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ヘタレな男シリーズ

「一方通行の思いが終わる時」

作者: 千神

ちょっとだけ、長めです。


一瞬の出来事だった。

何か特別な出会いとかがあった訳では無い。

ドラマやどれだけか煎じたかわからないような角でぶつかったとか運命的な出会いがあった訳では無い。


同級生の女子が休み時間に本を読んでいた。


本当にそれだけだ。むしろ、女子高生が休み時間に本を読むなんてよく見かける姿だ。

そして彼女は本を読みながら少し微笑んだのだ。

誰かが恋は"する"ものではなく"落ちる"ものだと言っていたことを唐突に頭に過ぎった。本当にそうだった。

彼女の微笑みを見た瞬間、日本昔ばなし『おすびころ○ん』のようにコロリと俺は彼女に落ちた。

これが俗に言う一目惚れというものだったのか。

自身のことだったが、どこか実感できたというものに驚いた。別に感情がないという訳ではなかった。

だが感情の起伏がそんなにある方ではないということを自身の自覚としてあった。健全な高校生なのでそれなりの付き合いはあった。それでも、自分から何かを欲するというのは初めてだった。自分は淡白な方なのだなと思っていた。特に恋愛面では。彼女の笑顔を見たときに何とも言えない衝動に駆られた。


_唇に口付けたら、とか。

_欲しい、と。


好意は向けられることは多いが、情けないことに好意を向けて欲しいアプローチ方法など知らなかった。

俺は友の勇次郎に相談することにした。

俺とは違い、勇次郎は一途であった。好きだった幼馴染に何度も断れながらも、何とかアプローチし続けて最近ようやくOKを貰ってお付き合いを始めたのだ。

勇次郎には、俺が紙を廊下で落としたときにプリント拾ってもらってそのときに笑顔を向けられて、気になっているという…気になっている以外は嘘の話を展開した。彼女が本を読んでいる姿に欲情したなんて、馬鹿正直に話す程、羞恥心を捨てきれなかった。

だが、元々恋に淡白過ぎる俺を知っている勇次郎に人に好意を向けてもらうにはどうしたらいいと思うという相談内容だけでも、かなりの爆弾だったようで、俺の話を聞いた瞬間に驚いたように瞳孔を開いた。


「え?佑月が?」

「あぁ。だからはやく_「いや、待って!」」

「…俺は白昼夢でも見てるのか…」

「お前は馬鹿か」

「う、うわぁ…ストレート」


いやねぇ。お前よりは成績低いけど…俺だって…ブツブツ文句を言う勇次郎に目を向ける。勇次郎は俺の冷めた目に「わかったよ!わかりました!考えるから…ちょっと待って」と少し考える姿勢をした。


「そうだな、まずはその気になっている人が好きな趣味があるならそれを起点に関係性を広げてみたら?」


意外にマトモな答えが返ってきたので少し見直した目で彼を見ると、勇次郎は勇次郎で俺の感じに気づいたらしく、いつもより少し胸を張って「伊達に片思いしてた訳ではないんで!」と嬉しそうに言った。


「サンキューな。あと、これ」

「ん?これって!」


勇次郎の手には「雪○コーヒー○乳」と書かれた全国民に馴染みのあるパックが持たれていた。勇次郎はガタイ良く厳つい顔立ちという姿とは反面にかなりの甘党好きなのだ。甘いものには可もなく不可もなくない俺としては、勇次郎が甘いものを食べる姿や食べる量で思わず胸焼けを起こしそうなったくらいだ。

自動販売機ではとくに「いちごミルク」や「コーヒー牛乳」が好きだったのだ。甘い飲み物筆頭である。

相談料として、彼の好きな「コーヒー牛乳」のパックを事前に買っておいた。彼女とのお昼ご飯の時間を奪ったお詫びと謝礼も兼ねたものである。


「ありがとうな!」


目を爛々と輝かせながら早速開けて、飲んでいる勇次郎の姿を横目に俺らは教室に戻った。


趣味ね…彼女の趣味は間違いなく読書だ。

彼女は何を読んでいるのかを観察することとした。

運が良いのか悪いのか俺は彼女と同じクラスだった。観察するには持ってこいの環境であったのだ。

彼女を観察していく内に、最近ほ伝記とかミステリー小説とファンタジー小説の中間のような類のものが好きな傾向があるようだ。頭のなかでメモしながら、ふと気づく。俺は今ストーカー予備軍になっている?

いや、これは恋した奴らなら、多分…通る道であって別に後をついている訳でもないし、好きな人なら知りたいというのは本能であって…誰に言い訳してるんだろう。俺。はぁと溜息を付いた同時に、カタッと耳に音が届いた。音をした方を見ると、彼女が落ちた本を拾っていた。俺も一冊の本を彼女の方に渡す。


「はい」

「ありがとう」

「いえ…」


そこでこれは機会なのではないか、と思った。これは話す機会だと。いい機会をもらった。俺は気づかれない程度に彼女の本を見ていく。彼女には負けるが、俺もそこそこ本を読むタイプだった。すると、運良く前に読んだことのある本の表紙が目に入る。


「これって、人工改造の話だけど…医術の知識に沿っていて結構読んでてて面白いよね」

「読んだことあるの?」

「あぁ。遠藤透「呪」シリーズ結構好きなんだ」

「へぇ!じゃあ、「真夏の風」は?」

「あぁ、あれも暗に地球温暖化とかの環境問題に触れてて…ファンタジー要素がありながら現実の問題についても触れているところがいいよな」

「わかる!いいよね!」


それにさぁ、あのシリーズは…、と彼女は楽しそうに話してくれた。俺が相槌を打って、話すと彼女は嬉しそうな笑みを浮かべた。俺の鼓動は微笑まれる度に早くなっていった。これはいい感じなのでは?とニヤけそうになる笑みを必死に抑えていると、彼女から「綾野くん」と声が掛かった。


「あのさ…「夜の雫」の本ってある?」


彼女から発せられた言葉のタイトルの本を記憶から手繰り寄せてく…あぁそういえば。


「父さんの書庫にあったはずだよ」


彼女並に父は読書家だ。本だけの部屋があり、そこには壁一面にあらゆる本が陳列されていた。俺も幼い頃から父親にくっついて本を読んでいたのでそれなりに父の本棚に何があるかはある程度把握してのだ。


「本当に!…厚手かましいというのは十分承知なんだけども…本をお借りすることは可能でしょうか」

「急に敬語って、いいよ」

「ありがとう!そうだ、何か読みたい本とかある?」


私ばかりなのも…持ってる本なら、こんなに趣味が合う人なかなかいなくて、彼女の満面な笑みに思わず熱が顔に集まる。なに?今の?可愛い過ぎる。頭の中で自分が奇声をあげながら、のたうち回っていった。


「その…堀北さんがおすすめは?」

「私の今のおすすめは「冬月」かな」

「それがいいな」

「わかった、明後日に持ってくるね」

「あぁ、俺もそのときに持ってくる」


父さんナイス!父さんのお陰で彼女との関係性が広がりそうだよ、と感謝しながら、彼女と本の交換を約束事に漕ぎ着けた。後日、アドバイスをもらった勇次郎にそのことを伝えると自分のように喜んでくれた。


持つべきものは良い趣味持った父親と友人である。


それから、俺たちは読書家の友達のような感じになった。俺のことを"佑月"を呼び、俺は彼女を"朱音"と呼び捨て呼び合うほどに彼女と打ち解けることができた。

自分のなかにある欲がどんどん膨れ上がっているのを感じる。最初よりももっと…彼女の愛がつく感情全てを自分に向けてくれたらと欲深くなっている。

彼女と会う前の自分が思い出せない程だ。

俺のなかにある激情はまだ彼女には見せていない。見せたら逃げられるようか気がした。憎まれてもいいだけど、自分の前から彼女が消えるのだけはヤダ。

失うことが何よりも怖くて…俺は彼女の手や軽い触れ合いさえもできないようになっていた。

これじゃ、完全にヘタレだ。

勇次郎にこの話をしたら、結構笑われたけど、自分でも驚いた。これが本気で好きになるということだったのか、ということを身に染みて感じたのだった。

失敗、したくない。いや、目の前からいなくなって欲しくないのだ。…一方通行すぎる思い。

彼女が向けてくれる笑みが親愛であることは知っている。朱音は周りから顔立ちからか冷たい印象を受けられているようだった。それでも、話し掛けると見た目に反してよく笑うし気さくな性格だ。俺が本の貸し借りなどで教室でも話し掛けるようになってから、彼女に話しかけたそうな男子が増えていることも知っているし、目線も何となくだが感じている。

だが、もう遅い。彼女は…もう俺の…。独占欲がジワジワと俺のなかから零れていく。俺は幸いして、顔はいい方で女子からの受けも良かったようで男子の大半は俺が彼女の近くにいることで諦めていった。

何処なく肩を落としていく名は知らない男の背中を見ながら口角を上げる。そして、そんな自分に呆れる。

こんな面のある俺を朱音が知ったら、逃げていくだろうか。逃げられることが怖くて、俺は内なる彼女への恋情を話せていない。それなのに、ヤキモチとかは一丁前にしてて…何で俺がこんな少女漫画の主人公の女みたいなセリフを吐かなくちゃならないんだ。

それでも、彼女は絶対に手放さない。


そう思っていたのに__俺はやらかした。


その日は雨で、教室には誰もいなかった。放課後に朱音と本屋に行く約束をしていた。俺は委員会の集まりがあったので、彼女に教室に待ってもらうようにしたのだ。俺が教室に入ると、彼女は本を読んでいた視線を少し上げて「佑月」と少し微笑んでくれた。

ほんの数ヶ月前では自分ではなく本に向けられていたとものが今目の前で他ならぬ自分に向いている。

感動に打ちひしがれていると、俺の様子が挙動不審に見えたのだろう。彼女が俺の方に寄ろうと椅子から立ち上がったときに、その振動で本が落ちたのだ。

本が落ちて、それを拾おうと彼女も俺もその本に近づいたときにタイミングよく彼女の指が触れた。

俺も彼女も指が触れ合って、お互いに一旦手を引いたときに俺は見てしまった。彼女が紅く火照る顔を。

そのときに俺の頭では先程俺に向けられた笑みや今の火照る顔が走馬灯のように駆け巡った。

気がついたときには、もう…。


俺は彼女の唇に自分の唇を合わせていた。


時間にいうならら、ほんの0.1秒ほどのものだった。

それでも俺には長いときのような感じがした。

今までないくらいに彼女の顔が近くにあることに気がつき、己が犯した罪を知って青ざめる。


「ごめん!お、俺…用事思い出したから帰る!」


自分の机から自分の鞄をひったくるように取って、教室を後にした。走って、走って。立ち止まって。

後悔した。何をしている。手順をぶっ飛ばし過ぎだ。

道端にも関わらず、誰もいないことをいいことに俺はしゃがみ込んだ。いつ間かに雨も止んでいた。

嫌われた…いや、嫌われるというよりも…もう…彼女に笑顔を向けて貰えないかもしれない。

俺は目の前が真っ暗になった。

罪悪感のなかに仄かな優越感があるのはわかってた。彼女は今まで彼氏なんていなくて、あれがファーストキスであることは知ってる。この前、偶然恋愛小説を読んでいたときに彼女がそう零していた。

彼女の(唇キス)は俺が初めてでそれは未来永劫変わらない事実になった。彼女のなかで、俺は…。

自分の髪の毛をグシャリと手で握る。

あぁ、なんと俺は浅ましいのだ。

後悔してるはずなのに、心の何処かでは喜んでる。

それから数日。俺は彼女を避けた。彼女からは気遣いな視線があることを感じながら、避けた。

正面から彼女から俺への拒絶の言葉を聞いたら、俺の心が持たない。そんな自分勝手な理由で避けた。


本当にヘタレで弱虫だな…俺って。


罪悪感や喜んでいる浅ましい自分に後悔してると、後ろから「佑月!」とここ数日聞かなかった声が背後から聞こえた。放課後であり、すっかりと油断した。

声と同時に俺の手首から少し温度を感じた。彼女が俺の手首を握っていたからだった。


「少し着いてきて」

「…っ、それは…」

「着いてきてくれるよね?」

「…は、はい」


今まで見てきたことのない彼女の無言の圧に、元々罪悪感が積もってる俺には反抗する気持ちは残っていなかった。それから、彼女は俺の手首を握ったまま歩きはじめた。何を言われるのだろうか。キスしやがってこの野郎とかで殴られるのだろうか。それだけならいい。痛いだけ済むなら。それだけじゃなくて、もう話し掛けないでとか言われたり、友人関係でさえ拒否られたら…自分らしくないジメジメとした思考が俺の足を速度を鈍らせていく。言われなくない。嫌いとか、もう会いたくないだと言われたら…俺は。俺は。

そんな思考まで飛んだときに、彼女と共に空き教室に入った。遠慮なく、彼女は俺の手首を持ったまま空き教室の真ん中まで行った。着くと、背中から振り返って俺の方に顔を向けた。彼女の顔つきから怒りのよつなものを感じ、益々俺は頭を下げていく。


「佑月、顔を上げて」

「…それは…」

「そんなに私の顔とか見たくない?」

「ち、違う!」


そんな訳ない、と彼女の顔を見ると微笑んでいた。

たが、何だろう。微笑まられているはずなのに、彼女の背後から薄暗いものが見えるのは。


「ようやくこっち向いたわね」

「…すまなかった。勝手にあんなことして…」

「謝らないで、こっちが余計惨めになるから」

「そ、そういう訳には…」


謝らないで、と言われた俺はどうしたらいいんだと視線をさ迷わせる。混乱が混乱を呼んでいた。


「ねぇ…私が、勝手に私のファーストキス奪ったことについて怒ってると思ってるの?」


思わぬ言葉の暴力に打ちのめされた。しかし、こんなことでダウンしている場合ではないのだ。


「ち、違うのか?」

「違う…私が怒っていたのは」


_貴方が"しまった"って罪悪感たっぷりの顔をしたからよ。とボソボソと呟く彼女を思わず見てしまう。


「き、キス自体は?」

「そこまで…というか」


驚きはしたけど、嫌悪感みたいのは全然…と顔を紅くさせながら言う彼女に思わず、俺は驚いた。

キス自体が嫌という訳ではなくて、俺がしまったという顔付きだから怒った。それって…俺のこと…。

言ってもいいんだろうか。俺の気持ち。


「あの、あれは朱音に何も言わずにしてしまったから…その…申し訳なくなってしまって。」

「あれは勢い?」

「ち、違う…訳ではないけど…ずっと考えてた。口付けしたいとか…好きだから、考えてた」


い、言えた。ようやく口に出せた。


「…そう…」


え?それだけと思い、俺は顔を上げた瞬間、今までと比べものにならないくらいに紅く染め上がった彼女の顔が見えた。少しハッとしてしまった。

彼女は彼女でこちらの様子を見る余裕がないのか、顔を真っ赤にしながら早口で言葉を紡ぐ。


「い」

「い?」

「いちごミルク…で手を打つ」

「え?」


少し転けそうになったことに関しては誰にも咎められないと思う。ちょっと期待してしまった。


「…しまったっていう顔をするから、私とキスしたことがそんなに嫌だったのかと傷ついた…その」


ショックだったのよ、と聞いて俺の鼓動は早くなる。彼女は己の言葉を理解しているのか、顔を真っ赤にさせやながら「い、行くわよ!」と先を歩く。

そんな彼女の背中を追って、隣を歩く。彼女の空いている片方の手を取り、一本一本の指を俺の指と絡ませていく。世でいう恋人繋ぎである。

急にそんなことをしたからか、彼女は俺の方を驚いたように見たものの口を何度か開閉した後、顔を俺とは違う方向に向けた。それでも、彼女の耳が紅く染まってることと嫌がられていないことに俺の胸はもう天まで上るのではないかという程興奮していた。


一方通行の思いが終わる、予感がした。

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