プロローグ②
その戦闘は激しかった。深い一撃を与え、退こうとする魔王に畳み掛けようとしたその時、四天王:剛腕猿人が立ちはだかった。最初に討伐した四天王だったのだが、猿人の固有アビリティ:生存本能の力でギリギリのところで生き延びていたのだ。
しかし満身創痍のその身体ではもはや勇者パーティの敵ではない。彼に出来たのは少しだけ魔王に回復の時間を与えただけだったのだ。
剛腕猿人「少しでも良い…我が身ひとつで少しでも魔王様の為になるならば…!」
勇者「これで終わりだぁ!」
勇者の剣が剛腕猿人の左腕に食い込んだ。
剛腕猿人「グキキ…舐めてもらっては困る!この四天王:剛腕猿人、死ぬ間際であったとしても人間ごときにこの腕を切り落とせはせん!このチャンスを逃さん!くらぇい!」
剛腕猿人の右腕の拳が黒く光出した。
勇者「今だ与奪士!」
与奪士「行きますよ!」
与奪士は早口に呪文を唱え出す。
与奪士「戦士の攻撃力を奪います!」
戦士から赤い光が抜けていく。直後、戦士の手から武器が離れた。
戦士「相変わらず全部持っていきやがるな…こんな武器すら持っていられねぇ。」
与奪士「勇者に攻撃力を与えます!」
その赤い光は勇者の元に向かい勇者に吸収された。
勇者「これなら!」
突然増した勇者の剣が剛腕猿人の腕を断ち進んでいく。一部始終を見ていなかった剛腕猿人はパニックになっていた。
剛腕猿人「なんだ⁉︎何が起こったのだ⁉︎突然勇者の力が増した…⁉︎断たれるのか⁉︎人間ごときにこの剛腕が…⁉︎不可能だ!」
その時剛腕猿人の頭にはある職業が浮かび上がった。
職業:覚醒勇者
剛腕猿人「存在していたのか⁉︎覚醒職!覚醒勇者!」
ピピッ…条件…敵の覚醒勇者の認知、恐怖、確信…
…………達成…進化開始します。
勇者は光に包まれた。勇者の頭に流れ込んでくる情報。覚醒勇者の能力、使い方を勇者は理解した。
勇者「そうだ、僕は覚醒勇者さ!」
剛腕猿人「無念…!魔王サマ…お許しください…!」
腕、身体と切り裂かれた剛腕猿人は煙となって消滅した。
勇者から赤い光がに抜け、戦士の元に戻っていった。
勇者「ハアハア…」
与奪士の能力は味方と認識している、されている他者のステータスを奪い、他者に付与することができる。時間にして10秒程で対象ステータスを100%奪う上にお互いに強い味方意識がないと使用できない為にこの職業は非常に使い辛く、多人数パーティ前提の職業の為にこの職業は最弱とされていた。しかしこの勇者パーティにおいては最強クラスの職業と化していた。
魔王は恐れていた。存在はしつつも条件が不明とされていた覚醒職。まさか配下によってその条件を満たしてしまうとは。
我が身を盾に回復の時間をつくってくれた剛腕猿人。その結果最強の敵を誕生させてしまった。この回復量では割に合わない。世界は魔族を見捨てたのか…。
それでも…それでも!我は魔王!最後の最後まで戦って見せようぞ…!
傷の手当てをしている勇者パーティ。
僧侶「つまり伝説とされていた覚醒職の条件は敵が覚醒職の認識と確信だったと?」
魔女「剛腕猿人は与奪士由来の攻撃力増加を勘違いして人間の勇者では腕は切断出来ない→切断されそう→勇者以上の存在?→覚醒か⁉︎ってなったわけね。」
与奪士「それだけとは限りませんが条件のひとつでしょうね。もしかしたら一定のレベルとかも条件かも。」
戦士「剛腕猿人の参戦が仇になったって事か…。敵とはいえ同情するな。」
勇者「だけどこれはチャンスだ!一気に行こう!」
皆は強く頷いた。
同時に奇襲をかける魔王。
魔王「我は魔王なるぞ⁉︎覚醒職ごときに恐れてなるものか!根絶やしにしてくれるわ!」
勇者「いくぞ!」
終わりが近い。
死が近い魔王。
ほぼ魔力が尽きかけている僧侶と魔女。
片腕と片足が無く、今にも目を閉じてしまいそうな横たわった戦士。
片目の視えない勇者。
元気な与奪士。
勇者「この長い戦いはこれで終わりだ!この魔王戦争は…人族たちの勝利だ!」
魔王「ぐおおおぉぉ!燃え尽きろぉ!」
禍々しい黒い炎が勇者を襲う。
与奪士「僧侶の魔法防御力を奪い、勇者に与えます!」
僧侶から青い光が飛び出し、勇者に吸い込まれた。
盾を構えて突き進む勇者。魔王との距離が縮んでゆく。
魔王「何なのだ与奪士とは⁉︎今までの与奪士はそんな芸当は出来なかった!まさかお前も覚醒職なのかぁ⁉︎」
ピピッ…条件…敵の覚醒与奪士の認知、恐怖、確信…
…………達成…進化開始します。
僕は光に包まれた。僕の頭に流れ込んでくる情報。覚醒与奪士の能力、使い方を僕は理解した。
魔王「な…んだと…?」
魔女「与奪士…あなた…!」
戦士「へへっ…いよいよ…かんね…んしな…。」
勇者「世界は僕たちを選んだんだ!」
与奪士「魔女さんあの位置まで走って!早く!」
突然の与奪士の指示に戸惑った魔女だが信じて走った。
黒い炎を抜けた勇者は必殺の一撃を放つ。
勇者「いけぇ!必殺勇者突き!」
光り輝く勇者の剣が魔王に向かう。
魔王「完全防壁いいぃぃ!」
魔王の防壁に勇者の剣は阻まれる。
勇者「うぐううぅ…!」
魔女「着いたわよ!与奪士!」
与奪士「いきます!これが覚醒与奪士の能力です!勇者から職業:覚醒勇者を奪います!」
勇者「なっ⁉︎」
魔王「なんだと…?」
魔女「…理解したわ…なんて職業なの⁉︎」
与奪士「魔女に職業:覚醒勇者を与えます!」
勇者から金色の光が飛び出し、魔女に吸い込まれる。
魔女の足元には戦士の武器が落ちていた。魔女は全てを理解した。魔女に勇者の職業とステータス全てを与えたのだ。
魔王「ふざけるなあぁあぁ!」
勇者「いけぇ!魔女!」
僧侶「やっちゃえぇ!」
戦士はグッと拳を掲げた。
魔女「やああぁぁ!必殺勇者突き!」
魔女の剣が魔王に突き刺さり、聖なる光が輝いた。
魔王「んぎょあぇえあぁぁぁぁあ!!!!」
魔王は吹っ飛んだ。もはや決着であろう。
魔女「はあはあ…やったの…?」
魔王の身体が崩れていく。
戦士「やった…な…俺があの世までしっかり…付き合って…やるぜ…。」
勇者「死ぬな戦士!僧侶!回復呪文は⁉︎」
僧侶の表情からは絶望を読み取れる。
崩れゆく魔王は喋り出す。
魔王「うぉおぉぉ…我は敗れたのか…度重なる覚醒…世界は魔族魔物を見捨てたのか…。」
魔女「そうよ。あなたの負けよ。」
魔王「我しか…我でないと魔族は救えないというのに…魔王の我でないと魔族の未来はぁ…!」
勇者は静かに喋り出す。
勇者「やりかたを間違えたんだお前は…。もしお前たちが友好的に歩み寄っていればもしかしたら…正義は僕らにあった。」
魔王「我らには我らの事情があったのだ!おぉ…神よ世界よ…!何故こんな貧弱で何も持っていなかった我に魔王を与えたのか…。」
皆は固まった。思ってはいけない事が次々と頭をよぎる。
魔王を与えた…?
まさか魔王とは…?職業…?
ピピッ…条件…敵の認知…達成
もし他にも条件があってそれを既に満たしていたら…?
ピピッ…条件…一定のレベル…未達
もし倒した際に手に入る経験値で上がるレベルが条件のひとつだとしたら…?
ピピッ…条件…一定のレベル…未達
もし職業:覚醒魔王が存在していたら…?
ピピッ…条件…敵の覚醒魔王の認知、恐怖、確信…
タッセイ
与奪士が叫ぶ。
与奪士「僧侶さん!戦士さんを死なせないで!お願い!」
その与奪士の叫びに皆が我にかえる。
魔女「勇者!魔王を!」
勇者は魔王に向かって走る。
勇者「うおおおおおお!」
戦士「もう…何も聴こえねぇや…おわ…かれだ…あばよ…。」
僧侶「いやぁぁぁあ!戦士!死なないでぇ!」
僧侶は必死に回復魔法を掛ける。
魔王「おおおぉこれまでか…。これも運命か。」
僕たちの思い過ごしかも知れない。でも何故かこれだけは確信があった。
たまたま魔王のレベルが1だけ足りなくて、たまたま戦士が死にそうで、たまたま戦士の経験値でレベルが上がって、それで条件達成で…。
与奪士「間に合え!間に合え!」
勇者「間に合えぇぇえぇ!」
………間ニ合ッタ………
ピピッ…条件…一定のレベル…達成
……進化カイ始しまス。
魔王は黒い光に包まれた。
嫌な予感は的中する。確率や常識を超えて的中する。魔王の発言から始まったこの惨劇は偶然なのか運命なのか。
魔王「これも運命なのだな…世界は我ら魔族を選んだのだ…!我は魔王…覚醒魔王!この魔族戦争!魔族の勝利なり!」
直後魔王の指先から放たれた黒い閃光が僧侶を貫く。皆の表情がみるみる絶望に変わる。しくじったのだ。あの一瞬の出来事でコロリと変わってしまったのだ。
魔女「僧侶…戦士…。」
勇者「切り替えろ魔女!僕らだけでもやるぞ!」
僧侶「よ…だつ…し…ちゃん…。」
僕は即死と思われた僧侶が僅かに生きている事に気づいた。
与奪士「魔女さん!職業:僧侶を与えます!皆の回復を!」
青い光が魔女に向かう。
魔女「僧侶…パーティヒール!」
皆の体力が戻っていく。…戦士と僧侶を除いて。
与奪の効果は10秒程度だ。魔女から抜け出た青い光が天に昇っていった。