ニューヒーロー
「ベル? エントリー用紙は持った?」
「うん、持ったよ」
私は、家を出る際に荷物の確認を母親に促されてバックパックを開いて用紙を見せた。
この紙切れが私の大切なシンデレラロートへの片道切符。泣いても笑ってもたった一回きりのモノだ。
学校の制服もきちんと着ているが姿見で私はもう一度その姿を確認した。
私の姿、色素の抜けた髪の毛は脱色や着色をしていないナチュラルカラー。先天的に色素欠乏症を持っており、私は数多くの持病を生まれた時に持っていたそうだ。
少なくともこの街、オーロヴィル・シティに生まれていなければ私は十歳まで生きられないとまで言われていたが親の強運の賜物からか、私は移植手術で生き永らえ、そしてある力を手にしていた。
「ベル。しっかりとやってくるのよ。あなたはきっとヒーローになれる」
「分かってるって、アタシの声で審査員の鼓膜破ってるんだから」
「もう破っちゃダメ。その歌声で魅せるのよ」
「冗談だって母さん」
私は笑って答えた。この数ヶ月前に突如として開催されたオールスター・エンターテインメント《OSE》主催の新ヒーロー採用コンテスト。ヒーロー業界最大にして唯一の企業が主催するモノであるために数多くの特殊身体能力を持ち合わせた者たちが多く集まり、書類選考だけでもテレビニュースはひっきりなしに報道していた。
母親の強い勧めで私も、面白半分で応募したのが数日もしない間に採用通知が送付されて母は大喜び、御近所や私の親友に自慢げに言いふらし今この周辺では私はちょっとした有名人になってしまい。こそばゆいようんな面持ちだ。
それでも、あの紙を手に取ってみれば嫌でも緊張感が沸き上がり、少しでも審査のパフォーマンスのクオリティを上げようと自主訓練に取り組み、そして審査当日の今日になった。
「ギターは持った?」
「目の前にあるじゃん。ほら」
靴を穿きながら私は隣に置いたギターケースを手で撫でて今後長く側にいることになるであろうギターは私の能力の調整器具。至って普通のギターで音程を取るには必需品だ。
「のど飴は持った? スプレーは? マスクは?」
「大丈夫だって。全部持った。時間ももうなしい行くよ」
心配性の母は喉を守る道具をいろいろと見つけてきては私の喉を守ろうと必死だ。
別に嫌だとかそんなことは言わないが、少しだけ鬱陶しくある。
ギターを肩に掛けて私は、家を出た。
………………
小さないスクーターバイクで会場に向かい、私は大好きなロックミュージックを聴きながら道路を走った。ブルートゥースイヤホンで耳を塞ぐのは法律的にはアウトだが、バレなければ何と言う事はないと言うヒーローを目指すものには頂けないだろうが、現状私は少し特殊な力を持った民間人なのだ。
会場、OSE本社ビルの来客用の駐車スペースにバイクを止めて私はビルの中に乗り込んだ。
人で溢れかえるエントランスにホログラムで、『新ヒーロー採用コンテスト』と浮かび上がる文字が表示され、そこには列ができていた。
「すっご……」
あまりの人数に驚いてしまう、まだ世に出ていない特殊身体能力を持った人間がこれだけいるのかと思うと私のこの能力もあまり特別なものではないと認識できて少しだけ安心する。
この能力のせいで迫害やいじめの対象などにはなったことはないが、それでも他の人とは違う力を持っているというのは疎外感のようなものを感じるものだ。
エントリー用紙を出し、受付を済ませて通されたのはビル内の大ホール。そこには献血のような機器が並んでいた。
「皆さんようこそお越しくださいました。今回のコンテストの最終選考は適性試験と、面接でございます」
アナウンサーがそう言い、係員が参加者を機器の前に並ぶようにと促しそれに従うように列ができた。
私はスマホの電源を落として、静かに待った。列は迅速に進んで行き私の番になった。
カーテンが開かれ、医者のような係員が椅子に座って待機していた。
二つの扉を背後に、係員がエントリー者を選別しているようだ。
「手を出して」
私は黙って従い、手を出して待った。
「ベル・ハミルトン。女性ね」
係員はそう言って、私の腕に注射針を刺して少量の血を抜いてよく分からない医療キットにそれをセットした。
機械的なものではなく、pH試験紙のようなもので血がそれに触れて紙の色が変化した。
「青。ハミルトンさん。右の扉に──次」
私は言われるがままに右の扉を開いて、進んだ先にはエントリーの数人だけが待機していた。
数分の待ち時間、それが気まずい沈黙はそう長くは続かず係員が入ってきた。
皆が息を呑んだ。その係員は──ファイブのツートップ、シヴァルドとサンダー・ロードだった。
他数人のOSE社員と思われる役員が入って来て、扉を施錠した。
「さあ、みんな、書類選考と最終試験突破おめでとう。君たちは晴れてOSE社のヒーローだ」
沈黙を切り裂いて端を発して発言したのはシヴァルドだった。
テレビで見るあの笑顔、燦燦と煌くハンサムな顔は英雄の象徴の笑顔だ。
彼の一言にここにいるエントリー者はみんな口をあんぐりとした表情であった。
それもそうだ、ヒーローになるのだから皆が気になりそして覚悟していること──ヒーローとしての適性を図られる試験があると思っていたのだ。
まるでアルバイトの応募のような拍子抜けするような簡単な試験に、一人が手を上げた。
「あの、俺達の能力とかって、見ないんですか?」
そのものに視線が集まり、居心地が悪いにしている。
そんな中で大きなため息が聞こえその主は、サンダー・ロードだった。
ファイブの唯一の女性で、雷撃の主。全身から電気を発生させられる能力でその攻撃力はシヴァルドを上回るとも噂されている。
「いちいち貴方たちの能力なんて見てる暇ないの。第一に私は今日非番だし」
メディアに出ている通りのキャラクター像、皮肉屋的な言い方は私も好きな方だがここまでエッジが訊いているとは思わなかった。もはや皮肉を通り越して嫌味だ。
あまりにも慈悲のない言い方に黙るしかないようであったが、それにつかさずフォローに入ったのはシヴァルドだ。
「まあまあ、サンダーそう熱くならないで。──すまない、彼女は仕事疲れで気が立っているんだ」
「誰が?」
「君たちが思っている事は当然だ、ヒーローとしての適性を調べたいと言いたいだろう?」
みんな沈黙で答えていた。その様子にシヴァルドは嬉しそうだった。
「いい心掛けだ。ヒーローとはかくあるべしだ」
ちらりと役員の一人を見て、許可を得ようとしているようだ。
その役員の表情は仕方なさそうに首を縦に振っていた。
「了解は得た、君たちの能力を見せてくれ」
「一つ質問させて」
私は聞いた。
「なんだい? レディ」
「ヒーローの登用って言ってもここにいる人数多すぎない? 新しいチームでも作るの?」
「いいや? 違う。話してしまってはあれだが、今回はね──ファイブの新しメンバーを探していたんだ」
「シヴァルド──ッ!」
了承を得ていた役員が声を上げて非難の色を露わにしていた。
当然だ。私たちもそれには驚いていた。
ファイブの新メンバー。名前の通り五人しか枠がないはずのファイブ・ヒーローズに新しいメンバーを入れると言う事は、即ち──欠員が出たと言う事だ。
みんなざわついて、試験どころではなかった。
ファイブのメンバーに死傷のニュースは出ていないとなれば、スキャンダルのような不祥事が原因と見て間違いないだろう。あまりにもショッキングな内容に質問者であった私は口元を押さえてしまった。
「おっと、すまない。これはオフレコで頼む」
シヴァルドは芝居のような苦笑いを浮かべてそういう。
私もそれ以上聞く気にはなれなかった、あまりにも不用意過ぎた質問だったと自罰的に自らを心裡で責めて戒めた。
騒めきは収まらない様子で、誰が抜けるのか、何が起こったのかと質問が次々と飛び交う中でシヴァルドは手を叩いて静寂を求めた。
静まり返り、静かな声でその質問に答えた。
「君たちはもう、ヒーローだ。ファイブの欠員の名前は追って伝える、その理由も含めて──さて、では君たちの能力を見せてもらおうじゃないか」
そう言って私たちに能力の使用を促してきた。
皆心中穏やかでは筈だった。そんな雰囲気を察したのかシヴァルドは私を見た。
「レディーファースト。年の若い順からにしようか、そこの学生服の君、よろしく頼むよ」
指を差されて私は戸惑った。しかしながら私に拒否権はないように思え、おずおずと前に出た。
「ベル・ハミルトン、です。能力は、声でモノを壊したり、声帯模写とか、特定の相手にだけ声を聴かせられる」
「ふぅん。そうか……そうだな。じゃあこれを壊してみてくれないか?」
シヴァルドがプラスティック製のペンを出して壊す様にと指示してくる。
私は少々困ってしまう。ガラスのようなモノだったら壊しやすいのだが、プラスティックは少し難しい。
しかし──。
「耳塞いでて」
そう言って口を開いた。
喉を震わせて発する音は、すでに人の可聴音を遥かに超えた超音波の音を発することで超振動を与え振動で物体を破壊できる。
自らのヒュッという音が通り過ぎた途端にシヴァルドが持つペンと、部屋のガラス製品、背後の窓ガラスが勢いよく砕け散った。
「ヤッバ──やっちゃった」
音の反響の事を配慮していなかった。ペンに向かって放った音波はペンの破壊と同時に壁に反響してガラス類を根こそぎ砕け散らしてしまった。
周囲を見れば異音に耳を傷めている様子のエントリー者たちがいたのに、誤魔化し笑いのように頬を引きつらせてしまった。
「はっははははっ! いいよ君、大変に面白い」
「は、はぁ……」
シヴァルドは近寄って来て、握手を求めてきたために手を差し出してその手を握った。
あたたかな体温を想像していたが、驚くほど冷たい手であったのを忘れることはないだろう。