想い出
スリープモードになって黒い画面に俺が映る。
長く伸びた前髪と長期的ウイルスのために付けられたマスクで顔が覆われている。この姿を見ているのは自分だからその人の感情が判るんであって、他人からみたらどんな感情を出しているかなんて判断できないんだろうな…と俺は一瞬思いふけた。
スリープモードを解除すれば映るあの日出掛けた夕陽の海。ど真ん中に太陽がオレンジ色に輝いていて海や空も同じように染まっている。しいていえば手前にある砂浜だけが黒く色付いている。
あいつの声が聴こえてきそうな夕陽だ。
まるで数時間前のような思い出。
前日の嘘みたいな暴風はどこへやら、俺たちがたどり着いた頃には静ずかな海が待ち伏せていた。海は波で語りかけてくれるように音をたて、そして返事を待ってくれるかのように白いあぶくを残す。
俺は途中のコンビニで買ったコーヒーを飲み干しながら海を見つめた。
あいつは靴下を脱いで裸足になって岸へと向かった。
そしてそんな海と会話をするようにあいつは両手で海水を汲み上げては、原理的に無理だと知っているのに海水の事を「掴めないやつ」と笑って、俺に海水を振り掛けた。
俺は怒ってあいつに海水を掛けた。
なぜあいつは掴もうとしたのか、なぜ会話をしたいのか想ったのか今でもわからない。けれど、あいつは解き放つように笑っていた思い出がすぐ近くにある。
俺の口から「愉しかったな。」と言葉が溢れ落ちる。
防水シートを貼られたスマホが水をはじく。
唇を少し噛みほぐしては、想い出はこの写真に溶け込まない事を知る。