一行都市伝説
「ここがオカルト研究部の部室か……」
憧れの進学校こと加能高校に入学したてほやほやの私は、入部説明会も待たずに勝手にサークル棟を物色した結果、目的の場所にやっとたどり着いた。中学生の頃から、「あそこのオカ研は本物だ」という噂を耳にしていたのだ。隠れ黒魔術ファンである私にとっては垂涎の的だ。ドキドキしながらドアに手をかける。途端にほこりが舞い上がり、荒廃した廃墟のごとき部室が姿を現した。でもこんな歓迎は想定内だ。
「こんにちは! 初めまして、一年生の御経塚紀子です!」
いつもは陰キャラのくせに精一杯可愛らしい声を脳天から出して挨拶する。
「あら、新入生の方ね、いらっしゃい。私はオカ研部長よ。見学に来たの?」
そこにいたのはいわゆるメカクレ的な前髪を伸ばした落ち着いた感じの女生徒だった。大きな机の前に腰掛け、何やら書き物をしている。多分と言うか明らかに最上級生だろう。
「はひ! かねがねここの噂は聞いていました! 何でもいろんな怪異や都市伝説を目撃されたとか……」
力み過ぎて声が裏返ってしまったが、まあいいだろう。しかしこの部長さん、どこかで見たような……気のせいかな?
「そうね、そこのファイルに今までの私が携わった都市伝説の記録が綴ってあるから、良かったら見てみる?」
彼女が手を伸ばしたその先には、一冊の青いバインダーが机の上に無造作に置かれていた。
犬太郎:夏に車内にいると、知らぬ間に首から下は一歳児だが顔はダックスフンドの異形が後部座席に現れると同時にドアや窓が全く開かなくなり外部への連絡が不能となるが、その正体は親に車内放置された幼児と犬が熱中症で死亡し一体化した怨霊で、車内温度を上げ続け、脱出を試みると噛み付き体内の水分を奪う。
対処法:外部から無理矢理ドアを破壊して出してもらうしか逃れる方法はない。また、犬太郎は自分が死亡した車に取りついているので車をしかるべき方法で処分すること。
夢試験:試験会場を探して校内をさまよう夢で毎晩続き、徐々に目的地に近づいているようだが同じ場所には二度と戻れず、出会う人は皆、「会場には行くな」と言うも体は言うことを聞かず、夢を見る度に地下へと向かい、時間は夕刻に迫っていき、廊下の果てには学生の首吊り死体の影が朧に揺れる。
対処法:試験会場についてしまっても決して問題を解いてはならない。もし一問でも解けば、それは夢の世界の住人になったことを自ら認める意味があるから。余談だが夢の中で試験が中々解けない理由は無意識下でそれをわかっているためとも言われる。
特殊屠殺場:とある山奥の屠殺場には病気の患畜専用の建物があり外部の者はおろか職員も特別な人しか入れず、興味を持ち中に忍び込んだ者は人間の顔をした得体の知れない生物を大量に見て発狂したそうであり、施設の近くには昔よくわからない理由で家畜を全部生きながら焼却した村があるという。
対処法:不明。とにかく関わり合いにならない事。
夜泣き銀杏:交通事故が多発する交差点に立つ銀杏の木の下に毎夜現れ「全部私が悪いんです、殺して下さい」と道行く人に泣いて訴える女性だが、その正体は通常はギンナンが交通事故の原因になる為街路樹は雄木のみ植えられるが誤って植えられた雌木の銀杏の精霊である。
対処法:木を切り倒すか道路の無い場所に移植すれば消失する。
飲尿鬼:夜道に白衣を着て人前に現れる男で「ここに排尿しろ」と左手に持った採尿コップを突き出し拒むと右手に持った鉄の細い管を相手の尿道に突き刺し直に飲尿するが、元は検査技師だが尿好きで検体の尿をこっそり飲む内に鬼と化した。
対処法:「私は尿路感染中です」と唱えると追い払える。
思い出ガチャポン:街角やスーパー等にひっそりと置かれた謎のガチャポンで、百円入れて回すと昔とても欲しかったのに結局手に入らなかった物が出てくるが、入手後徐々に記憶が現在から過去に向かって失われていき若年性痴呆と化す。
対処法:とにかく早く手放した方が良い……手放すことが出来ればね。
かんこんさん:旧家の誰もいない奥座敷で冠婚葬祭の時のみ大きな音がする現象であり、実はこの家には昔酒乱の老人がいて酒の席で問題を起こすので特別な日は部屋に監禁していた所こっそり飲酒し嘔吐し窒息死したとのことで、放置すると音が悪化し家鳴りがひどくなり最終的に家人に祟りをなす。
対処法:事前に酒を供えると止む。
いつまでフィギュア:結婚適齢期を過ぎた独身男性が中古美少女フィギュアを購入すると箱を開けた時「いつまで買うんですかぁ?」と購入者にしか聞こえない、某お姉さん系女性声優似の声が聞こえるとのことであり、フィギュアは一見綺麗だがよく見ると何かを拭き取った跡がある。
対処法:竿役フィギュアを買うと黙る。そもそも声しか害はない。
闇鴉:夕焼け空に突如現れる巨大なで非常に凶暴な烏で以前巣を撤去した人やその家族に突如襲い掛かって「カエセー」と鳴きしつこく付け回し突き殺すが、こちらが攻撃しても複数体に分裂するので殺せない。
対処法:所詮は烏なので大声に弱いし夜になると鳥目で追って来られない。
逆さ街:よく晴れた日に空に地上とそっくりな街が出現するが、よく見ると中には誰も住んでおらず、見た人は出現後しばらくすると段々地面が傾いていく感覚に襲われやがて重力の方向が上へと変わっていくのに気づく。
対処法:何かに捕まらないと上へと落ちていきやがて空の街へ激突するだろう。幻覚の一種という説もある。
老皮:一人暮らしの老婆。凄まじい異臭を放ち行政の職員が訪問すると這いつくばって玄関まで出てきて非常に小さい声で「帰れ…」と言うが、実は既に死んでおり皮以外全て鼠に食い尽くされたが家族に迷惑をかけたくない執念が鼠達に宿り、皮の内から体を動かし音を立てて人語を真似ているため、しつこく家にいると食い殺される。
対処法:ネズミが嫌う音を発生する機械が有効。
さはすらぶじゃ:帽子を被った美女で両手首に大量の手が描かれた腕輪をつけ、男を逆ナンしラブホに連れ込むが男は翌朝顔と両腕の無い死体で発見され、彼女の頭部には小さい生きた男の顔が密集しているとのことで、実は遠い昔天上界を追われた女神が多頭多手の姿に戻る為SEXした男の顔と手を奪っていると言われる。
対処法:誘われてもついていかないこと。もっとも男には難しいかも。
藤八:神社の前に立つ着物を着て狐のお面を付けた少年で、「藤八拳しよう」と狐、猟師、庄屋の三つのお面を渡してくるが、ルールは合図と共にお互いどれでも好きなお面を付け、①狐は庄屋に②庄屋は猟師に③猟師は狐に勝つことで、負けると①は狐憑きになり②は銃で撃たれ③は座敷牢に一生閉じ込められる。
対処法:勝負は三回勝負。勝つしか無事に逃げのびる道はない。特に③は最悪。
童貞を殺す服:男の童貞を奪う為勝負服着たのに逆に引かれて拒絶された女性の怨念がこもった服で着た女性を狂気に駆り立て、童貞は催眠がかかった様に女性に魅了されるが服の一部が刃物に変化し誘惑した童貞の陰部を切り落とす。
対処法:刃物を奪っても次々と生成される為服を脱がせ焼き払うしかない。
胎盤女:妊婦の胎盤は出産後廃棄されるが幾つかは解剖実習用のサンプルとして解剖実習室に運ばれるが、ある晩実習室に忘れ物をした学生が取りに戻ると室内でバケツに入った胎盤にかぶりつく血塗れの女性を見て逃げ出したという。
対処法:満腹になれば消え失せるので放っておくに限る。因みに動物には出産後栄養価の高い胎盤を食べてしまうものもいる。
老.胎:胎生数週間目で母親が急死した時に超能力に目覚めた胎嚢で女性の子宮内を転々とし絨毛膜や羊膜などを勝手に形成し栄養を奪うが、何故かそれ以上成長出来ない為世を呪うようになり、彼が移り住んだ女性はほぼ違和感はないが、彼の憎しみが宿り徐々に凶暴化し挙句の果てに事件で死ぬ事が多い。
対処法:即異物を堕胎するのが吉。但し手術しようとすると即逃げ去るだろう。
車椅子の老人:廃病院にいる認知症の老人の霊で車椅子に乗って点滴棒を振りかざし凄い速度で襲ってくるが、点滴内の液体に触れると昏睡状態となるので注意。
対処法:看護師には弱いので看護師の服を着ていれば逃げるかもしれない。
五呪石:呪詛で有名な某神社は参拝時川を歩いて渡る為川床に5つの飛び石が置かれ正しい順番で渡らないと呪詛が自分に跳ね返るといわれ、橋を掛ける時五石は撤去され散逸したが呪詛の力を持ち、誤ってどれか一つでも踏んだ者は即呪われ衰弱死する。
対処法:呪いを解くには五石を全て集め正しい順に踏むしかない。
フランダース:絵を描くAIを自在に使いこなす素顔を見せない人物で人が望む一番見たい絵(別れた恋人の今の姿、何者かに殺された妻の死の瞬間等)を依頼人の体の一部と引き換えにAIに描かせるが、その正体は人体の部品を揃え人間になる事を夢見るAI自身とも言われる。
対処法:不明。一旦依頼すると取り消せないので関わらないに越したことはない。名前の由来はわかるな?w
「す、凄い! これ全部先輩が関わった怪異なんですか!? よく全て解決出来ましたね!」
私はファイルをパラパラと捲りながら興奮して叫んだ。都市伝説は様々だが、とても一筋縄ではいかないと思われるものも結構ある。
「フフ、全てではないわ。よく読んで。対処法が不明なものもあるわよ」
「本当だ……でも先輩は無事だったんでしょう?」
そう言いながら私が部長の方をチラ見した時、さっきより姿が薄くなった気がした……疲れ目のせい?
「まだ最期の記事を読んでないのね……早く捲って」
まるで幽玄の彼方から響くような声に誘われ、私は再びバインダーに目を落とした。
加能高校オカルト研究部:ここは現在と過去と未来が重なる魔の領域であり、部長となった者は上記の全ての怪異を解決出来ない場合、ここから抜け出すことは出来ない。
対処法:また一年生に戻って全都市伝説と相対し対処法を見つけること。
「こ、これってどういう……」
「その通りの意味よ。私はその中の都市伝説のどれかに取り込まれたの。今後ともよろしくね、過去の私」
部長はそういうと、前髪を無造作にバサっとかきあげた。