ラジオの国
【___での天気は晴れ、時折曇り模様になる可能性があります。】
【___次のニュースです。以前から広まっている『行方不明事件』ですが___】
【ペンネーム”コーヒー好き”さんからのメールです。〈最近行ったカフェでのコーヒーが___〉】
【通情報のお知らせです。北区のD地区で只今交通渋滞が発生しております。渋滞距離は___】
機械から雑音混じりの音声が聞こえてくる。
初夏を迎えたこの国では、暑さしのぎにカフェやレストランに入って来ては、その音声に耳を傾けている。
それが当たり前であるかのように、自然に。
そんな中、とある男女がカフェで『物珍しそうに』音声を聞いている。
そんな男女は、『ラジオ』を聞きつつ会話する。
「流石は『ラジオの国』って言われるだけあるな。『ラジオ』がここまで情報収集の主流なんてな。今時珍しい。」
「前に行った国では『ラジオなんてもう時代遅れの機械』なんてされていたからな。それに俺達の国でも、もう『ラジオ』は使われていないし、久しぶりに聞いたな。」
ラジオを『今時珍しい』と称した女性は、口調こそ男性のようだが、その見た目や細かな仕草は見惚れるくらいの美人だ。
蒼眼蒼髪が目に鮮やかで、それも相まって人目を集めている。
『久しぶりに聞いた』と言っている精悍な顔立ちの男性は、体格の良く背も女性よりも頭一つ分程高い。
黄緑色の瞳と髪をしており、女性と同様やはり人目を惹く。
二人は似たような服を着ており、少しほつれた旅人の衣服に、薄く汚れたマントを羽織っている。
そして二人は現在カフェでラジオからの音声を聞きつつ、コーヒーを啜っている。
焙煎された豆の香りが心地良く、雑味も少なく飲みやすい。
【先日行われた議会での会議は〈ラジオをこのまま使い続けるかどうか〉という内容でした。他国ではラジオを使わなくなって久しく、我が国は___】
「ラジオから『ラジオを使うかどうか』って内容を聞くの、ちょっとシュールだな。」
「確かに。ラジオ自身で存在否定している気がする。」
【___の結果、〈ラジオを ”ザッ” 東区の天気は晴れ、西区の天 ”ザザッ” とされ、議会は再度会議を___】
「・・・・ん? 今の何だ?」
「混線してるんじゃないか? ラジオって電波で通信しているから、そういう事あるんじゃないか?」
「それもそうだが、気になるな。ちょっと店員に直してもらうか。」
女性は手を上げて店主店員に声をかける。
「ちょっといいか? ラジオの混線がちょっと気になってな。直してもらっていいか?」
「かしこまりました。ご迷惑をおかけしてすみません。中央区はところにより曇りです。只今直してまいりますね。」
「・・・・ん? あぁ、分かったが・・・・、今何か言ったか?」
「え? 何か変な事を言いましたでしょうか?」
店員は何も気が付いていない様子で首を傾げる。
「いや、何でもない。とりあえずラジオ直してくれ。」
「北区では曇り空が広がっております。では早急に直します。」
「・・・・頼む。」
店員が去っていき、女性は店員を見送る。
眉を顰める女性に、隣で話を聞いていた男性が話しかける。
「何だったんだ、あの店員。何だか___」
「あぁ、ラジオみたいに『混線してるような話し方』だった。」
「それに、『周りがそれを指摘していない』。」
周りは相変わらずラジオを聞きつつ雑談をしている。
店員の様子に気にも留めていない。
それどころか、周りも店員と同様に『混線した様な』話し方をしている。
「___でさぁ、上司がムカついてね? ペンネーム”温泉行きたい”さんからのリクエストです。あの上司ったら、アタシに___」
「___それってマジで最悪じゃん! D地区の交通渋滞距離は短くなってはいますが、変わらず渋滞がつづいて___」
「いらっしゃいませ! 今日の運勢占いの一位はさそり座です! 奥の席へどうぞ!」
会話上、どうしても違和感がある内容が飛び交う。
それでも住民たちはさも当然の様に過ごして会話を続ける。
旅人の男女は、顔を見合わせて席を立つ。
女性が男性に声をかける。
「行くぞ。俺達まで『混線する』前に、この厄介事を解明するぞ。」
「了解。」
会計を済ませて、二人はカフェを出る。
時折聞こえる、人々の『混線した様な』会話を聞きながら。
_________
旅人二人はまず『混線した状態』が何故起きるかを探る事にした。
取っていたホテルの一室で二人は話し合う。
女性はベッドに座って足を組んで、段取りを決める為に悩む。
男性は近くにある湯沸かし器で湯を沸かして、お茶を入れようとしている。
部屋には案の定ラジオが置いてあり、相変わらず何処かの放送を流している。
【___『行方不明事件』の現場に残された『ラジオ』のみが手掛かりで___】
「まず、どうやって『混線が起きるか』の解明からだな。一番手っ取り早いのは、『混線した状態』の人間を調べさせてもらう事だが・・・・。」
「『金を渡すから頭を調べさせてくれ』って言ってもいいけれども、完全に不審者になるよな。それは避けたい。」
悩む二人の間に、ラジオからニュースが流れる。
【___警察によりますと、残された『ラジオ』は所持者不明の物で___】
「前提としてだが、脳に何らかの異常が起きているのは確実だろうな。他の体の部位には異常は無い訳だし。」
「脳波の異常、または魔法での干渉か? 原因を確定させるためにも、両方調べてみる必要があるだろうな。」
湯沸かし器からポットに湯を入れてお茶を入れる。
落ち着くような香りが漂う。
男性はお茶を女性に「熱いから気を付けな」と言ってから渡す。
しかし、気を付けていたとはいえ、カップ自体が相当熱い。
「あっつ!!」
女性は思わずカップを放り投げる。
『ガシャン!』とカップの割れるヒステリックの音と共に、何処からか何かが聞こえた。
【ア”ツッ】
女性の手を気に掛ける男性に対して、女性は男性に問う。
「大丈夫か!?」
「俺は大丈夫だが・・・・。今声が聞こえなかったか?」
「そうか?」
静寂の中、二人は考える。
一先ず二人でカップの破片を拾う。
「あちゃ~、盛大に割れたな。ホテルマンに言わなきゃな。」
「そうだな、お茶もあちこちにばら撒いちまったし・・・・。ラジオとかにかかってないか?」
女性のその一言に、男性は固まる。
「・・・・なぁ、ラジオの音声、聞こえない気がするんだが。」
「・・・・マジ? お茶かかっちゃった系?」
静寂が室内に響く。
先ほどまで聞こえていたラジオの放送が、今は聞こえない。
慌てて二人がラジオを見れば、そこにはびしょ濡れのラジオが。
「コレ、やっちまったな!」
「『やっちまった』じゃない! 何とか直せないか?」
二人はお茶のせいで壊れたラジオを見れば、少し煙を上げている。
男性が気をつけつつラジオを修理できないか、分解してみると___
「何だ、コレ・・・・?」
男性が怪訝な顔をする。
それを見た女性が男性に問う。
「どうかしたか?」
「・・・・コレ、見てくれ。」
___分解されたラジオに、脳があった。
それだけではない。
心臓や肺といった消化器官以外の内臓が、ラジオの機体の中に納まっていた。
消化器官の『名残』の様な物はあるが。
「これは、一体・・・・!?」
「これじゃあ、まるで、」
『生き物』じゃないか。
どちらがその言葉を言ったかは、分からない。
男性はまずラジオを『触診』する。
ラジオの『心臓』には酷い火傷があり、既に動いていない。
その他の器官も同様だ。
熱いお茶を被ったが故に、それが機体の中までお茶が入り込み、それが致命傷になったようだ。
「『死因』は重度の火傷か。『ラジオが火傷で死ぬ』とか、なんてシュールな。」
「問題はそこじゃないだろ。『ラジオという生き物がいる』という所が問題だろ。」
茶化す女性に、男性が真面目に突っ込む。
突っ込みを受けた女性も「分かっているっての」とふざけた態度を改める。
「この『ラジオ』という生き物が、コイツだけではないだろうな。普通に普及している『機械のラジオ』に混じって『生き物のラジオ』が生息し、人々に悪影響を与えている可能性がある。」
「そうなると、人々が『混線している』状態は『生き物のラジオ』の影響か?」
「断言できないが、その可能性はあるな。それに___」
女性は『生きていたラジオ』を一瞥して、一言。
「『コレ』が、元は『別の生き物だった』可能性がある。」
女性の言葉に、男性は一瞬固まる。
「どういう事だ?」
「コイツの内臓だ。消化器官だけ退化している。もとから『ラジオ』なら、こんなものは必要ないはずだ。」
「・・・・そう言えば、ラジオのニュースにあったな。『行方不明事件の現場に、ラジオが残されている』って。」
此処に来る際や先ほどのニュースの内容を振り返る。
『行方不明事件』。残されたラジオ。そしてそのラジオは、所持者がいない。
「推測だが、『人々を混線させる』のが『ラジオの繫殖方法』なんだろう。そうして人々を『ラジオにしている』。それなら話が通じる。」
「なら、どうして『生き物のラジオ』がここまで普及している? 事件の証拠品なんだろう? 誰も分解しなかったのか?」
「見た目ただのラジオだからな。誰も何もしなかったのかもな。『見た目普通で所持者がいないだけのラジオ』なんだからな。その後売り飛ばされたんじゃないか? 推測の域は出ないが、それは置いておいて、だ。」
女性の推測を踏まえて、男性は女性の言いたい事が分かったのだろう。
少し広げていた荷物を、まとめ始めつつ質問する。
「直ぐに出立するか? それとも、この問題解決でもしていくか?」
「今すぐに荷物持って出ていくぞ。この国の問題は、この国の者が解決すべきだ。他の人には悪いが、俺達まで『ラジオにされる』のは勘弁だ。」
女性も自身の荷物を片づけ、二人で駆け足で国を出る。
出来るだけ遠くに、『混線』しないように。
_________
何処かの国で、こんなニュースがテレビで報道された。
【次のニュースです。ラジオの国での『行方不明事件』の被害者が増加しています。被害数は人口の三分の一まで増加しています。現場に残されたラジオが手掛かりとなっていますが、依然としてラジオが残される理由は不明のままです。】
ここまでお読み下さり、ありがとうございます!
今回は自身の長編作品の短編として、この作品を書いてみました。
旅人二人は『奇妙な現象』を放置し対応を国の者に任せました。
皆さんが旅人の立場なら、どうしますでしょうか?
改めまして、ここまでお読み下さりありがとうございました!
宜しければ本編の長編小説もどうぞ!