足跡
彼の家にお邪魔をして、部屋を片付けてきました。
相変わらずにあいつの顔はぶっきらぼうでした。
この街はいつの間にか暖かくなり、降り積もっていたはずの雪はざらめのように固く粗くなり、屋根からは水が滴り落ちていく。
鳥のさえずりはいつの間にか出勤時間に聴こえるようになり、それとともに改めて陽が上がるのが早くなったのだと身に沁みる。
姿や形が見えなくなった友達のことを想うと寂しく愛おしく感じる。あいつは向こうで元気でいてくれているだろうか。
先週の休みの日、無理なお願いをして彼の家の片付けを手伝った。玄関でお迎えしてくれた母親や居間にいた彼の家族は元気そうにしていたが、あいつはあの夜に見た顔のまま相変わらずだった。
あの日の夜に眠っている真顔をみた俺は「眠りにつくんだから、次逢ったときには元気でいろよ!」と声を掛けたのだ。あれから数ヶ月も経つのに、相変わらずだった。
彼、いや、あいつの机の中を片付けさせて貰ったとき、五枚の紙が出てきた。想いを書きなぐったのだろう、字は相変わらずぐちゃぐちゃで誤字に対して黒塗りや矢印が付けてある詞がある。よくも悪くもあいつらしい言葉と「もう書かない」と云っていた後に書かれたものだと認識した。あいつの作品は誰よりも観てきたからだ。
それを遠くから見つめていたのか、ふと目線をずらすと彼の母親は俺を方を向いていてのに気がついた。何か声を掛けようと俺はしたのだが、母親はまるで息子を尊重するように頷いては俺にお茶を差し出した。遊びにこればいつも飲んでいたお茶が手元に届いたのである。
あいつの苦笑いをみることなく、俺はひとりお茶を口にする。
あぁ、やはりこのお茶はクセがある──。
ふと俺は心から気持ちを置いた。
「俺たちにとって幸せとはなんだなうか。」と。
そして今、俺はここにいる。
昨日歩いたはずの道をみて足跡が消えているアスファルトをみて、空を見つめた。




