第三十九話 ー撤退ー
(何があった!)
殴打音と共に人が倒れる音を聞いたシグルドは一目散に飛び出した。彼もまた、テツと同じく目の前の惨劇に絶句してしまう。
「フィノ、コルダ……」
ズドンッと号砲が鳴り響く。直後、シグルドの眼前でテツは頭部を砕かれ、脳味噌を撒き散らして死んだ。
「守れ!」
シグルドは先程と同じように魔術で身を守りながらテツの傍へ駆け寄って周囲を見回した。すると彼はある一点に目を凝らし始める。
敵の姿が見えないこの空間の中で唯一、風景と同化した何かがいるような感覚を覚えたシグルドは双剣を構えて“それ”に斬りかかろうと突っ込んで行く。約5mの距離を一瞬で縮め、左剣で防御の構えを取りながら右剣を振り下ろす。
「ちぃ!」
だが透明な何かは、斬撃の瞬間に合わせて真後ろに跳んで攻撃をかわした。シグルドは再び距離を詰めて今度は左剣で薙ごうと腕を振る。
二度目の銃声。今まで弾丸を弾き返していたはずのシグルドの肉体、右前腕部が貫かれる。突然の痛みと衝撃に耐えきれず、彼は右剣を手放してしまった。
「ぐぅっ!?」
歯を食いしばり足を地に踏ん張らせながらシグルドは苦痛に堪えようとする。しかし、今度は左前腕に凶弾が襲い掛かった。右腕の時と同じく彼は剣を手放してしまうが、彼は見えない敵に向かってゆっくりと、一歩一歩力強く前進し始める。
四、五歩目位歩いた所で、右腿、左腿の順に銃弾が直撃する。さらなる苦痛にシグルドはとうとう耐え切れなくなり、その場にうつ伏せに崩れ落ちた。
「あーあ、あっけな~い」
コツコツと石タイルを鳴らす足音がシグルドに近寄る。それは彼の目の前まで近づくとその正体をあらわにした。
※ ※ ※
風景と同化したそれは段々と色味を帯びて人の形を作っていく。その人物は先程別れたはずのメグであった。優し気な顔立ちには似つかわしくない歪な笑みを浮かべながら、シグルドの目の前でかがんで嘲るような口調で話し始めた。
「残念だったね~」
「メ……グ……」
「ああ、あの娘。元々娼婦でしょ? うちの部下に任せておいたよ」
シグルドは困惑していた。目の前の人物は一体誰なのか、彼の疑問に答えるかのようにメグと思わしき人物はその場で立ち上がると自身の本当の姿をさらけ出した。
後ろに束ねられた三つ編みは解け、輝くブロンドの髪は徐々に真っ黒に染まっていく。女性らしい体つきはがっしりと締まった男性の肉体へと変貌を遂げ、少々頬のこけた顔と、丸いハッキリとした黒目を持つ男の姿がそこにあった。
彼が指を鳴らすと、衣服が一瞬で真っ黒なロングパンツと同色のコートに変化し、女性らしさをどこか残しつつもしっかりと男性であることは明白な雰囲気を醸し出す。
「私、じゃない僕はリコだ。大体2年位前に創られた特設魔術部隊の隊長さ」
「……」
「ああ、これ知ってるのってマハト君とデセオ君とトント君だけなんだよね」
リコはシグルドに背を向けて3メートルほど離れると、コートのポケットから、車輪が左右に一つずつ付いた筒状の小さな何かを取り出して自身の足元に置いた。
彼は地面に置いた物体に手をかざしながら少しだけそれと距離を取った。ものの数秒で筒状のそれは、本来の大きさへと戻っていった。
「“機関銃”だっけ、君達が呼んでたこれって。そんでもって弾は魔封石入りときた」
「きさま……」
「何でこれを持ってるのかって? まあ、簡単に言っちゃえばさ? 君らのお仲間皆殺しにして取っちゃった的な?」
リコに悪びれる様子は無かった。シグルドに向き直った彼はその場にしゃがみながら自身のここに至るまでの経緯を楽しそうに話し始めた。
「いやぁ、ガリガリ君とおデブ君が魔封石と贅肉を武器に僕の部下をボッコボコに痛めつけててね? ちょっと頭にキちゃったから倍以上にして返してあげたんだ。その後にお仲間、ヨルムンガンドだっけ? 連中の本拠地に向かってる最中にその売女と出会った訳」
リコの口角はさらに吊り上がる。
「ただ襲撃するだけじゃ面白くないでしょ? だから売女を倒してわた……僕がそいつに成り代わったんだ。もちろん殺しはしないよ、部下が楽しんでくれそうだしね? ヨルムンガンドの連中はガリガリ君とおデブ君がいないこと以外は何も疑わなかったね。そこからは楽しい宴会の始まりさ。ちなみに機関銃は魔法でポケットサイズにして持ってきたんだ、いや~便利だね~?」
話終えたリコは、再び機関銃に手をかざした。すると、その鉄製の大きな筒は粉々に砕け、鉄屑の集まりと化してしまった。
「銃……ねぇ。な~んで人間はこういうのを作っちゃうんだろうね? こういう争いの権化みたいなのは排除しないとね? 僕たちに歯向かえない様に」
シグルドはリコの問いかけに何も答えなかった。微笑を浮かべたままその場で動かなくなっていたのだ。辛うじて息はしていたものの、絶え絶えの状態であった。
「あ~そろそろ逝っちゃう? じゃあ、せめて楽に」
リコは自身の胴回りに両腕が巻き付かれるのを感じた。必死にもがくも、万力の様に締め付けるその腕が離れることは無い。
地から両足が離れ、彼が気付くと天地がひっくり返っていた。直後、タイルに頭を打ち付ける音と共にリコの意識は一瞬で闇に溶けていった。
「ふぅ、一丁上がり……後は!」
リコに反り投げを決めたその人物は、瀕死状態のシグルドを抱えると物陰等を利用しながら変則的な動きを取って城内へと侵入していく。その途中で、先程まで存在を確認出来なかった兵士達が銃を構えて襲ってきたが、2人共幸運にも掠り傷程度で済んだ。もっとも、“彼”にとって肉体の損傷は問題ではなかったが。
※ ※ ※
城内の地下牢にシグルドとテツは身を潜めていた。追っては恐らく振り切った、後はどのようにして目標まで辿り着くか。
逃げ込んだ直後にテツはシグルドの衣服を破いて四肢の止血を行った。銃弾は貫通し、大動脈は外しているものの、彼が息絶えるのは時間の問題であった。
(こいつ背負って逃げるか? しっかし城を抜け出せた所で街の方にもまだいるかな……)
テツが険しい顔で頭を抱えていると、螺旋状の石段を下るどこか上品さのある足音が牢内に響き渡る。
(万事休す、か)
足音は2人分。自身の蘇生とここまでに逃げ込む過程で大分体力を削られてしまったテツは、一か八かの賭けに出た。
リコ ミズガルズ国軍特設魔術部隊隊長
年齢不詳、173cm




