雪解け
「―――成谷の想いはわかった、
勝手に綴ってきた文も、今の返事も、それも、」
俺の何が判ったというのだろうか――。
俺は康史の顔を見合わせることもなく、自分の犯した罪を償うこともなく、絶交になってもおかしくない状況にも関わらず、回転いすの上に1人座り込んでいる。この360°どこへでも顔を向けてしまう、この回転椅子に座り孤独になっている。康史には謝らなきゃ……。
読者の方にはもう伝わっているだろう。俺という人間は社会人として成立していないということ。人間としても未熟で首を傾げるような性格だということを。こう読者に投げ掛けている時点で違うのかもしれない。
外の陽気を入れたくて開けていた窓から空気が流れ込む。長く感じた冬に春が訪れようとしていて、景色は暖かい。対象的に静まり返っているようなこの場所は、見えない風がカーテンをすり抜けて2人の間も潜り抜けていく。長く伸びた前髪を動かして、俺の隠れた表情を見せるかのようにさせた。いや俺はたしかに眉間にシワを寄せているけれど、怒っているのではない。悩んでいるのではない。勇気が踏み出せないだけだ。
違う。俺は逃げているんだ。
「……成谷はズルいよ。」
背中を見せていた康史は振り返り、正面から思いを投げてくる。
よくよく見ると康史の顔は別人に見えた。あれこんな顔をしていたっけ……鼻はたしか低く、まぶたは一重、渇いてしまったような唇が少し気になるところがあり、あまり万人受けしないような顔。けれど、目の前にいる人物は強弱のついた鼻がついており、人をまっすぐ見つめていることが遠くから解るぐらいの瞳をしていて、何を口にしているのかが判るような唇、そしてまっすぐな顔。マスク越しでも相手の顔を理解していたつもりでいたのに、俺に見えているのは公務員を相手しているかのような芯のあるすがた。
前髪が揺れ、その合間から見える姿。風が強く吹いて、はっきりとみせるその姿。
そうだ…、俺は逃げている。
誰かの連絡がくるのが嫌でマナーにしていた携帯がポケットなかでバイブとなって教えてくる。右脚ポケットから太ももに伝わり、腰を通りお腹や脇腹を伝い脳へと伝えてくる。定期的に震えるバイブはまるで電動コイルのように視界を狭くして真夜中にテレビを着けてドラマを見ているような感覚だ。俺がどこにいるかわらないほど、辺りは暗い。
康史の声が聴こえない。
眼鏡を外しても視界は変わらない。
目の前にいる男性は口を動かして何かを訴えている。
「康史、俺が悪かった」
春の移り変わりで屋根から雪が落ちるように、冷たくて重たい俺の言葉は床にこぼれ落とした――。
もしかしたら俺たちにも冬が到来していたのかもしれない