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プロローグ工場編Ⅰ
"「キオク」という猫"
空が低い。
一雨来そうな曇天模様。
うず高く積まれた金属片の山を
鉄色の猫が一匹
疾風の如く横切る。
鉄色のように見えたのは
体毛に辺りの工場から舞飛ぶ鉄粉が
夕暮の影のように
宿命的にはりついてしまい
周りの鉄片と同化しているためである。
元々の毛色は誰にも分からない。
そして、数時間先の未来のことも。
「キオク」
名を呼ばれ汚れた猫は
鳴き声も立てず静かに声の主に忍び寄った。
キオクと呼ばれた猫は、薄茶色の柱を
伝って足早に地上に降り立った。
スモッグ越しの西日に照らされ、
まるでその姿は神々しい者の使いのように見えた。
水を飲むように柔らかい金属製の舌を、
時折動かしながら、地面の環境データを採取していく。
キオクを呼んだ人物は、
古びた建物から出て来た。
どうやら整備工場のガレージのようだった。
ボロボロになったアボカドグリーン色の
ツナギを着ている。