第九話 ー追憶ー
今話で登場するキャラクター紹介です。
カエルム エルフの王 見た目年齢20歳位 160cm、51kg
アリッサ・クルーガー 行方不明だったエルンストの娘。第四話参照。
焔 ??? 159cm、44kg
「貴様らを処刑する」
エルフの王が言い放つ。
「お待ちください! この人間は我々を救って下さいました、信頼出来ます。どうかお話を」
「黙れ、薄汚い人間の手など借りぬわ! 元はと言えばネーベル、貴様がキーファから目を離さねばこのようなことにならなかったはずだが?」
「そ、それは……」
王は言葉を続ける。
「それに誰の許可を得て人間を招き入れた?これは余への反逆と捉えて構わぬな?」
「!!」
「お~いおい、ちょっと待ちよ王様」
殺伐とした空気の中、気の抜けたテツの声が響き渡る。
「話くらい聞いたらどうだ? 誘拐増えてるんだろ? そんで解決の目処が立たないって聞いたぜ、何なら使えそうなものは何でも利用した方が良いと思うが? 例えば俺とかよ……」
そしてテツは拳を構え力強く言った。
「彼らは俺を信用してくれたのさ、俺はそれに応えなきゃいけない。もし彼らを殺すつもりなら」
「ちょっとちょっと何の騒ぎ!?」
エントランス正面から見て右側の階段から1人の女性が降りてくる。彼女は焦げ茶色の短髪と明るい茶色の瞳を持ち、白く小綺麗なワンピースを着ていた。女性はエルフの王に近づき少し怒ったような口調で話しかける。
「カエルム! あなた何してるの!?」
「アリッサ、お前には関係の無いことだ」
「さっき処刑がどうとか言ってたわよね!? それに薄汚い人間って何!? 私も人間よ!!」
「……お前は特別だ」
「何それ、そんな我儘許されると思ってるの!?」
茶髪の女性アリッサは一瞬テツに目を向ける。そして再び王、カエルムに目を合わせ彼女は更に苛烈に怒鳴りつける。
「私があなたにとって特別なら、彼も誰かにとって特別な人よ!! 人間だからって皆が皆あいつらみたいな連中だと思わないで!! それにあの仲間思いで警戒心の強いネーベルが連れて来るくらいよ、きっと何か考えがあるはずだわ! 仲間を信用できないの? そこまで頭回らないの!? あんた頭悪くなった!?」
「……ここでは私が」
「自分がルールですって!? そんなんじゃ周りから誰もいなくなるわよ!!」
「……」
アリッサの勢いに圧され次第に言葉数が少なくなるカエルム。彼女の圧力に耐えきれずに彼が目を逸らすと、アリッサはカエルムの顎をがっしりと掴んで強引に目を合わさせて女性とは思えない様なドスの効いた声で言い放つ。
「おい目ぇ合わせろって、もしかしてビビったの?」
「離せ、皆が見てる」
「あらそう、今のあんたにはいい薬じゃないの? それで、さっきの発言全部取り消す?」
「……」
「取、り、消、す?」
「分かった……」
「そう、良かったわ。ですって! 早く弓を下ろしなさい!!」
アリッサの一声で一行を囲んでいたエルフ達は戸惑いながらも弓を下ろす。そして彼女は顎から手を離すとネーベル達に近づいて優しい声で話しかける。
「ネーベル、大丈夫? ケガは無い?」
「あ、ありがとうございますアリッサ様。私よりもキーファ様を。」
ネーベルは抱えているキーファをアリッサに差し出した。
「キーファ!!」
「治療は施しました、今は気を失っていますが命に別状はないかと。ですが私の不注意でこのような目に遭わせてしまいました……やはり王の言う通り私は……」
「いいえ、貴方のせいじゃないわ。悪いのはあなた達を襲った連中よ、何も気にしないで。」
「ありがとうございます……」
アリッサはキーファを受け取るとテツの方へ向かう。ネーベルが彼女の後ろから声を掛ける。
「彼が我々を助けて下さったのです」
「貴方が……ありがとうございます。私アリッサ、アリッサ・クルーガーと申します」
(アリッサ・クルーガー?)
彼女の名を聞いた瞬間テツは自分の記憶を辿らせる、そして微笑みながら彼女に尋ねる。
「エルンスト・クルーガー、この名をご存じですか?」
「な、何故父の名を!?」
「(やっぱりな。)あなたの父親に捜索を頼まれたのですよ。去年森に行くと言ったきり行方不明になったとお聞きしました、間違いありませんか?」
「あ~、そう言えばそうだったわねぇ……」
急にばつの悪そうな顔になるアリッサ。続いて彼女がぎこちない笑顔でテツに尋ねた。
「父は、何と言ってましたか?」
「あなたの生存を信じてました。それに気も腕っぷしも強いから大丈夫だろうとも。(クレール以上だったな……)」
「ふふっ、そうでしたか。うーん、手紙書かないとなぁ。」
「お手紙、お届けしますよ?」
「そうね、じゃ、お言葉に甘えて……あらごめんなさい、話が長くなってしまいましたわね。失礼、私キーファを休ませてきます。カエルム!」
アリッサは振り返り優しくも威圧感のある声でカエルムを呼ぶ。
「あなた、彼を客間に案内してくださる?」
「何故余が!?」
「言い方を変えるわね? 案内しなさい。」
「……くっ、分かった。こっちだ人間。」
(おぉ~恐ぇ~)
テツは、アリッサの男勝りな性格と王をも黙らせてしまう威圧感に恐怖の念を抱きながらカエルムに案内されその場を後にした。
「ここだ、入れ」
2階の客間に案内されたテツ。カエルムの言う通り彼は部屋にゆっくりと入って行く。
「“忘却せよ”!」
「なっ!?」
突如テツは背後からカエルムの魔法を喰らってしまう。テツはその場でしばらく立ちくらむと、そのままうつ伏せに倒れてしまう。テツの意識は徐々に闇に包まれていった。
(ど~こだここは?何も見えない……ん?あれは……)
何かを見つけたのかテツは全速力で“それ”に駆けて行く。
「(あの後ろ姿間違いない。あいつは……)焔!!」
焔と呼ばれたその人はテツの声で振り向く。白く美しい肌とセミロングの艶めかしい黒髪を持つ女性で、二重のハッキリとした目は燃え盛るように赤く輝いている。綺麗な花柄の映える黒の着物を着ており、その姿はまるで天女の様であった。
テツは焔の目の前まで来ると自分の膝に手を付いて息を整えてからそのままの体勢で彼女を見上げる。
「焔、会いたかった……ごめんな、一人きりにさせちまって。でももう大丈夫だ、俺が」
「貴方に何が出来ると言うのですか?」
冷たい声で焔はテツに言い放つ。
「今度は守り切れるとでもおっしゃるのですか?」
「……今までとは違う。俺は強くなった、誰だって守り抜ける」
「……なら何故逃げたのですか?」
彼女はさらにテツを蔑むかのように言葉を続ける。
「結局は自分が拒絶されるのが怖いだけではないですか。他者の為と言い訳を繰り返し、己とも向き合わない。せっかくの信頼も水泡に帰させてしまう。私の時と同じように今回も……。」
「焔、違う待ってくれ、俺は、おれは」
「嗚呼、哀れな人……貴方は何も変わらない、そのまま迷い続けなさい。そして全てを失ってから己の愚かさに気付くのです」
焔は背を向けテツの前から立ち去り、そんな彼女の背を見つめてテツはただ立ち尽くしていた。
「……さん、テ…………ん!」
何者かがテツの体を揺さぶりながらその名を呼ぶ。テツは声が聞こえると同時に目をカッ、と見開き即座に立ち上がる。だが魔法の効果なのか再び立ちくらみ始める。
「テツさん大丈夫ですか!? こちらへ!」
何者かはテツの体を支え客間のソファに座らせる。しばらくして目眩も治まり、意識もハッキリしてきたテツは助けてくれた人物に顔を向け礼を言った。
「あ、ありがとうお嬢さん。」
「本当に大丈夫ですか? お水でも持って来ましょうか?」
「いや結構、そこまで世話になる訳にはいかないよ。ところでお嬢さん、あなたはどちら様で?」
「え!? お、覚えてないんですか!? アリッサですよ! アリッサ・クルーガー!!」
テツの一言に驚愕するアリッサ。そして彼女は顎に手を置いてブツブツと独り言を呟く。
「気絶、立ち眩み、記憶の欠如……もしやあいつ!!」
「どうかしました?」
「テツさん、どこまで覚えています?」
「確か、ネーベル達に案内されて城まで来て……気付いたらここに。」
「はぁ、やっぱり、ほんっとうにプライドが高いんだから!! テツさん今から……」
アリッサはテツに、彼が気絶するまでの経緯を伝えた。
「なるほど、そういうことが……」
「本当は真面目で優しいエルフなのですけど……誘拐事件の多発できっと気が立っているのです。謝って許されることでは無いのですが、本当にごめんなさい」
「いやいや、他の皆が無事なら俺は気にしませんよ」
二ッと笑ってテツが答える、アリッサはそんな彼の反応に少し安心した表情を見せた。そしてテツは一番気になっている事を彼女に聞く。
「ところで気になったのですが、あなたは何故ここに?森に行くというのはもしや……」
「ええ、そうです。私の村の森ではなく、このエルフの森の事です」
一呼吸置いて彼女は少し楽しそうな雰囲気で話し始めた。
「私、一度でいいからエルフにお会いしてみたかったのです。でもエルフの森は街を挟んで村の反対側にあります。村から街へは歩いて行けますが、街からこの森までは歩きですと1週間、馬車でも2、3日はかかりますの。当然そこまでの道には魔物も徘徊しています。父は昔から私を危険な目に遭わせまいと外に出ることをあまり許してくれませんでした」
「エルンストさんらしいですな」
「ちょっと過保護なんですよねあの人。あ、紅茶はお飲みになられますか?先程持ってきたのです。」
「おっ、ではありがたく」
アリッサは客間のテーブルに置かれたカップに紅茶を注ぐ。注ぎ終わると、テツは軽く目をつむり両手を合わせてから紅茶を飲み始める。心地よい渋みがテツの喉を伝う。
「……旨い」
「ふふっ、お気に召して頂いて良かったですわ。えっと、どこまで話しましたっけ……あっとそうだ。」
アリッサも紅茶を一口飲むと、話を再開する。
「そんな過保護な父に私はうんざりしていました。もう子供じゃないんだ、少しは私の自由にさせて欲しい、と」
「反抗期、というやつですな」
「今思えば子供じみていたなぁと思いますわね。正面から反抗しても敵わないことは明白、寧ろもっと縛り付けられてしまう。ですので私は嘘を吐いたのです、人生で初めての嘘でした」
「それが……」
「はい、大体1年程前ですね。荷物を準備して飛び出していきました。これでも元騎士団分隊長の娘ですので街の人々にはある程度顔が知られていました、ですからバレないように街から迂回してこの森に向かったのです。その時は少しの不安と多くの期待で胸が溢れていたのをよく覚えています。あ、お菓子もどうですか?手作りなのですが……。」
「手料理ですか、ではこちらもありがたく。」
菓子はクッキーであった。手の平サイズのそれをテツは一口で頬張ると、サクサクと気味の良い音が口内で響く。そして彼は再び紅茶に口を付ける。
「しっかりとした甘さ、しかも紅茶によく合う……とても美味です」
「よ、良かった~!不安でしたの、家臣の皆はおいしいって言ってくれるのですけど気を使われてるんじゃないかと……カエルムに至っては何も言ってくれませんの」
「これは嘘でも不味いとは言えませんよ、王様も照れ屋なんじゃないんですかね?」
テツは微笑んでそう言うとクッキーをもう1枚口に入れ咀嚼し、紅茶を飲みほした。
「ありがとう、紅茶のお代わりはいかが?」
「じゃ、お言葉に甘えて」
アリッサがカップに紅茶を注ごうとしたその時、とてつもなく大きな雷鳴のような音が響き渡りそれと同時に城も大きく揺れ始める。
「な、何!?」
「アリッサさんこちらへ!」
テツはアリッサの手を引いて客間を飛び出し廊下に出る。廊下の窓から見える景色にテツ達は思わず釘付けになり身動きが取れなくなってしまうのであった。
「森が……」