中には布小物やポーチ、ヘアゴムなどの写真が並び、手描きの図案やコメントが添えられていた。
どれも派手ではないけれど、やさしい色合いで、見ているだけでじんわりと胸があたたかくなる。
「なんか……好きかも」
いとは、気づけばその言葉を口にしていた。
それは、自分でも気づかないうちに、ずっと探していた「居場所」のようなものだった。
*
パンフレットを大事そうにバッグへしまい、いとは再び廊下を歩き出した。
窓の外には、桜の花がひらひらと舞っている。
まだ始まったばかりの高校生活。
でもその端っこで、そっと心に針を刺すような「何か」との出会いが、確かにあった。