第八話 ー逃亡ー
村での戦いから約1週間後、ヴァニル王国の領地を外れて北西方面にある草原地帯にて。荷物を背負いながら1人で歩くテツの姿があった。足取りは軽く疲弊した様子も見られない。寧ろ景色を見渡し楽しそうな雰囲気である。
何故彼がこのような場所で彷徨っているのか、話は村での戦いを終えた直後に遡る。
教会に到着しフラム達と再会を果たしたテツ。その後彼は皆に気付かれないように、逃げるように教会を後にした。そしてすぐさまギルドへ向かい自らの除名申請を行った。受付嬢には引き留められたが何とか説得し手続きを済ませた。さらに彼は道具屋で必要な物を一通り揃えて街を後にし、当ての無い旅を続け今に至る。
まだ見ぬ異世界の風景を楽しむ一方、いきなりフラム達の元から去ったことに対する罪悪感も無い訳ではない。だがこれが最善であると彼は自分に言い聞かせ続けていた。
(秘密がバレた以上あいつらの所にいる訳にいかない、あいつらが不幸になる。信用してない訳じゃないが……どちらにせよとんだ疫病神だな俺は。)
自虐しつつも彼は歩み続ける。日が空の一番高い所へ昇り始めた頃、目の前には今までいた街の3倍以上の広さはあろう森林が広がっていた。木々は天高く伸びており近づけば簡単に空が隠れてしまう。
(こんなデッカい木見たことねぇ。面白そうじゃねぇか、ちょいとお邪魔しますかね)
そうしてテツは森林へと入って行った。
※ ※ ※
内部は草木が生い茂っていて時刻は正午辺りだというのに薄暗く、周囲には濃い霧がかかっており視界は劣悪であった。また、外と比べると気温が大分下がっており、山での寒暖差に慣れているテツでも寒いと感じる程であった。彼は元の世界から持ってきていた温度計を確認する。
(外より二十度も下がってる!? 道理で寒い訳だ……)
テツは凍える様な寒さに耐えながら道なき道を進んで行く。5分ほど歩いた所で突然彼は刀を取り出し抜刀する。そして立ち止まりのんびりかつハッキリと聞こえる声で言い放った。
「も~っと上手くやれ~、バレバレだぜ~?」
反応はない。だがテツは警戒を解かずにその場に立ち止まる。突如、ヒュッと風を切る音と同時に矢がテツ目掛け飛んでくる。彼はそれを刀で切り落とし矢が飛んできた方向をジッと睨みつけた。すると草むらの中からガサガサと音を立てて弓矢を構えた少年がテツを睨みつけながらゆっくりと現れた。
齢にして10歳位であろうか。彼は耳まで掛かる金糸の様な髪、大きな緑色の眼と白い肌、横に尖った耳を持っている。何よりテツが驚いたのは、こんなにも気温が低い状況下で露出は少ないが薄着にも関わらず少年が一切動じてない事であった。
(この風貌、ギルドの受付の嬢ちゃんと一緒……)
「お、お前、冒険者だな? 僕たちを攫いに来たんだろ!?」
「寒いのか? 殺しは初めてか? 声が震えてるぞ? それに、他の連中もかくれんぼは苦手か?」
話し終えた直後、テツの死角から連続で4、5本矢が飛んでくる。テツはそれを全て刀で捌いた後、姿の見えない者達に話し始める。
「待て、俺は冒険者じゃないし何もしない。証拠にこの剣をそこの坊主に渡してやる。背の荷物も置いて俺は座って抵抗しない。その代わりそれを証明したらこの森を探索させてくれ。納得するまでそれは持ってて構わない……ほれっ」
そう言うとテツは刀を納め少年の方に投げる。そして宣言通り荷物を置いて、更には服を脱ぎ上裸になってその場に胡坐を掻いた。
少しして茂みから、少年よりも年上だが同じく薄金色の髪と緑の瞳、横に尖った耳を持つ男3人と女2人が現れる。皆同じような露出の少ない薄着を着ていた。男の1人がテツに質問を投げかける。
「何が目的だ」
「何も、ただの旅人だ」
「信用されるとでも?」
「どちらでも良い、俺は色々と見て回りたい、ただの知的欲求だ」
テツがそう言うと、質問をした男は急に攻撃的な口調になった。
「ほう、つまり貴様は他人の住処に好き勝手に入って辺りを物色し、気に入った物があればそれを己の欲の為だけに奪い去っていくと言うのだな?」
「おい、何もそこまでは言って」
「黙れ、今すぐ消え失せろ。さもなくば……」
「だ、誰か! 助けっ」
「黙れこのガキ!!」
突如森に響く新たな男の声。それは荒々しく必死に何かを抑えつけている様子であった。
「おい、あまり傷つけるな! 価値が下がる!」
「ハッ、若いだけで上玉だ! 少しくらい気にすんなよっ!」
「あがっ!」
先程の少年の叫び声と固い物同士を思い切りぶつける音が聞こえ、テツ達はすぐさまその方向を見やる。2人組の武装した男が少年を拳で殴りつけ連れ去ろうとしていた。少年は気を失っているようで、額から血が垂れていた。そして男たちはテツ達に気付くと嬉しそうな声を上げた。
「おい、見てみろ! エルフだ! しかも5人……6人か!? とにかく大量だ!!」
「おおおお!! ちょっと奥まで冒険した甲斐があったぜ!!」
「よーしエルフ共、良い子にしてりゃ痛い目見なくて済むぜ?」
男たちはそう言うと先端に黒い石がはめ込まれた手の平サイズの杖を懐から取り出し、エルフと呼ばれた彼らにそれの先端を向ける。
「魔封石……! 皆が手も足も出せなかった理由はこれか……」
「おうとも! さあどうする?」
「俺ならこうするぜ?」
その台詞と同時に、2人組の片方の腹部に鈍い音を立てながら右の拳がめり込まれる。殴られた男はそのまま地面に崩れ落ち動かなくなってしまった。
「な、何だてめぇは!!」
「ただの依頼屋だ」
「はぁ!? 良く分かんねぇが邪魔すんじゃねぇ!!」
もう1人が短刀を取り出しテツに斬りかかる。テツはつまらなそうな顔をしながら攻撃を軽々と避け、男の隙をついて右脚でサイドキックを放つ。蹴りは胸骨に命中し、バキリと嫌な音を出して男は吹っ飛んでいく。その男も仰向けに倒れて気絶してしまった。
「百年後に出直して来な」
「……貴様は一体?」
「依頼屋、ただそれだけだよ。それよりこの坊ちゃんの手当てしないと」
「キーファ様……!!」
エルフの男はキーファと呼ばれた少年の元に駆け寄りその額に手をかざし目を瞑る。すると、かざした手から温かな白い光が放たれ、少年の額の傷は瞬く間に消え去っていった。
その間テツは脱いだ上着を拾って着始め、エルフ達に告げる。
「俺はここでおさらばするよ。確かにあんたの言う通りだ。出口だけ教えてくれ、もうここには立ち入らない。約束する」
「待て貴様……いえ、貴方。先程“依頼屋”と言いましたね? それはそのままの意味と捉えてよろしいですか?」
「対価は頂くよ、慈善活動家じゃないんでね」
「なるほど……」
エルフの男は少し考えて再びテツに声を掛けた。その声色は先程とは打って変わって落ち着いた優しいものとなっていた。
「分かりました、今から我々の住処へ案内します。そちらで詳しくお話ししてもよろしいでしょうか?」
「よそ者を信用するのか?」
「仲間を助けてくれた。信用する理由はそれだけで十分です」
テツの問いにエルフは笑みを浮かべて答え、そんな彼に釣られてテツも優しい顔になる。
「申し遅れました、私ネーベルと申します。以後お見知り置きを」
「改めてテツだ。よろしく頼む」
そしてエルフの男、ネーベルを先頭にテツ達は彼らの住処へと向かった。
20分程歩いた所でネーベルは足を止める。そして何やら呪文のような物を唱え始めた。彼が呪文を唱え終えると、目の前に眩い光を放つ空間の入り口が現れた。大きさは人1人が通れるほどでネーベル達は順番に“それ”に入って行く。テツもその後に続いた。
※ ※ ※
“それ”を通り抜けたテツの目の前には、今まで無かったはずの街が広がっていた。地面には草が生い茂っていて、所々に色とりどりの綺麗な花が咲いている。建物は木か石で出来ており、そのほとんどが草木やツタ等の自然と一体化していた。
耳を澄ませば川のせせらぎが聞こえ、高い木々からの木漏れ日は街並みを一層幻想的な物に変えている。さらに空気が先程よりも暖かくなっていることにテツは気付く。
「さっきよりも過ごしやすいな」
「ええ、これがこの森の本来の気温です。外は魔法で作為的に寒くしているのですよ」
歩きながらネーベルが問いに答える。テツは質問を続けた。
「そんな薄着で寒く無いのか?」
「それも魔法で身体を丁度良い具合に温めています。それ位はおちゃのこさいさいですよ」
「なるほどねぇ。……ところで今どこに向かってるんだ?」
「我らが王の城へ向かっています。近年、エルフの誘拐が多発しており国を挙げて対策しているのですが未だ解決の目処が立たず……前まで同盟を結んでいる筈のヴァニル王国が援助してくださったのですが、少し前からそれがピタリと止んでしまったのです」
ネーベルは一呼吸置いてから話を続ける。
「その時から誘拐の件数が大きく増えました。それも我々だけではどうしようもない程……先程来たあの不届き者共、今日は奴らでもう10組目です。そんな連中が昼夜問わず毎日のように我々を捕らえようとしているものですから我々はどうすれば良いものか……」
「気分を悪くさせたらすまない、援助打ち切りに関してそっちに不備はなかったのか?」
「はい、お互いに友好的だったはずです……」
「そうかそうか……」
不意にテツは周囲を見渡す。気配はするが人影が一切見えない様子に疑念を抱いたテツは更に尋ねた。
「何故住民の姿が見えないんだ」
「多分、いえ、ほぼ確実に貴方を警戒しています。ああ、心配なさらないでください、後で皆を説得しますから」
「……」
話をしている内に一行は城に到着する。木々に隠れたそれは石造りで周囲の大樹に勝るとも劣らない大きさであり、他の建造物と同じく自然と一体化していた。
門を抜けて城内に入ると大きなエントランスが広がっていた。内部は明るく中央奥には半円状の階段があり、登り切った所の真正面には大きな扉、そして2階へと続く階段が左右二手に分かれていた。
「こちらです」
(妙だ……)
テツは場の雰囲気に違和感を感じながらもネーベルを先頭に奥の大きな扉へ向かう。だが半分ほど進んだところで彼は立ち止まってしまった。
「……どういうつもりですか?」
「やられたな」
「姿を現しなさい! 誰に矢を向けているのか分かっているのですか!?」
ネーベルの怒声に反応するように弓を構え武装したエルフ10人が一行を囲むように現れる。
「お上手だが完全に気配は消せないらしいな」
「どきなさい、王に謁見しに来たのです。」
「貴様らが来る必要は無い」
若く棘のある男の声が聞こえる。大扉の前で1人の男が姿を現した。背は低めで華奢な体をしており、顔は凛々しく、薄金色の長髪を携え、やはり目は緑色で耳が尖っていたが、豪華絢爛な服を着ている。
男はその場から動かずネーベル達を睨みつけ言い放つ。
「キーファはここに連れてこい。……今から貴様らを処刑する」
今話で登場したキャラクター紹介です。
キーファ エルフの少年。 見た目年齢10歳位 136cm、30kg
ネーベル エルフの青年。 見た目年齢18歳位 158cm、53kg