伽藍の大学
喧騒に支配され、学生たちは片手にプラカードを持って進行していく。その人種は様々で黒人、白人、黄色人種と入り乱れ、声を上げていた。
その者たち全員がバイクの半ヘルとバンダナで頭を隠して声を荒らげて学校内を練り歩いている。
そのヘントデモは校内のみの小規模なもので校外には出ていない様子だったが、その剣呑な雰囲気はあまりにも張りつめていて、何年か前の全州で起こった反戦暴動を思い出させた。
僕たちはオーロヴィル・シティの州立工業大学の講堂内を歩きながらその光景を見下ろしていた。
「スゴイな。何の抗議活動だ?」
「前大戦で残っている紛争への派兵反対デモだ。大体は国際安保の反対派だろうが、何人かOSEの軍事参入にさ反対をしてる連中も交じってるな」
「安保闘争ってことか?」
「その辺はもういろんなモンが混じっちまってあいつら自身何に抗議してるのか分かってないようだ。『リ・ベリアン』っていうらしいぞ、あいつら」
僕たちがこんなところに来たのはただリ・ベリアン達のデモ活動を見に来たのではない。
ここにいるジェフリーの知り合いと言う者に会いに来たのだ。
この男の事だろうからカルロみたいに手ひどい罵声を浴びて帰ることになるかもしれないが、それでも変身の手掛かりになるのなら苦労を惜しんでいる暇はない。
命の為にも。
教員棟の教授室は暇をしているようで、人はいるのに伽藍とした雰囲気が漂っている。
それもある意味では仕方ない事だ。何せ学生の殆どがリ・ベリアンであり数人しか講義を受けないのなら過去にアーカイブされた授業をオンラインで配信した方がいいのだ。
受付でジェフリーが教授の名前とその教授室の場所を訊いて、そこへと赴いた。
ライスボール・ランディングJrと印字されたネームプレートが掲げられた部屋にジェフリーはノックもしないで入っていった。
「ライスボール! いるか?!」
荒々しく遠慮のない呼び方で、押し入るガキ大将のようなジェフリーに頭を痛める僕はそのランディング教授の姿を見た。
作業机に向かうその後ろ姿でちらりとジェフリーを見て、小さく言葉を返してくる。
「お前か……相変わらず図々しい態度だな」
冷静で静かな声で返す眼鏡をかけた初老の男性。こ
の大学内で教授の職を賜っているそうだが、その素性は知れない。
ジェフリーと繋がりがある時点であまり誇れた素性ではない事は少しだけだが分かってしまう。
「ライスボール。探したぞ。なんで連邦事務局をやめたんだ」
「お前との作戦でロクなことにならなかったからだ。コーギーのようにお前が連中のケツを追いかけ回したせいで俺は危うく人権侵害で連邦裁判所に送られるところだった」
「そうかい、それでも連中を根っ子から潰せて俺の功績のおかげでこうして教職の仕事についているんだろ?」
「……本当に図々しい奴だ」
背もたれに深く背中を預けたライスボールは僕に目線を寄越してきた。
「新しいパートナーか? ジェフリー勝手に書類に触らないでくれ」
「パートナーっていうか、僕は彼の保険のようなものだ」
「保険? 手駒の間違いだろう。こいつは目的の為ならたとえ身内であろうと生贄にするような男だ」
ジェフリーはライスボールの作業机に厚顔無恥にも座り、頬が裂けんばかりに不敵に笑っていた。
「身内は大切だぞ。お前だって守ったろう?」
「戦闘中だけだがな。他の政治的配慮も考慮もそれらすべて無視しての虐殺しか考えていない。君、こいつと手を切るなら早いうちがいい」
バサッとペーパーレポートをライスボールにいきなり投げて渡すジェフリーは指先でそれを叩いて注意を向けさした。そのレポートの内容ははこの大学内で過去に行われている研究レポートであり、相当昔のデータバンクから引っ張ってきた物だった。
僕も少しだけ内容を見てたが難解な用語、理論で構築されたモノであったが、タイトルだけでその研究の内容は理解できた。
今の僕たちに必要なものだ。
「これはまた、古いものを持ち出したな。セルナノメタルの生成応用のレポートか」
ライスボールはそのレポートを手に取って目を通す、仕草は知的な人物のそれであった。
「お前はこれにどこまで分かる?」
「俺が任期よりも前のモノだ、完全には理解するには少し時間が掛かるが、セルナノメタル自体はもう確立されたものだ」
「そうか……じゃあ訊くが、セルドライバーはここで作れるのか?」
その言葉に鋭い目つきでジェフリーを見返す様子は何かを察しているようだった。
静かに眼鏡を外して、向き合う振舞い方は威厳を感じさせる雰囲気を纏っている。
「まだOSEに固執しているのか? もう5年だぞ」
「『もう』じゃねえ、『まだ』5年だ。少なくとも俺の中ではまだまだ熱いままなんだよ」
その反応にため息で答えるライスボールが諦めたように聞き返す。
「セルドライバーをなんに使う? ヒーローはOSEの管理下。ヒーローで無くともチェンバーは連邦防衛局の管理を受けている」
「未登録者がいたんだよ。しかも、後天的なチェンバーだ」
「気でも違ったか?」
その反応に心底面白そうに髪をかき上げて、言い放つ。
「お堅い学校で思考まで硬くなったのか? 事務局みたいに考えろ。『然もありなんと可能性を探れ』って口癖だったろ?」
顎をしゃくって僕を見るジェフリーの目線に気づき。
「こいつがか?」
驚いたようにそういった。
「そう、みたいだよ?」
………………
「ここが、研究棟だ。何年も使われてないと埃も被るな」
学生のデモ運動の影響か、それとも単純にお払い箱になったのか、ここはかなりの間使われていないようだった。
広大な大学校内の中でもかなり離れた位置にポツンとある施設はセルナノメタル、セルドライバーの中核を成す部分に使われる物質を研究していた場所だ。
凄まじく荒んだところで、見渡せば一様に不良生徒のたまり場になっているようだ。
菓子の包み紙のクズ、飲み物の缶、そして使用済みのコンドームなどが散乱し、ここが本当にヒーローたちが使うセルナノメタルの研究をしていた場所には到底思えなかった。
薄暗い建物の中で僕たちはブレーカーを探して、ライト片手に服を汚しながらようやくブレーカーの電源を入れた。
「きったねえな」
ジェフリーが缶を蹴飛ばしながら、そう言った。
確かに汚い。汚いないが、明かりに照らされたここを見ると玄関口の踊り場のようだった。
「ここは使用されなくなって長いからな。いいサボり場だ……ヤリ場でもあるみたいだ」
「大変なんだな。先生って言いうのは」
僕は服の汚れを払いながらそう言った。
固く施錠されている扉の鍵を開けたライスボール、その先には見た事もない数々の機器が並んでいた。
居並ぶディスプレイに厚く埃が幕を張り、澱んだ空気はどことなく重苦しい。
生体機能応用工学を突き詰めて、生理機能から細胞代謝の制御を可能にし、遂には戦場での兵器禁止条約にまでなったサイボーグ技術の残骸がこれらだった。
「さっさと作業を始めよう」
僕は献血台のような場所に寝転ばされ、僕は何をするのか不安になり始めた。
ライスボールは戸棚より未開封の医療用注射器を取り出してきた。
「ちょ、それ打つ気じゃないだろうな」
「大丈夫だ。未開封だ、感染症の危険はない」
そういい僕の手首に針を打ち血を抜き始めた。
「セルナノメタルは個々人の遺伝子情報に合わせてオーダーメイドされるものだからな、お前の血をいただくぞ」
「どのくらい抜くんだ?」
渋い顔をして、おずおずと答えてくるライスボールの反応で僕は顔が苦虫を噛み潰したようになる。
「……旧世代の機器ばかりだからな。ナノメタルとお前の遺伝子の適合検査とその他諸々を合わせると──66オンスぐらいか」
「結構抜くな」
「……失血死手前ぐらいだ」
「…………は?」
「多分大丈夫だ。統計学上165ポンドあれば死なない」
そう言って肩を叩かれる僕はその楽観的な見方に眩暈すら覚えた。
僕は頸を上げて周囲を見渡すと、別室のジェフリーは誰かと連絡を取っているようであった。
隣で機材のキーボードをタイプするライスボールに気になったことを訊いてみることにした。
「なあ、ジェフリーってどういった人間なんだ?」
「身勝手、自己中心的、利己主義者」
彼は自分中心で世界が廻っているとバッサリと切り捨てるライスボールの断言に、ジェフリーとの過去はいいものではないようであった。
だが、想像もしていなかったことも後に続いた。
「実直でいて愛情深くもある」
「あれが? 実直で愛情?」
「知らないのか? あいつは結婚していたんだぞ。今、嫁は失踪中だ」
「あいつの態度に嫌気がさしたんだろ?」
「いいや。嫁の前ではいい旦那をしていたよ。俺が見た限りではな」
想像が付かない。
ジェフリーが邪気のない笑顔で女性と共に仲良くショッピングモールを歩いてみる想像をしてみるが、彼に邪気のない笑顔が本当に浮かべられるのかは甚だ疑問である。
自らの仕事の為に、僕を連邦刑務所へと送る護送車から強引に誘拐して無理強いするような男なのだ。まず結婚していたことが驚きでならない。
「よく知ってるんだね。ジェフリーの事」
「あいつとは連邦捜査官時代からの付き合いだからな」
「──連邦捜査官?」
「聞かされてなかったか? あいつはな荒事専門の捜査官だったんだ。南方の麻薬戦争ではかなりの検挙者を上げて軍にも表彰されていたんだ」
驚き過ぎて脈拍が上がりそうだ。あんな男にそんな過去があったとは。
厚顔無恥の傍若無人、礼儀知らずの不埒者だとばかり思っていた。
僕はまだ知らない事はまだ多くある、そんな僕でも今回のこの件に関してはしっかりとやっていけるのだろうか。
ヒーローを潰すと言っても僕にはまだ力がない、変身もできない民間人だ。
それでも、僕の心に澱み沈む怒りだけは本物だ。
姉さんの仇を打って、そして生き返らしたいと言う思いだけは本物だ。
ライスボールは、ポケットから菓子を出してくる。
「トゥインキー食べるか?」
「貰うよ、血がなくなって腹が減りだした」




