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第一章【五】新たな人生(後編)

「魔術師について知っていることは?」


 唖然としていたノアに、レイブランドが聞いた。

 ノアはいくつか――選ばれた人で、特殊な力がある者だということなど――知っていることを話したが、噂で聞く程度の情報しかない。


 レイブランドは予想していたのか、ノアの話を聞くなり口をひらいた。


「概ね間違いだ」

「……間違い」

「まず、魔術師は『人』ではない。いやそれでは正確ではないな。魔術師になった瞬間、『人』ではなくなるのだ」


 ノアは真剣に話を聞いたが、レイブランドのつむぐ言葉はまるで物語のようだった。


 人のなかに、極稀に『魔術を扱うことのできる者』が出現する。

 その『魔術を扱うことのできる者』を魔術師が保護し、正しく魔術を教え導くことにより、『魔術を扱うことのできる者』は『魔術師』になるのだという。


 ――魔術を扱うことのできる者が、魔術師になる。


 それはただ単に資格を得るというだけの意味ではない。


 魔術を扱うには心身ともに強化されねばならず、人は人あらざる者に変化するのだとか。


 わかりやすい例として、レイブランドは吸血鬼伝説をあげた。

 吸血鬼伝説とは、吸血鬼に噛まれた者もまた吸血鬼となり、人を襲うようになるという架空の物語だ。

 物語のなかで、もとは人であったが噛まれた瞬間に吸血鬼という化け物に変わってしまうという、描写がでてくる。


 魔術師も、もとは人だったという意味では同じらしい。

 つまり人と魔術師は別の生き物だというのだ。


(……信じられない話だわ)


 しかしあまりにも信じられないことが立て続けに起こりすぎて、ノアのなかの常識は、常識と呼べるものかわからなくなっていた。


 それに、レイブランドがノアを不思議な薬で治療したのも事実で、少なくとも彼が《魔術師》だということは事実だろう。


「じゃあ、私はその『魔術を扱うことのできる者』ということですか?」

「そうだった」

「……だった?」

「少なくとも俺がお前を保護したとき、すでに『魔術師』になっていた」

「なっていた!?」


 レイブランドが、彼自身も訝っているように眉を顰めた。


「屋敷で保護したお前は、全身を火傷していて死ぬ寸前だったのだ。だから、その場で俺は治癒の魔術を使った。そしてお前の傷は癒えた」

「……それは、レイブランドさんがすごいから、ですよね」

「それもある」


 レイブランドは頷いたが、すぐに黙り込んだ。


「……魔術を万能な魔法使いのように考えている人間がいる。だが実際はそうではない。魔術を使うにも術師の力が必要だが、魔術を使われる側も魔術師の肉体を持つ者でなければ作用しないのだ」


 ふむ、とレイブランドは懐から小瓶を取り出した。

 そこには薄い緑色の液体が入っている。


「即効性の回復薬だ。これを用いれば俺が怪我をした時、ある程度は治癒できる。しかし、ジョーンズには効果がない。彼が人間だからだ」


 すみれ色の瞳が、ひたりとノアを見据えた。


「そして、お前にも効力があった」

「わかりません、私は生まれてから今まで魔術を使えたことがありませんから!」

「だがそれゆえに、お前は生きてここにいる」


 ハッとレイブランドの静かな双眸を見つめ返した。

 ノアはごくりと生唾を飲む。


 違う。いや。だって。でも。

 言い訳や理屈をすべてねじ伏せて自分の気持ちに向き合えば、ノアは力が欲しい。

 ライラから指輪を守るために、カラビアルの言葉を実行するために。


 魔術師になれば、それが叶うのだろうか。


「あなたの弟子になったら、一人で生きれるようになりますか」


 気づけば呟いていた。


 目的を達成するためには、これから生きていかなければならない。

 べリス家がどうなっているのかわからないが、あれだけの火事が起きたのだ。


 もはや、ノアの公爵令嬢としての身分はない。

 カラビアルの言葉を守るために、ライラから隠れ続けなければならないだろう。


 だが、生きるためには、これまでノアが身を置いていた《公爵令嬢》としての人生経験だけでは不可能だ。


 爵位のない平民として生きるしかなく、かつて必至に学んだ『領地を運営する方法』や『国王および側近らの仕事』、『淑女教育』などは役に立たないだろう。


「私、生きていけるだけの力が欲しいんです」

「なぜ俺に聞く? それは、お前の努力次第だろう」


(その通りだわ)


 今のノアには、何も無い。

 あるのは、カラビアルの望みを叶えたいという気持ちと、数多の疑問だ。


 カラビアルはなぜノアが魔術師だとわかったのか。

 ノアは一体いつ【魔術師】になってしまったのか。

 優しいライラが、どうしてあのような残虐なことを行ったのか。


(指輪のこともそうよ)


 ノアはただこの指輪を、国王のかぶる冠のごとく、周囲の人々に身分を示すために用いられるのだと考えていた。

 しかしカラビアルの様子からするに、それだけのものではないような気がする。

 もっともこれは、ノアの考えすぎかもしれないけれど。


「返事は、明後日の夜までにするように」


 レイブランドが話は終わったとばかりに立ち上がる。

 部屋を出ていこうとする彼に、ノアはきっぱりと言った。


「そんなに時間は必要ありません。私を弟子にしてください」


 レイブランドが肩越しに振り返る。


「……即決か」

「お願いします」


 お互いの視線がぶつかった。

 レイブランドは不快な気持ちは表情にでるようだが、美しいすみれ色の瞳はなぜか無機質なガラスのように空虚だ。


 先に視線を逸らしたのは、レイブランドだった。


「わかった。弟子をとる方向ですすめる。今は療養期間だ、しばらくはここで心身を癒すといい」


 彼が部屋を出ていったあと、ノアはふらりと椅子の背もたれに体を預けた。


 一人きりになると、起こった数々のことが現実とは思えなくなる。

 指輪がなければ、すべて夢だったのではとぐるぐると考え込んでしまうだろう。


 今でもじゅうぶん考えすぎて頭痛がした。


(やるべきことを行うのよ。優先順位を間違えないで)


 ノアはそう自分自身に言い聞かせると、うーん、と大きく伸びをした。

 そして。


 パチン!

 と、自分の両頬をぶつ。


(私は、ノアディーア・べリス。カラビアル・べリスの長女よ。できないことなど、何も無いんだから!)

よろしくお願いいたします。

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