第六話 ー対峙ー
「騎士団が全滅した」
テツの一言に一同は言葉を失う。初めに口を開いたのはリットであった。彼は驚いた声でテツに問う。
「ぜ、全滅!? 何でですか!?」
「分からない、三人ともちょっと空けてくれ。エルンストさん、ソファ借ります」
テツは少し焦った声で言うと、鎧の少年をソファへゆっくり寝かせた。そして彼は勢いよく走りながら部屋を出た。ドタドタと階段を駆け上る音が聞こえる。
次にフラムがエルンストに問いかけた。
「エルおじさん、全滅って……騎士団は皆来てやられちゃったの!?」
「いや、今の私の力で呼べたのは分隊1つ、大体10人くらいだ。だが皆知っているだろう? 新米騎士でも1人で並の冒険者10人位が相手なら互角以上の戦いができる、戦闘のプロフェッショナルだということを。つまり冒険者約100人分以上の戦力が魔物の住処に攻め入ったんだ。それが全滅……一体何が起きている?」
話し終えた直後テツが再び応接室に入ってきた。継ぎはぎの作務衣を着て、荷物を背負い、左手には仕込み刀を、右手には手の平よりも少し小さめの小瓶を持っており、その中には赤い小粒の錠剤が5、6粒入っている。
テツは背の荷物から水筒を取り出し、慣れた手付きで小瓶から錠剤を1粒取り出すとそれを鎧の少年に水筒の水と共に飲ませる。
「しばらく安静にさせとけ、早くても半日で完治する。じゃ、ちょっと行ってくるわ」
「行くってテツ、まさか」
「ああ、奴らの住処だ」
テツはニヤッと笑みを浮かべながら言うと、一目散に走りながら屋敷を出て行った。
「あ、待って!!」
「フラム!? おい待て!!」
フラムがテツを追いかける。エルンストが制止するが一歩遅く、彼女も続けて屋敷を飛び出してしまった。それを見たクレールとリットも身支度を始めた。
「僕たちも行こう、あの2人を連れ戻さないと」
「ったく、世話の焼ける奴らだよ!!」
「2人も行くのか? 多分あそこには並の魔物はいないぞ!? 2人ともここで待ってるんだ!」
「エルさん、フラムたちは僕らの仲間です! ここで見捨てる訳にはいかないんです!!」
止めようとするエルンストにリットが力強く返す。そんな彼にエルンストは穏やかに諭す様に言った。
「なら私が行って連れ戻す。もしかしたら敵は住処を離れこちらへ向かってくる可能性も十分あり得る。だからリットたちは村の皆を街へ避難させてくれ。屋敷の裏に荷車がある、あの騎士の坊主も運んでやってくれないか? 街への道であれば今から行けば魔物もそういないはずだ」
「そ、それじゃあエルさんが」
「ハッハッハッ!! これでも騎士団の元分隊長だ、舐めるなよ?」
エルンストは豪快に笑った。リットはしばらく彼を見つめていたが、安心した様に微笑んで彼に頼んだ。
「……分かりました、2人を頼みます! 村の皆さんは任せて下さい!」
「任しとけ! お前らも気を付けるんだぞ? それとクレール、1つ頼みがある」
「ああ、何でも言ってくれ!」
クレールは真面目に力強く答える。対してエルンストは寂しげな様子であった。
「ヘルを、メイドのあの娘を頼みたい。恥ずかしがり屋で打ち解けるのに時間が掛かるかもしれない、だが生真面目で優しくて良い子だ。万が一私の身に何かあれば……孤児院の方に住まわせてあげられないか?」
「なんだそんなことか! お安い御用だよ、任せな!」
屈託のない笑顔でクレールは自分の胸をトントンと叩く。
「そして彼女は、死の民の末裔だ」
「は……? 生き残りが……?」
エルンストの言葉にクレールの顔から笑顔が消える。
「ああ、私も初めは驚いた。そしてあの娘はまだ魔力の操作が出来ていない、だから特殊な魔術で半永久的に彼女の魔力は抑えてある。その証拠に目の色が違うはずだ。ヘル自身の意思で解呪は出来ないから安心してくれ。だがもし、何かの拍子で解呪されあの娘の魔力が暴走するようであれば……あの娘をすぐに殺してくれ。死の民は生死を操る魔法を使える。生者を容易く殺し、死者を蘇らせ生ける屍と化すことも出来る。そんな力が暴走したら……」
クレールは言葉を失った。そしてエルンストは頭を下げた。
「無茶な願いだというのは百も承知、だがヘルを幸せにしてやって欲しい。その時間が僅かなものだったとしても……」
クレールは口を噤んでいたが、しばらくたって口を開いた。
「多分あいつもとんでもなく辛い思いしてきたんだろ? ほっとけるわけねぇよ、ましてやおっさん、あんたの大事な家族だ、俺が守ってやる。暴走しても俺がまた抑え込んでやるさ!」
再び真剣な表情でクレールは答えた。
「頼もしくなったな。ありがとう、では行ってくる」
エルンストは部屋を出て装備を整えに2階へ向かう。クレールとリットも身支度を終え騎士の少年を抱えて屋敷から出ていった。
※ ※ ※
エルンストは2階の自室で全身を甲冑で覆い、背に身の丈程の大きさがある大剣と大盾、腰には片手剣を身に付ける。そして腰巾着には大きさの統一された、様々な色の綺麗な石を複数入れた。彼は早足で部屋を出て、同じ階のヘルの部屋へ向かう。
「ヘル、私だ、エルンストだ。入っても良いかな?」
コンコン、とドアをノックする。すぐさま部屋から小さく幼い声が聞こえてくる。
「ど、どうぞ」
彼は戸を開け、ベッドに腰掛けるヘルに近いた。エルンストの前では彼女は俯かず、黒く大きな瞳で不安そうに彼の顔をじっと見つめている。彼女の顔は痩せ気味であったが、端正でとても美しい顔をしていた。
エルンストはヘルの両肩に優しく手を置いて穏やかな声で話し始める。
「ヘル、今から私の言うことをしっかり聞くんだよ?」
コクコクとヘルは頷く。エルンストは言葉を続けた。
「先ほど下にいた、クレールとリットという少年たちが村の皆を街へ避難させる為に動いている、お前もそれに付いていくんだ。お前のことはクレールが住んでいる教会でしばらく面倒を見てくれる。だから先の事は心配しなくていい、いいね?」
「な、何故、避難しなければ、な、ならないのですか? エル様は、ど、どうされるのですか?」
ヘルはどもりながらおどおどした様子であった。それはこの異常事態から来るものではなく、彼女の元来の性格からであった。
「先程騎士団が全滅したと聞いた。10人来てもらったのだが、それでも歯が立たなかった……多分相手は並の魔物ではない。もしかしたらこの村を襲いに来る可能性もあるんだ、だから一時的に街の方に避難してほしい。私は、その魔物を倒しに行った大馬鹿者2人を連れ戻しに行く。なに、心配しなくても良いさ、必ず生きて帰る」
「や、約束、ですよ? 絶対、絶対か、帰って、き、きてください……」
目を潤ませ震える声でヘルは言う。
「ああ、約束だ」
エルンストは笑って彼女を優しく抱きしめた。
※ ※ ※
暗闇に包まれる森の中を懐中電灯を照らしながらテツは駆ける。日はもうすぐ落ちきりそうで、辺りは不気味な程静まり返っており生き物の気配がほとんど無かった。
走り続けてかれこれ5分位が経過した頃、彼は自分の背より二回りほどの大きさの洞窟を発見した。テツは村を出るとき、村人から魔物の住処についての情報を聞きだしていた。
「あの森の中をしばらく進んでいくと大きめの洞窟が見える、そこが魔物の住処だよ。だが騎士様があのようにやられてしまう程の魔物は住んでいないはずだが……」
「灯りは常に持っておけよ? それに、1人で行くのは得策とは言えないぞ?」
無意識に彼の顔から笑みがこぼれる、その表情はどこか楽しんでいる様だった。
電灯を照らしながら奥へ慎重に進んでいくテツ。洞窟は奥に進むにつれて徐々に高く広くなっていく。しばらく進むと不意に鼻に異臭がつき、それは洞窟の奥の方からそれは臭ってくる、血の臭いであった。臭いのする方へテツは走り出し、間もなくその発生源に辿り着く。灯りで照らし確認するとそこでは騎士が数名倒れていた。そのほとんどの腕や脚や頭部が無く、絶命しているのは一目瞭然であった。
倒れている騎士の1人に光を当てる。鎧はところどころ砕け、そこから見える生身の四肢は傷だらけ、全身が血等で汚れてはいるものの欠損は無かった。しばらく光を当てていると、その騎士は微かに反応を示した。テツは近づいて声を掛ける。
「おい、大丈夫か?」
「はっはっ、あ、貴方は?」
兜で顔が見えないが声で若年の女性だと彼は理解した。
「救助に来た。生き残りは君だけか?」
「私のせいで皆、みんな……」
彼女はぼそぼそと呟くように話し、遂にはすすり泣き始めてしまった。
「もう喋るな、運んでやるからちょっと待ってろ」
背負っている荷物を前に掛け懐中電灯を口に咥え、騎士を背負い元来た道を戻るテツ。少し歩いたところで突然、後方から咆哮が響きわたる。それが止まった直後、ドスンドスン、と地響きが鳴り始めると背中の騎士が怯えた声をあげた。
「も、もう戻って来たの!?」
「ん?」
後ろを振り向いて懐中電灯を照らすテツ。微かに奥の方から巨大な四足歩行の何かがゆっくり迫ってくるのが目に入り、危険を察知したテツは全速力で走り始める。
(デカいデカいデカい、何だありゃ!?)
「そんな近くに……」
地響きの間隔が少しづつ短くなっていき、それはどんどん近づいてくる。テツは振り向かずペースを落とさずに走り続けている。その最中、騎士は後ろを振り向いて迫りくるモノを見てしまった。暗がりでハッキリしないがそれは洞窟内を埋め尽くす程の大きさの首長の竜であった。
顔を戻し彼女はテツにしがみつく。突然腰辺りに生温かなものが流れているのをテツは感じた。
(温かい? まさか……)
液体の正体を理解してしまったテツであったが、彼は気に留めず走り続ける。しかし少しずつ走る速度が落ちていき、竜がだんだんと近づいてくる。突如テツは足を止め騎士と荷物を降ろし、口の懐中電灯を左手に持ち、仕込み刀を取り出してそれを右手で構える。
「這って逃げろ!」
「う、動けない!」
「なら死ぬか? さっさと行け!!」
騎士はテツの声に驚き一瞬硬直するが覚悟を決めたのか、ボロボロの身体で地を這ってゆっくりと出口へ向かい始めた。
※ ※ ※
「さあ、掛かってきな」
竜の口がテツに襲い掛かる。ギリギリの所で右に避けて竜の眼を目掛けて刀を投げつける。竜は投げられた刀を自らの鼻辺りで弾き返した。刀は洞窟の壁、テツの背よりも高い所へ突き刺さった。テツはそれに目を取られて竜が目前まで来ているのに気づかない。竜の口が迫る。再び避けようとするが、僅かに反応が遅れてしまい右腕の肘から下を食いちぎられてしまった。痛みで一瞬動きが鈍るテツ、その隙を竜は見逃さず彼に再び喰らいつこうと首を伸ばす。
テツの眼前まで迫る竜の口。諦めかけたテツの背後から竜の顔目掛け火球が飛んでいく、それは大きく開いた口の中に直撃し、竜は熱と煙で苦しみ始める。
「ま、間に合った! 大丈夫……う、腕が!」
火球の主はフラムであった。フラムはふらつくテツに駆け寄って負傷したその体を支える。
「今のうち、逃げよ!」
「あいつ、追っかけてくるぞ。騎士の娘は見たか?」
「騎士様はさっき見たよ! 入口辺りで這ってるのを見て、出口で待ってるように頼んでおいたから! もうすぐ出口だよ! あいつ、あの大きさじゃ外には出られないはず……だから」
「強引に破って外に出たら? あの大きさ、被害は甚大になるんじゃないか? 村だけじゃない、街に来たらどうする?」
テツの言葉にフラムは声を一瞬詰まらせる。だがすぐに語気を強めて反論した。
「……その時はその時考える! 破るにしてもすぐには出られないはずだよ! 今テツが死ぬことはないでしょ!? 命最優先、なんでしょ!?」
フラムの声は徐々に弱々しい涙声になる。そんな彼女にテツは冷静に、少し笑って答えた。
「大丈夫、俺、死なねぇから。ほら、ちょっと離してくれ」
「バカなの!? 死なない人なんていない! どんなに強い冒険者だって騎士だって英雄だって死ぬときは死んじゃうんだよ!? テツ、テツには、いなくなってほしくないの!!」
「フラム、お前……危なっ!!」
気付くと竜が体勢を立て直していた。標的をフラムに変えて彼女に喰らいつこうとする。テツはフラムを突き飛ばして身代わりになる。彼の左脚が喰われていた。テツはバランスを崩しうつぶせに倒れ、フラムはその姿を見て泣き叫んだ。
「い、いや……嫌だ!! もうやめて!!」
「フラム、逃げろ、騎士の嬢ちゃん連れて行け!」
「……あたし、逃げない!! あいつはあたしが倒す!!」
涙を拭いてフラムは右手を構える。彼女の手の平から火球が生成され、それはどんどん大きくなっていく。
「いけっ!!」
竜の顔位の大きさになった火球を敵に目掛けて放つ。しかし竜は口を開けて火球を受け止め、それを口内で掻き消してしまう。直後大きく息を吸いこみ、真っ黒く巨大な火球をフラム目掛け吐き出す。
「あ……ああ……」
迫り来る炎に対し動けなくなるフラム。死を覚悟したのか彼女は立ち尽くしたまま目をギュッとつむった。
ガシャガシャと音を立てて何者かが後ろから向かってくる。その者はフラムを庇うように前に立ち、背負っていた大盾を構え彼女を守る。フラムに迫っていた炎は盾に塞がれ爆発した。
「間に合った!!」
「エ、エル、おじさん……?」
「この馬鹿者! 何故危険に自ら飛び込むんだ!」
「ご、ごめんなさい……」
エルンストは盾を構えたまま少し振り向いてフラムを怒鳴る。落ち込む彼女に対しエルンストは、再び敵の方を向いて今度は穏やかに語りかける。
「全く、君は兄貴そっくりだな」
「えっ?」
「思い出話は後だ、まずはこいつを仕留める。フラム、逃げなさい」
「あたしも戦う! それにテツが……!!」
そう言われエルンストは右腕と左脚をもがれ倒れこんでいるテツを見る。
「彼は、諦めなさい。あれではもう助からない、せめて遺体は運んでおく……いいから逃げるんだ。今の私には君たちを守る義務がある、君たちを傷つける訳にはいかないんだ!」
語気を強めるエルンスト。フラムは立ち尽くしていたが、少ししてから首を大きく縦に振って咽び泣きながら出口へ走って行った。
「元ヴァニル王国騎士団分隊長エルンスト・クルーガー! 竜よ、その首貰い受けるぞ!」