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久遠の依頼屋さん  作者: 蛸丸
第一部 序幕
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第五話 ー信疑ー

今話で登場するキャラクターの紹介です。


エルンスト・クルーガー 東の村の領主。58歳。193cm、115kg

            元ヴァニル王国騎士団分隊長。


    ヘル      エルンストの下でメイドとして住み込みで働く少女。

            13歳。153cm、32kg


アリッサ・クルーガー  エルンストの娘。現在行方不明。フラムと同い年。

            157cm、47kg

 魔物の殲滅を終えた4人。村へ宿泊の交渉を始めようとする彼らの後ろから男性の悲痛な声が聞こえてきた。


「何だこの有り様は……私の村で何が!?」


 テツ達は声のする方へ振り向く。そこには焦げ茶色の短髪をオールバックでまとめ、赤い小綺麗なコートを羽織り、腰には剣を身に付け、もみあげから口周りまで立派な髭を貯えた明るい茶色の瞳を持つ熊のように大柄な強面(こわもて)の初老の男性が立っていた。


「フ、フラム!? クレールにリットも!?」


 大男はフラム達に気付くと、4人に向かって早足で駆け寄ってきた。


「も、もしかしてエルおじさん!?」

「皆大きくなったなぁハッハッハッ!! ……じゃなくて、何があったんだ!? この魔物の死体は!?」


 エルと呼ばれた男は必死の形相でフラムたちに訊ねた。


「えっと、あたし達この村から魔物退治の依頼を受けててそれでここに来たの。そしたら急に魔物が襲ってきたからさっき退治し終えたところだよ」

「村の連中は1人を除けば全員無事だぜ」


 フラムとクレールが答える。それを聞いた男は悲しみ交じりの安堵の息をついた。


「そうだったのか……君たちが受けてくれたんだね、ありがとう。ところで後ろの彼は?」


 エルは再び質問をする。テツは彼の前に出て丁寧に自己紹介をした。


「初めまして、テツといいます。訳あって彼女らと組ませてもらっています、以後お見知りおきを」

「私はエルンスト、エルンスト・クルーガーと申します。村を守って下さり感謝いたします」

「いえ、彼ら、フラム達がいたからここまで抑えられました。俺一人の力ではありません」


 二人はにこやかに笑ってお互いに頭を下げる。少ししてリットがエルンストに声を掛けた。


「あのエルさん、今日村に泊めて頂くことは出来ませんか? 恐らく今日は、魔物はもう襲ってこないはずです。ですので一旦こちらで休息を頂いて、明け方に魔物の住処を攻略しようと考えているのですが……」


 エルンストはリットの方へ振り向くと優しい表情で答えた。


「もちろん良いとも。君たちには借りが出来た、今日は私の家に泊まるといい。こんなことでは返し切れないがどうかゆっくりしてくれ。私は、亡くなってしまった者の弔いをしてくるよ」


 そして彼は申し訳なさそうに言葉を続けた。


「それと魔物退治の件だがもう大丈夫だ。先程騎士団が来てくれると聞いたからね」



 ※ ※ ※



 所変わって4人はエルンストの屋敷内の応接間に案内されていた。そこはそこそこ広めの空間で、壁には絵や武器等が飾られており、中央には大きめの長方形のテーブル、それを挟むようにソファが2台対角に置いてあった。フラムとクレールがそこに並んで座り、リットは床で武器の手入れを行っている。テツはというと、部屋にある大きめの窓から外を眺めていた。


「全く、俺たちは何のために来たってんだ!!」


 クレールは部屋中に響く位の大きな声で文句を言う。フラムは用意された果物のジュースを飲みながら彼女に意見した。


「でもさ、あたし達が来なかったら村の人たちが皆殺されてたかもしれないよ?」


 リットも言葉を付け加えた。


「そうだ、何はともあれ人助けをしたんだ。ギルドもその評価をしてくれるはずだよ、後は騎士団に任せよう。彼らは選りすぐりのエリート、魔物もすぐに退治してくれるはずさ。僕たちが行っても足手まといになるだけだよ」

「それでもなぁ……なーんか気に食わねぇ」


 3人が話をしている内に、エルンストが部屋に入ってきた。その後ろには少女が1人付いてきていた。彼女は透き通るように綺麗な、腰まで伸ばした白髪をうなじ辺りで結い、スリットの入ったロングスカートのメイド服を着ている。体は細身で肌は青白く、顔を俯かせ誰とも眼を合わせようとしなかった。

 エルンストが来たことに気付いたテツとリット。リットはフラムたちの座るソファに腰掛け、テツはその後ろに立った。エルンストは対角のソファにゆっくり腰掛け、メイドの少女はテツと同じようにエルンストの後ろに、やはり俯きがちで立っていた。


「すまない待たせた、村の者への説明やらで忙しくってね。では改めて。……フラム、クレール、リット、テツさん、村を守って下さり本当にありがとう」


 エルンストは両膝に手を置いて深々と頭を下げた。


「いえいえ、僕たちは為すべきことをしたまでです、お礼には及びません。こちらこそ泊めて下さりありがとうございます」


 リットも同じくらいに頭を深く下げて礼を言う。そして彼はこう続けた。


「ところでエルさん、あの日いなくなってからずっとこの村にいらっしゃるのですか?」

「そうだ、あの時はろくに説明もせず申し訳なかった。4、5年前だったかな。王国騎士団の分隊長の1人だった私に上からこの村の領主になれと命令があってね。当時の領主一家が魔物によって皆殺しにされたらしく、その穴埋めとして私が選ばれたそうだ。村の領主など務まるのか不安だったが、幸いにも村の者たちは私を快く受け入れてくれたよ」


 エルンストは話を続けた。


「だがこの村の近くには魔物の住処があって、いつもその被害に遭っていてね。最初は私や村の有志の若者、冒険者を雇ったりして何とか抑えていたのだけど、最近になって魔物が活発かつ凶暴になってきてな。……私も歳で戦うのが難しくなってきた。村の若者も街へ出てしまい、冒険者も皆とは言わんがろくでもないも少なくはない。最後の頼みの綱として、今回冒険者だけでなく騎士団にも依頼をした訳さ。元騎士としてのコネを使ってもかなりのお金が掛かったよ。でも、依頼を受けてくれたのが君たちだと分かっていれば彼らに頼まなくても良かったかもな」


 ひとしきり説明を終えたエルンストは豪快に笑った。次はフラムが質問をした。


「エルおじさん、アリッサは元気? もしこの屋敷にいるなら会いたいんだけど……」


 その名を聞いたエルンストは寂しげな表情を浮かべた。


「アリッサは……娘は行方不明なんだ。去年森の方に行くと言ってそのまま帰って来なかった。何日も捜した、村の者も危険と分かりつつも一緒に捜してくれた。だが手掛かりすら掴めなかった……皆は亡くなってしまっただろうと言っているが、私は今もどこかで生きていると信じているよ」

「そうだったの……ごめんね、嫌な事思い出させちゃったね……」


 悲し気な顔をするフラムに、エルンストはニコッと笑顔を作って語り掛けた。


「大丈夫さ、きっと見つかる。今頃卑しい男どもをボコボコに蹴散らしてるはずだ、気も腕っぷしもあの子は強いからな。君までそんな顔をするな、笑顔が1番似合うんだから」

「うん、ありがと、あたし達も捜してみるよ……あっ!!」


 何かを思い出したフラム、そしてテツの方を向き明るい顔で話し始める。


「依頼屋さん! ここが売り所だよ!」

「依頼屋……とは一体何だね?」


 エルンストが問いかける。テツはそれに答えた。


「……前に住んでた“島国”で依頼屋ってのをやっていまして、依頼を受けてその要望に応える、ギルド無所属の冒険者みたいなものです。掃除や草むしりの様な雑用から、ちょっとばかし危ないこともやってました。もちろん人の捜索も。今フラムたちといるのもその仕事の一環です」

「ならば頼む! 娘を捜してはくれないか? 時間は幾ら掛かっても構わない、報酬も望む分だけ出すだから」

「エルンストさん、俺はここに来てまだ一日しか経ってません。辺りの地理やどのような国があるのか何も分かっていないのです。そして素性も分からない、そんな奴にそのような申し出をしても良いんですか?」


 頭を下げるエルンストにテツは少し口角を上げて返す。それでもエルンストは揺らがなかった。


「ああ、構わない。それに信用する理由はもうある。村を救ってくれた、それにフラムたちが嫌がらずに一緒にいる、それだけで十分だ」

「お、おい! 俺は仕方なくだからな!! 勘違いするなよ!!」


 クレールは慌てて反論した。そんな彼女の事は意に介さずテツはエルンストと話し続けた。


「……分かりました、その依頼承ります。報酬は考えておきます。では彼女の、アリッサさんの情報をお願いします」


 テツは荷物から使い古しの手帳と鉛筆を取り出しメモを取り始めた。


「ありがとう、本当にありがとう! そうだな、あの娘は……」



 ※ ※ ※



「茶色の短髪、同色の瞳、紺色の服に下には白く長い履物を、剣と背中に小さめの荷物を背負っていた……分かりました」

「それと私に似ても似つかずとてつもなく美人だ!」

「熊ではない……」

「君も言うねぇ」


 エルンストは苦笑した。メモを終えたテツは再び彼に話しかける。


「もう一度言います、見つかる保証は出来ません。ですが受けたからには尽力いたします……待っていてください」

「分かった、本当にありがとう」


 エルンストはまたまた頭を下げる。その後改まった表情で今度は4人に対して話しかけた。


「すまん長話になってしまったな、では部屋に案内しよう。だが申し訳ない、フラムとクレールとリットはもう少し残ってくれないか? ヘル、テツさんをお部屋へ案内してくれ。そうしたら今日はもう休んで大丈夫だよ」


 メイドの少女、ヘルは俯いたままコクコクと頷いた後、テツの元まで歩き無言で彼の服を軽く引っ張り付いてくるよう伝えた。


「テツさんすまんね、その子とてつもなく恥ずかしがり屋で……」

「いえいえ、気にしませんよ。じゃ、お三方、先に失礼するよ」


 そう言ってテツはヘルと共に部屋から出て行った。



 ※ ※ ※



 エルンストはテツが出たのを確認して、しばらく経ってから口を開く。


「さて、と。しかしまあ、皆大きくなったなぁ。元気そうで何よりだが……何か困った事は無いか? ……あの連中はもう来てないか?」


 笑顔から一転、エルンストは険しく真面目な顔になる。そんな彼にリットは笑顔で返した。


「ええ、だいぶ前から何事もありません、孤児院の皆も元気ですよ」

「そうか、それなら良いんだが……少しでも異変があれば言ってくれ、私が助けになる」

「ありがとうございます。でも、僕たちはもう子供じゃないです。自分の身は自分で……」

「確かに君たちは世間的にはもう大人だ、そして冒険者として立派に活動している、周りは君たちに助けは不要だと思うだろう。だが私からすれば君たちは大切な子供だ、急に姿を消したのは本当に申し訳なく思っている、だが大切だと思っているのには変わりない。……今度こそ頼ってはくれまいか?」


 エルンストの言葉は諭すようであった。


「おっさん、俺たちはあんたに感謝しかないぜ、特に俺とリットはな。あの時助けてくれなきゃ……そこまで言うなら頼ってやるよ」


 クレールはニッと白い歯を見せながら笑顔で答えた。


「クレールの言う通り、僕たちは何とも思っていませんよ。あなたがいたから今の僕たちがいます」

「うん、あたしもお兄ちゃんがいなくなって辛かった時、リットとクレールとフィーリアおばさん、そしてエルおじさんがいたから乗り越えられた。本当にありがとう、これからも頼りにするね」


 フラムとリットも微笑んで返す。3人の優しさにエルンストは涙声で返した。


「皆、ありがとう……」

「さ、おっさん……本題に入ろう。何であいつだけ部屋から出した? 俺たちとゆっくり思い出話に花を咲かせる為だけだとは思えない。しかもあいつが出てから時間を置いたな……あいつに何がある?」


 少し時間を置いてクレールが問う。エルンストは深い溜息を吐いた後に答えた。


「そうだな、では3人に聞こう……」



 ※ ※ ※



 時は少し遡り、屋敷の2階の廊下にはヘルに案内されるテツの姿があった。案内というよりはヘルがテツの服を引っ張って連れて行っていた。

 部屋の前に着くと、ヘルはテツの服から手を放した。そして少し離れて彼の方を向き俯いたまま軽くお辞儀をし、背を向けると早足でその場から去っていった。


「ありがとう、ゆっくり休めよ?」


 少し大きい声でヘルにお礼を言うテツ。少しだけヘルの歩く速度が上がる。


(少しゆっくりするかね)


 ドアを開け、部屋に入る。部屋は六畳間の長方形の部屋で、セミダブルベッドと小型のテーブルに椅子が2脚置かれている。彼は荷物を椅子に置き、もう片方の椅子に腰掛けて再び窓から外を眺め始める。空は夕焼けに染まり始め、村は松明やランタンで明るく照らされていた。


(電気が一切無い。懐かしいなぁこの光景は……ん?)


 テツは村の奥、森が見える方向からこちらに向かって歩いてくる人影を見つける。その歩き方は負傷者の様であった。テツは一目散に部屋から出て、廊下を駆け、階段を飛び降りる。外に出たテツが村の灯りの方へ向かうと、そこでは村人たちが何かを囲うように集まっていた。


「一体何が?」

「あなたは先程の! 丁度いい所に来てくださいました、こちらへ!!」


 村の女性に案内されるテツ。そこには白い鎧に身を包んだ10代位の少年が(むしろ)に横たわっていた。顔は傷だらけで、さらに左腕は全て無くなっており、食いちぎられているような跡があった。止血を施してはいたが、息も絶え絶えであった。


「一体何があったんですか……?」

「あ、ああ、実は……」



 ※ ※ ※



「ああ、少し注意していた方が良いかもし知れん。先程あんなことを頼んだ手前、こんな事は考えたくはないのだがね……だがもしかしたら彼は」


 突如、応接室の扉が勢いよく開く。入ってきたのは負傷した鎧の少年を抱えたテツであった。彼は少しだけ動揺した声でハッキリと告げた。


「騎士団が、全滅した」

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