第9話 - 光の波動
古屋の中に入ると、シタケの視線がカイたちを一人ずつじっと見つめた。年季の入った木の床がわずかにきしみ、その音が妙に響く。目の前に立つ男は村長というにはどこか粗末な身なりだが、その眼光は並の人間が持つものではない。カイは居心地の悪さを感じながらも、その場に立ち続けた。ユウリとタカシも黙ったまま、互いに目を合わせることなくシタケの一挙手一投足を見守っていた。
「なるほど、お主たちがあのガキの言っていた若者たちか。」
シタケの声が静かに響き、三人の緊張が少し高まる。
「あのガキ?」カイが少し眉をひそめて尋ねると、シタケは軽く鼻を鳴らした。
「ソラのことだ。あのガキが、お主たちのことを教えてくれた。」
その名を聞いてカイたちは思わず互いの顔を見合わせた。ソラの指示でここに来たという経緯を考えると、シタケはその「目的」を知っているはずだ。
「お前たち三人を見れば、話の通りだと分かる。」シタケはそう言って、目を細めた。「そして、光の波動を持つ者は……お前だな。」
その視線はカイに向けられている。突然名指しされたカイは、反射的に肩をこわばらせた。
「光の波動?それ、俺のことを言ってるのか?」カイは困惑しながら問い返した。
シタケは表情を変えずに頷いた。「そうだ、お主のことだ。自覚がないのか?」
カイは一瞬考え込み、少し困ったように答えた。「いや、そんなものがあるなんて聞いたこともない。ただ、たまに体が熱くなることはあるけど……それが関係してるのか?」
シタケは少し考えるように間を置き、それから口を開いた。「おそらくはな。その感覚こそが、光の波動の兆しだろう。お主はまだそれに気づいていないが、その力を持っている。」
「光の波動って何なんだ?」ユウリが少し前に出て口を挟む。「それって一体どういう力なの?」
シタケはゆっくりと話し始めた。「光の波動とは、闇を打ち消す力だ。それは先天的なものであり、生まれつきその波動を持つ者のみが扱える力だ。この波動を持つ者は、周囲の邪気を自然と浄化し、闇に侵されることを防ぐことができる。」
「生まれつき?」カイはなおも信じられない様子で首をかしげる。「それなら、俺の家族もそうなのか?」
シタケは少し肩をすくめた。「すべての家族が同じ力を持つわけではない。お主自身の中に眠るその波動が、たまたま発現したのだろう。光の技を学ぶことは誰にでも可能だが、この波動そのものを持ち、自然とそれを纏うことができるのは波動の持ち主のみだ。」
「……それって、つまり俺は特別だってことか?」カイは戸惑いと疑念が入り混じった表情で問うた。
「特別というよりも、稀有な存在だ。」シタケは静かに言葉を紡いだ。「お主は自ら気づかぬうちに闇を払う力を発揮している。しかし、それを制御する術を知らなければ無駄に終わるだけだ。」
カイはなおも信じられない思いで自分の手を見つめた。「でも俺、普通に剣の稽古をしてただけだ。そんな特別なことをした覚えなんてないんだよ。」
シタケは目を細めて答えた。「稽古はその力を表に出す一つのきっかけに過ぎない。光の波動は、体内の奥深くに潜むもので、意識せずともそれが表れることがある。体が熱くなるという感覚も、その一環だろう。」
ユウリが腕を組みながら考え込む。「じゃあ、カイがその力をうまく使えるようになれば、もっと強くなれるってこと?」
「その通りだ。」シタケは頷いた。「光の波動を扱える者が、その力を完全に引き出せば、闇を打ち消すだけでなく、それを剣術や動作に纏わせることができるようになる。いわば、自らの技そのものが浄化の力を持つようになるのだ。」
タカシが戸惑いながら口を開いた。「でも、どうやってその力を使うのか分からないよ……教えてもらえるの?」
シタケは厳しい目つきで三人を見渡した。「もちろん、そのためにここへ来たのだろう?」
カイはシタケの言葉を聞きながら、まだ自分の中で整理がついていない気持ちを抱えていた。しかし、彼の胸には一つの思いが浮かび上がる。それは、今の自分には確かに何かが足りない、という感覚だった。
「もしそれで俺たちが強くなれるなら……その力を知りたい。」カイが静かに決意を込めて言った。
シタケは短く頷き、背を向けながら古屋の奥へと進んだ。「ついて来い。この波動を引き出すためには、まずその体に眠る力を呼び覚ます方法を知る必要がある。」
ユウリとタカシもそれに続き、カイは少しの間その場に立ち尽くした後、覚悟を決めて足を踏み出した。彼がこれから学ぶことが、どれほどの困難を伴うのかは分からない。ただ、前に進むしかない。それだけははっきりしていた。
そして三人は、強くなるための第一歩を踏み出した。
古屋の中でシタケの話を聞いていたカイたちだったが、次にシタケがユウリに向けた言葉は、彼女自身も予想していない内容だった。
「お前も、稀有な波動の持ち主だ。」
ユウリは驚き、思わず口を開く。「私が?」
「そうだ。お前が持つ波動は、自然の波動と呼ばれるものだ。」
シタケはその言葉を続けながら、ユウリをじっと見つめた。「一目見た時に気づいた。お前の波動は、この土地や空間そのものに好かれている。」
カイとタカシはその説明に眉をひそめた。自然の波動?土地に好かれる?何を言っているのかさっぱり分からない。
シタケは二人の様子に気づき、ため息をつきながら言葉を補足した。「自然の波動を持つ者は、特定の環境下でその真価を発揮する。例えば、水辺に立てば水を操るのが得意になり、火山に行けば火を扱うのが得意になる。」
「そんなの、あり得るの?」ユウリが半信半疑の声で聞き返す。
「あり得るも何も、すでにそうなっているだろう。」
シタケはわずかに微笑みながら問いを投げかけた。「お前は動物によく懐かれたりしないか?あるいは、自然の中で居心地の良さを感じたりしないか?」
ユウリは少し考え込んだあと、小さく頷いた。「確かに……小さい頃から動物に好かれることが多かった。森に入ると、なんとなく安心するし、変に怖い思いをしたこともないわ。」
「それが自然の波動というものだ。お前の体には自然とその環境が馴染み、そこから力を引き出すことができる。環境に応じて得意な技や力が変わるのも、その波動の特性だ。」
シタケの説明を聞きながら、ユウリは徐々に表情を明るくしていった。
「私にも、そんな才能があるってこと?」ユウリの目には少し興奮した光が宿った。
「そうだ。お前は自分でも気づかないうちに、その波動を使いこなしてきた。これからそれを意識し、さらに伸ばしていくことができる。」
シタケの言葉に、ユウリは嬉しそうに笑顔を見せた。
だがその次に、シタケの目線がタカシへと移った。そして一言、冷淡に言い放った。
「お前には波動の才はない。」
その言葉を聞いた瞬間、タカシの顔が青ざめた。「えっ……ないんですか?」
「ない。」シタケは短く答えた。「先天的な波動というのは、ごく稀に生まれるもので、誰もが持つものではない。お前は普通の人間だ。」
タカシは呆然とした表情で口を閉じ、それ以上何も言えなくなった。
ユウリが少し困ったように声をかける。「ちょっと、言い方がきついわよ。」
「事実を伝えただけだ。」シタケは冷静な口調で返した。「だが、それが悪いというわけではない。波動の才がなくとも、努力次第で大成する者は多い。そもそも、波動の才があるからといって必ず成功するわけでもない。」
そのフォローを聞いても、タカシの顔からは明るさが失われていた。
「そう言われても……結局僕は、特別な力がないんですよね。」
「特別な力があるなしで自分を判断するな。」シタケは鋭い目でタカシを見据えた。「お前に必要なのは波動ではなく、何を目指すか、どう成長するかだ。」
「でも……僕だけ特別じゃないってことですよね。」タカシは肩を落とした。
ユウリが少し不安そうにタカシを見つめる。「タカシ、そんな風に落ち込む必要ないわよ。」
カイも口を開いた。「お前、もともと才能とか気にするタイプじゃなかったろ?何度も剣術で見返してきたじゃないか。」
タカシは二人の言葉を聞いても、まだ浮かない顔をしていた。しかし、少しだけ唇を引き結び、かろうじて「……わかった。これから頑張る。」と答えた。
シタケはその様子を見て、少しだけ表情を緩めた。「それでいい。努力で道を切り開ける者もいれば、波動をうまく使いこなす者もいる。道は一つではない。」
タカシはその言葉を胸に刻みながらも、心の奥で感じた落胆を拭うことはできなかった。しかし、それでも彼は拳を握り、再び前を向こうとする気持ちを少しずつ取り戻していった。