360°
「ちょっとお客さん、買い忘れものはありませんか。」
俺は商品棚から手にしたガムをポケットに突っ込んで会計もせずに店を飛び出した。だからそれもそのはず、呼び止められる人にきちんと呼び止められた。
「ちょっとお客さん、いや…
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いや、もう勝手に人のサイトで小説家の真似をして……」
俺はその声に背筋を凍らせ、
タイピングしていた両手を止める。
ある部屋でタイピングしていた俺は声の主によって両手を止めた!
ここで読者の方に説明をしなければならない。
この小説「2023」は、俺の友達の小説サイトを勝手に借りて連載を始めたのである。俺の友達は今から7年ほど前にデビューをし、それから休載を繰り返しながら昨年の春まで作品を発表し続けてきた。友達の小説はこれといったスゴさなど見当たらないのだが、どこか全作品に通して伝えたいと思われるメッセージに俺は惹かれて、そして一言で表せないこの感想に気持ちを動かされてきた。友達の、いや、あいつの、いや康史の作品を不意に見つけてしまい、どうしようもない感情に襲われて公表してしまった。そしてあろうことか、出てきた作品が動いてほしくて物語を付け加えてしまった。
謝らなきゃと胸のうちで張り裂けそうになりながら、目に見えているはずの反省と裏腹にある怖さに背筋に冷や汗をながしながら下唇を噛み締める俺。
たとえばもしディスクトップに康史の顔が映し出してくれたらどれほど救われるのだろうか。
たとえばもし先ほど綴っていたガムの会計を済ませる物語としていたのなら……
「で、お会計しないつもり?」
康史は俺の肩にドスっと両手を乗っけて、声を太くして反省を持ちかける。
なんとか眼だけでも動く俺は眼だけでも必死に動かして許されないことをしたということを表現する。
「で、お金だけを払えば良いとなんて思っていないよね?」
康史はさらに上半身の体重を俺に掛けては回転椅子がクラっとひずみ動きだす。その動きに俺自身は驚いたのか、ピタリと止まっていた両手筋が自由になり膝の上に即座に隠してはズボンの布を必死に鷲掴みした。
「僕さ、言ったよね。成谷にも知られたくないことがあるって。」
康史は丁寧に言葉を置くようにして俺の胸に突き刺してくる。
「僕はさ、成谷以上に知って欲しく無いことを隠し持っているんだよ。それはさ成谷以外の人に知って欲しくないからなんだよ。」息継ぎをするように深いため息をついては思いを重ねる。「外の人に話したところで何にも解決しないことが山ほどにあるんだよ。成谷は経験したことある?僕はさ、あるんだよ。ある人はさ待ってくれているかように投げ掛けてくれるんだけど、いざとなったときに役立たないんだよ。こういうのは気紛れ。そしてその人のその場のご愛嬌。そして自分による相手への勝手。」
俺は頷き方を忘れたのだろうか…
少しでもと思って出した声が『ぇ?』という発音になってしまった。
それを受けたのか反感を買ったのか康史は両手を俺の肩から外し背中を見せた。
「―――成谷の想いはわかった、
勝手に綴ってきた文も、今の返事も、それも、」
俺の何が判ったというのだろうか…。
俺は康史の顔を見合わせることもなく、自分の犯した罪を償うこともなく、絶交になってもおかしくない状況にも関わらず、回転いすの上に1人座り込んでいる。
この360°どこへでも顔を向けてしまう、この回転椅子の上で1人で――――。
康史にまずは謝らなきゃ