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第2話 婚姻の儀式は賑々しく行われた。

 婚姻の儀式は賑々しく行われた。

 城中を花で飾り付け、蔵の中からとっておきの酒を取り出して道行くものすべてに振る舞った。杯を干したものはみな、我らに祝いの言葉を捧げ、真に国中から祝福された儀式となった。


 三日三晩続いた宴の後、俺と弟、そしてそれぞれの妻を前に、父は後継者についての話をした。

 聖堂の中には国中より着飾った貴族たちが駆け付け、外には都中の民が麗しい花嫁を一目見ようと押し寄せていた。

 そのすべての者が耳を傾ける中で、父は宣言した。


「私が死んだ後、この国を二つに分ける。その半分を兄王子が、残りの半分を弟王子が治める。二人は共に手を取り、協力し合ってこの国を正しく統治せよ。良いな」


 立ち上がって目を剥いた俺の横で、弟は静かに膝を突いた。


「父上の仰せのままに」


 ああ、奴はそれでいいだろう。

 たとえ世界が己の思う通りにならずとも、何の遺恨も残さない男だ。だが、俺は違う。


 父上に掴みかかろうとした俺の手を、くっと脇から引いた者がいた。嫁いできたばかりの我が妻だ。豪奢な飾りと白い衣装に身を包んでいるが、地味な顔立ちがすべてを台無しにしていた。量の貧しい赤茶けた髪を掻き集めなんとか結い上げても、髪飾りはうまく刺さらず既に落ちかけていた。細いまなこは表情を示さず、眠たげな様子にすら見える。


 だが、内大臣の娘であった妻は、既に自らの父を通して今宵君主の勅があることを聞いていたに相違ない。

 激高して振りほどこうとした俺を見据え、静かに首を振った。


「既に定まったことです。今更、大勢の民の前で無様を晒したところで、あなた様の恥となるだけでしょう」


 その冷ややかな口調の正しさに打たれて、俺は、この女を愛さないことを決めた。




 結婚生活に問題はなかった。

 問題など起こりようがない。俺と妻は公的な行事以外、ほとんど顔を合わせさえしていない。どこで会っても、他人のようなものだ。


 そんな俺の妻に、弟はかいがいしく声をかけていたようだ。私的に何度も会っているという噂も耳にした。

 既に妻への興味を失っていた俺は、特にやめさせようとは思わなかった。


 それよりも、時を同じくして弟の妻――つまり義妹が俺に近寄ってきたことの方に興味を感じていた。


 義妹は、客観的に見て美しい女だった。磨き上げた肌をどこまで見せれば品を失わず男の視線を引けるか、実体験で知っている女だった。豊かな黒い髪と白い肌の対比が、印象的だった。

 弟の――王国の半分を継ぐ男の妻として、彼女は我が世の春を謳歌していた。頂点に立つ者として神々しく君臨し、その姿のまま俺の前に跪くことに、俺は不思議な清々しさを感じていた。


「あなたの弟君は、本当につまらない男ですこと。一国を支配するなら、もっと野心を持たなくては」


 人払いをした客間で、寝椅子の上で赤い扇を口元でひるがえしながら、義妹は言う。外大臣の娘らしく、周辺国とその制圧に興味を持っていることを、隠そうとしなかった。


 弟の髪に似た黒茶けたカーテンが、開け放したままの窓の風で微かに揺れる。女の細い足が、寝椅子の上に持ち上がり、膨らませたスカートの裾が浮き上がった。

 俺は寝椅子に歩み寄り、蠢く扇を片手で掴む。女は怯えた風情を押し殺し、真っ赤な唇をつりあげた。そして、俺の手を指先でなぞり上げていく。


 底の浅い分かりやすい媚態は、あるいは唾棄すべき不義なのであろうが――俺にとってだけは、好ましいように感じた。

 誰よりも俺を選んだ女を、褒めてやりたい気がした。


「義兄君は、わたくしを退屈させたりはなさりませんわね?」


 挑発を模しながら、それは哀願の言葉であった。この女は、退屈すると本当に死んでしまうのだろうと思えば、心底同情するしかない。

 常に空を目指して伸び続けなければ、萎れてしまう花のような女なのだ。


 どうせ、俺も同じようなものだ。違いがあるとすれば、その自覚があるかどうかだけだろう。

 少なくとも今、この女は俺だけを見ている。俺がいなくとも死にはしないだろうが、今は、俺がいちばん彼女を楽しませることができるのも事実だ。


 寝椅子に覆いかぶさり、赤い唇を塞ぐ。女の口から洩れたため息は、欲情によるものではないように思われた。

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