BLも百合もファンタジーです!
同性が恋愛対象であることと腐女子であることは、両立する。何故ならBLはファンタジーであり、フィクションとリアルは違うからだ。
私は西村千佳という。アラサーの腐女子であり、図書館の職員であり、付き合って6年目になる彼女と同棲中の同性愛者だ。LGBTQでいうところのLである。
愛する彼女の名前は小宮鈴。『すず』ではなく『りん』と読む辺りも可愛らしいと思うのだけれど、読み間違えられることが多いらしく、本人は自分の名前があまり好きではないらしい。
図書館の仕事はとても楽しくて好きだ。けれど、正直安月給が酷い。なので私は兼業主婦のようなもので、りんちゃんにほとんど養ってもらっている。
もっとも、家賃や生活費を負担していないわけではなくて、私の方が安いというだけのこと。私が多めに家事を引き受けることで、割と対等な関係を築けている。
ただ、世間の目はまだまだ厳しい。そう簡単にオープンでいられるものじゃない。私とりんちゃんの関係は家族にもきちんと打ち明けられていなくて、職場やあまり親しくない知人となると、同居していることは「友達とルームシェア」としか言えない。私はりんちゃんをパートナーであり伴侶だと思っているのに。
仲は良いと思う。6年目の今になっても、毎日キスとハグは欠かさない。ただ、私は体温が高いからか、夏の今はあまりくっつくと嫌がられる。冬は暖房代りに良いらしいけど。真冬に冷えた手足を受け入れる私は愛情深いと思う。
りんちゃんは私が作る料理をなんでも美味しいと絶賛してくれる。特にオムレツ。私は厚焼きの巻いた卵焼きが作れないから、ついオムレツに逃げるんだけど、それが美味しいと言うのだから今のままでいいのだろう。
休みの日が重なると、一緒にだらだらとゲームをしたり、アニメを見たり、たまには出かけてみたりする。外ではあまりいちゃいちゃできないので、私は家にいる方が好きだ。
さて。そんな愛する彼女に内緒にしていることがある。それは私が自分で小説を書くという趣味を持っていることだ。それも一次創作のBL小説を。
私は同性愛者であり、男性との深い関わりはあまりない。だから尚更思うのだ。『BLはファンタジーだ』と。
今はりんちゃん一筋の私だけれど、思春期の頃は何かと迷い、悩み、苦しんだ。自分の恋愛対象は本当に女性なのか。一時の気の迷いじゃないのか。とにかく『普通』じゃないことが辛かった。
だからというか。高校の時に私のことを好きだと言ってくれた男子と付き合ってみたことがあった。
今思えば最低なことをした。だって私は彼のことがそこまで好きだったわけじゃなく、ただ自分にも異性を愛することができるのかを試したかっただけなのだから。
まあ、その彼とどうなったかは割愛させてもらいたい。熱心に告白してきたからOKしたものの、実際にはなかなかのダメ男で、思い出したくもないのである。
そんなわけで男性のこと、男性の体や心理にはまったく詳しくない私だ。それがどうやってBLを書いているかと言えば、他の作者さんの作品をとにかく沢山読んで学んでいる。
リアルじゃなくてもいいのである。なるほど、BLではこういう表現をするのか、というのを身につけ、自分の中に蓄積してきた。どんな文章、どんな言葉、どんなキャラが腐女子にうけるのか、それを考え、読んで、分析して、覚えた。
その結果、私の書いたBL小説は、そこそこの評価をもらえるようになった。なってしまったのである。
何が問題か?
実は、腐女子の彼女もまた、腐女子だったのである。
「ちぃちゃん最近ずっとスマホ見てる……」
休日の夕方、りんちゃんが私にのしかかるようにして言った。
「ねー。何やってるの?」
私は慌てて画面を隠す。だって小説書いてたから。
「えっと……」
言い淀む私に、りんちゃんがにや〜っと笑った。
「なぁに? エロいの見てたの?」
お互いにオタク気質が強い私たちは、相手の趣味を尊重しつつあまり踏み込まない。私は二次元に嫉妬しないし、りんちゃんも、私が何を読んでるかをしつこく聞き出すことはない。
「まあ……そんな感じ。だから見ちゃダメ」
実際には、見ていたわけでも読んでいたわけでもなく、書いていたのだが。りんちゃんは「じゃあしょうがない」と言って引き下がる。
「私もAV見ようっと」
「アニマルビデオ?」
「そー。女の子がいちゃいちゃしてるやつー」
要するに、猫動画もしくは犬動画である。猫は良い。私もアレルギーがなければなあ。
少し目が疲れてきた私は、飲み終わったグラスを持って立ち上がった。
「りんちゃんも何か飲む?」
「麦茶! 氷いっぱい入れて欲しい」
「おっけー」
りんちゃん愛用の大きなマグカップにガラガラと氷を入れて麦茶を注ぐ。私の分は氷なし。あまり冷たいものは得意じゃない。
「はい、お待たせ」
「んー。ありがとー」
グラスを渡すついでに抱きつかれ、ちゅっちゅとキスをされた。私もキスを返し、離れる。
「ちぃちゃんやっぱり暑い」
りんちゃんがぼやいた。
私が書いた小説が投稿サイトでランキングに入った。嬉しい。もちろん嬉しいのだ。けれど、まさかりんちゃんに読まれているのではないかと不安になった。身近な誰かに読まれるのは気恥ずかしい。
だって……R18のBLだから。
見せられない。見せられるわけがない。せめて全年齢向けに書いたハイファンタジーの方がランクインしてくれたら良かったのに。
心配になって、私はりんちゃんに尋ねた。
「りんちゃんって『サンセットノベルズ』とか『小説家になりたい』とか読む?」
「そうだなー。『なりたい』の方は読むけど」
良かった。たぶん見られてない。R18の方は読んでいないらしい。
「でもどうしたの、急に」
「ああ、ええと。何か面白いウェブ小説ないかなーって探してて」
「そう」
それからしばらく、私はもやもやを抱えて過ごした。私の作品はランキングの順位を上げて、ブックマークは増え、感想ももらっている。
とうとう三位に入った。誰かに言いたい。これ書いたの私なのって言いたい。言えない。そんなことを言える相手がいない。
もやもやじりじりしながら過ごすこと数日。何がきっかけだったのか、あまり読まれていなかった全年齢向けハイファンタジーにポツポツと評価がつくようになった。
一度評価されはじめると、そこから急に勢いがついて。私はハイファンタジーでも日間ランキング上位に食い込むことができたのだ。
嬉しかった。嬉しすぎた。だって私は子供の頃、作家になることが夢だったのだ。周りから「無理だよ」とか言われて諦めてしまったけど。
当時の私はまさにハイファンタジーを書く事を夢見ていた。書かなくなって、数年経って、それでもやっぱり書きたくて。創作を再開して、BLを書く傍らでハイファンタジーも諦められなかった。
それがランキング上位に。
嬉しい、嬉しい。お祝いだ。お祝いをしよう。
「りんちゃん、これ! これ見て。これ書いたの私!」
「えー! すごいじゃん!!」
この時、私は忘れていたのだ。全年齢向けとR18の作品は同じ名前同じアカウントで書いているということを。
りんちゃんが会社帰りにケーキを買ってきてくれた。私の小説がランキングに入ったことへのお祝いに。
お高めのフルーツタルトで、とても美味しかった。お茶も淹れて二人で並んでタルトを食べた。幸せだ。「ちぃちゃんちょっと暑いから体温下げて」とかいう理不尽なことを言われたけど幸せだ。
「ところで……」
りんちゃんがにや〜っと笑って、スマホを掲げた。
「これも、ちぃちゃんだよね?」
「…………あ」
りんちゃんのスマホに表示されているのは、私が書いたR18のBL小説のタイトルで……それは本日の日間ランキング一位になっていた。
「もー。隠さなくていいのに。こっちのお祝いもしなきゃ。ね?」
「それは、でも。いや、あんまり見ないで欲しいというか……」
もごもご言う私にりんちゃんが笑う。
「大丈夫大丈夫。こっそり読んで見なかったことにするから!」
それはもう大丈夫じゃないー!
「すごいじゃない、ちぃちゃん。私の彼女は流石だなー」
りんちゃんが私に抱きつき、すぐに「あっつい!」と言って離れた。
「体温下げてって言ったのにー」
「無理だって、それは」
むうっと膨れるりんちゃんに尋ねた。
「その……私がBL書くの、嫌じゃない?」
「え、なんで?」
「だって……彼女が男の体のことを考えているのは嫌かなって」
りんちゃんが驚いたような顔をした。
「え? だって、BLはファンタジーでしょ」
良かった……そう思ってくれるんだ。
「ああ、でも」
りんちゃんがまたにやにやと笑う。
「これからは、ちぃちゃんがスマホばっかり見てる時は『エロ本書いてるんだなー』って思うだろうね」
「いやいや、健全なやつも書くから!」
なんなら実家からの連絡とかニュースとか、そういうのも見るから!
「だって、すぐにコソコソ隠すし?」
「誤解! 誤解だからー!」
私はりんちゃんに縋るように抱きつき、また無情に「暑い。離れて」と言われた。悲しい。けど、嬉しい。まさか、りんちゃんに受け入れてもらえるとは思わなかったから。
「りんちゃん。良かったら感想聞きたい」
「エロ本の……?」
「違う! 健全なハイファンタジーの方!」
「おっけー、読んでみるよ」
どちらからともなく口付ける。キスは短く、すぐに顔を離された。
「あっつい。ちぃちゃん、気温下げて」
「それは無理だわー。流石に私にはそこまでの力はないわー、あ。エアコンの設定温度下げようか」
「んー、今何度設定?」
「23度」
「それ、これ以上下げても涼しくなる気がしないんだけど」
「うん。私もそう思う」
「水風呂入ろうかなー」
「いいね、用意してあげようか」
りんちゃんが私の頬に口付ける。
「ありがと。一緒に入る?」
「あー、えっと……実は、続きを書きたいものがあって」
「……もう。仕方ないなぁ。ほどほどにね?」
「はあい」
きっとこれからも私たちは、来年も再来年も、もっと時間が経っても、一緒にいちゃいちゃと過ごしていくのだろう。