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リヴェンジャーズ ~奪われし者たちの復讐歌~  作者: 我楽娯兵
初めての復讐
6/26

契約

「うぅ……あぁっ……っか」


 ハッカの突き刺すような匂いに鼻を刺され、途切れて暗闇に沈んでいた意識がゆっくりと醒めた。

 目を覚ました僕は、体に残る痛みに顔を顰めた。

 意識が朦朧としたふらつきに体が思うように動かず、目を開けて周囲の状況を確認した。


「よう。よく寝たな」


「あん、たは──」


 手にハッカ油の瓶を持って、王座に踏ん反り返るかのようにパイプ椅子に大股を開いて座ったジェフリー・リーだった。

 頭を振ってきちんと周りを認識できるようにして、周囲を確認するとそこはすでに廃業したであろうガソリンスタンドだった。

 このガソリンスタンドは街はずれなのか喧騒も程遠く、鳥のさえずりと稀に車の音が聞こえるだけで静かなものだった。


「よくもまあ、三日間も寝続けられるもんだ。体痛くないか?」


 僕の状態に呆れ交じりの言葉で目を覚まそうとしてくる。

 徐々に意識もはっきりしてきたとき、ハッとして気づく。

 僕は護送車両で輸送中に武装した人間に車を襲われ、感電させられ気絶したんだ。

 体を引きつらせて動こうとするが、ガシャっという金属の音でようやく自分の正確な状態が理解できた。

 手錠で椅子に拘束されて全く身動きが取れない状態だった。ジェフリーの言うように三日間も寝続けていた為か、筋肉が異様な軋んだ音がなって首が痛かった。


「銃を持った奴は! ここはどこだ!」


「落ち着けよ。子犬ちゃん(ジャック)。ゆっくり説明してやる」


 焦る様子もなく、煙草を取り出したジェフリーは静かに火を灯して肺を煙でいっぱいにする。

 口からぽわっと吐き出す丸い煙が僕の顔に向かって吐かれて、当たって霧散する。

 あまりにも落ち着いた態度に、僕はここが安全なのだと理解して暴れるのをやめた。

 ジェフリーはタブレット端末を僕の目の前にあったテーブルに見えるように置いて、スイッチを入れた。

 動画の立ち上げ画面が表示され、再生ボタンを押して再生が始まった。

 表示される動画には軍服を着た女性が表示され、その顔は陰で隠されよく分からなかったが、その女性は静かな言い方で僕に語り掛けてきた。


『はじめまして、ジャック・アネラ。私は連邦の陸軍に所属する人間で、分け合って名前は明かせない事を許してちょうだい』


「連邦……陸軍?」


『貴方はきっと何が何やら分かっていないはず。それも仕方がないわ、貴方は民間人。本来はこの件に関してはかかわりのない人間だった。しかし、病院テロの一件でその言い分も私たちには関係がなくなった』


 何やら不穏な言い方で不安を煽ってくるが、その不安は的中する。


『私たちの見解では、貴方は特殊能力保有者(チェンバー)よ』


「ちょ、ッちょっと待ってくれ!」


 ジェフリーは動画をストップした。


「なんだ?」


「僕がチェンバーな訳ないだろ。生まれてこの方、妙な力なんて使ったこともないし、何より今までチェンバー検査に引っかかったことも一度もない!」


「知ってる。まあ動画を見ろよ。諸々の説明もしてくれている」


 動画再生を再開したジェフリーの表情はまるでエンターテインメント動画でも見ているかのような他人の不祥事を楽しむ不届き者の表情であった。


『チェンバーの能力は先天的なもの。貴方はこれまでに受けた連邦で定められたチェンバー検診に不備があったとは言わない。むしろ正確であったと自負しています。しかしながら、貴方が病院での変身をしてみせたあの姿は私たちから見てもOSE社の所属するチェンバーたちの変身と変わりがない。この事からあなたは何かしらの要因で後天的に特殊能力保有者(チェンバー)になったとみて間違いない』


 後天的特殊能力保有者(チェンバー)になった? 。

 まるで聞いたことがない。チェンバーは産まれ持った特質であり、それを練習やらどうこうで得られるものではないのだ。四半世紀前に盛んに行われたチェンバー研究でそれは証明されている。


『さてここからが本題よ。ジャック・アネラ。貴方には今後、OSE社に所属するヒーローを社会的に失墜させ世間に出ないようにするか、殺してほしい。これは依頼ではない。命令事項よ』


「監査……?」


『OSE社の勢力は現状連邦でも無視できないほどに大きくなっている。そして彼らに管理されているヒーローの戦力は少なく見積もってもたった一人で一個師団に相当すると思われる。今の正常、軍事力は何よりも重要視される、そして今世間でも取りだたされているヒーローの軍部参入はOSE社にその軍事の指揮権が一気に集中することが予想される。分かるかしら──国が企業に牛耳られるのよ』


「…………」


 黙るしかなかった。確かに彼女の言う事は理解できる、資本主義の顕著なる姿が今のOSE社でありそれ即ち国が企業に政治が奪われたのなら、国の体裁が崩壊する。

 すべて売り上げの為に、国土を売り、市民を売り、国を売ることになる。

 行動の意味は分かる、しかし──ヒーローを殺すなんて。


『私たちがどれだけ手を尽くそうとも、ヒーローは殺すことができなかった。こう言ってはマッチポンプのように聞こえるだろうけど──あの病院のテロを手引きしたのは私よ』


 その一言に瞬時に理性を失いそうになった。

 体中の血が沸騰するかのように全身が熱くあり、僕の目には異様な鋭さが宿ってその画面を睨みつけてしまった。

 手の平に力が籠り、冷静な怒りが僕の頭を支配した。


「切れるな。もう少し続きがある」


 僕の雰囲気を察したのかジェフリーはそう言って、僕を宥めた。


『貴方の姉を巻き込んだのは悪かったわ、いえ、それ以上にこんな事態を引き起こしている事に全国民に謝罪をする。それでも理解してほしい、こうでもしないと国としての形が留められないの。そんな中で唯一、貴方のようなイレギュラーが発生してくれて光明が得れた』


 その女性は希望を得たような声だった。


『貴方は民間人でありながらアーム・クランチと戦闘をして優位に立った。殺す寸前のところまでヒーローを追い詰めた。この事は私たちにとって大きなアドバンテージになる、今までヒーローを殺す手段がなかった私たちにあの者たちを殺す矛が現れた。──貴方よ。これが最後、ヒーローを社会的に失墜させるか、もしくは殺してくれたら有難い。最大限の支援はするわ。いい? これは依頼じゃない。連邦陸軍からの貴方への命令、拒否権はない者だと思ってちょうだい』


 動画が終了し、ジェフリーはタブレットをしまう。

 静かなに怒りを漲らせる僕の様子に少しため息をついて、僕の目の前にパイプ椅子を引っ張って来て座った。


「まあ、ああいってるが。法的にお前はどんな犯罪行為も認可されたようなもんだ。ヒーローを殺す手助けをしている間は」


「俺がホントに手助けするとでも思ってるのか?」


「するしかないだろう? 言っちゃあ悪いが、この三日間でお前はもう死んだことになってる。書類上は、な」


 察しは付く。ジェフリーの言う、死とは死亡届が受理されたことを意味しているのだろう。

 そうであっても、そうであったとしてもだ。生きていく手立てがないわけではない。

 少し脅しに出てみようか。


「僕がここで舌を噛み切って、本当に死んだらアンタらはヒーローを殺す手立てがなくなるな」


「確かにな──」


 少し考えこんだ様子を見せたが、徐々にだが肩が震えて、そして大声で笑いだして僕を見下すような顔で言い放った。


「──とでも言うと思ったか? 確かにお前が死んじまったらヒーローを殺すのは困難になるだろうが、殺しにくくなるだけで殺せないわけじゃない。いいか? そのちっぽけな脳味噌でよく考えろ子犬ちゃん(ジャック)。ここで俺に殺されるか、ヒーローを殺すか。どっちかだ」


 眼がマジだ。この男は本当に僕を手駒のようにしか思っていない様子だった。

 怒りが少し冷め、やにわに背筋を駆け抜けた悪寒の正体がこの男への恐怖であることに僅かな時間を要した。

 ブルリと体を震わせるのを見て嘲笑したジェフリーは、手に持った煙草を踏み消し立て続けに二本目に火を付けた。


「そう固くなるな。今後俺たちはチームだ、仲良くやろう」


「できるかな」


「出来るとも──耳寄りな情報を教えてやるよ」


 口元を僕の耳の近くに寄せて、まるで愛の告白でもするかのように甘く囁いてくる。

 その内容はまるで夢物語のように確証のない、と言うよりも信用に値しない甘言であった。


「姉貴が生き返るって言ったらどうする?」


「──っ。ふっ、ゲームじゃねえんだ。姉さんが死んだのは現実だ」


「これがあり得るんだな。知ってるか? OSE社のバイオテクノロジー部門の最新研究レポート」


 科学雑誌を取り出して楽しそうにそのページを開いて見せた。

 記憶保存をさらに進めた技術、人格のストレージ化? 。記憶細胞へのダウンロードを可能に──。


「オーロヴィル・シティ周辺にはOSE社関連の研究機関や企業が軒を連ね、そんでもってあの街の行政を仕切っているのはOSE社で連邦でもどうしようもない。OSE社が潰れて、これらの技術が丸と頂けたなら?」


 姉さんが生き返る。

 それに宿る魂が真に姉さんのモノでなかったとしても、物質的には同じ姉さんがもう一人誕生することを意味している。

 姉さんは医療支援には押見がなく、月一は献血をして、治験にも積極的に参加していた。

 ──記憶の保存技術にしてもいた。


「お前の姉貴。生みなおさないか? OSE社を潰してよ」


 倫理的、宗教的にこの考えは間違っているだろう。きっと姉さんは反対するかもしれない。

 それでも、そうだとしても僕はもう一度、姉さんに会いたい。


「OSE社を潰したら、協力してくれるのか……」


「出来るだけな」


「──分かったよ。やるよ、アンタが気が済むまでヒーローをぶち殺してやるさ」


 呪詛のように心の底に張り付いたこの怒りに少しだけ輝きが照らしてその淀みが溶けてゆくようだった。

 セナ姉さんに会えるのなら僕は何度だってあの姿に、悪魔になって英雄を殺し続けよう。

 本当の悪魔にこの体を地獄の底まで引き摺ってゆこう。

 悪魔のような男、ジェフリーと。悪魔になる男、ジャックの醜い騙し合いの契約だった。

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