第四話 ー初陣(2)ー
先程受注したクエストをこなすべく4人は街を出て東の方面へ向かっていた。元気なフラムの声が空に響き渡る。
「よーし、じゃあ張りきって行こー!!」
テツはフラムの切り替えの早さと有り余る元気に感心しつつクエストの確認を取り始める。
「街から東の方角にある村で、魔物による農作物や家畜への被害が出ているからその退治を行え、と」
「そうです。幸いなことに魔物の住処は村の方が把握しているそうなので、まずは村を目指して行く形になります」
リットが加えてテツに説明した。
「……」
「クレール、そろそろ機嫌直したらどう?」
説明の合間にリットはクレールを宥める。そんな彼にクレールはそっぽを向いて悪態をついた。
「うるせぇ黙ってろ」
「んで、どんな奴を退治すればいいんだ?」
テツはリットに改めて確認を取る。
「はい、報告では主に、ゴブリンとウェアウルフですね」
「何だそれは」
「ゴブリンは人型をした2足歩行の小人で、知能はそこまで高くないですが、筋力は成人男性並みにあり、2、3匹ならまだしも、群れで来られると厄介な相手です。ウェアウルフは人の形をした狼です。ゴブリンより賢いですが所詮は狼、あまり知的とは言えません。ですが力が非常に強いため、まともに攻撃を喰らえば致命傷は免れないでしょう」
「なるほどねぇ……」
※ ※ ※
話しているうちに依頼のある村に着いた。森の近くにあるそこそこ大きな村で、畑や牛舎、馬小屋等に加えて民家が12、3件ほど建てられている。民家のうちの1つは黒い屋根と白い壁を持ち塀で囲われている大きな屋敷であった。
村に入ると、4人に気付いた中年の男性が声を掛けてきた。
「あんたらひょっとして依頼を受けてくれたっていう冒険者か?」
「はい、そうです!」
フラムが我先に、屈託のない笑顔でハキハキと答えた。
「良かった! やっとこれで平和になる!! おーい皆、冒険者様が来たぞー!!」
中年の男が大きな声で号令を掛けるとぞろぞろと村人たちが集まって来る。年齢はまばらで、幼い子供から老人まで、人数はおおよそ2~30名ほどであろうか。
「今日はどうかよろしくお願いします。作物や家畜だけじゃありません、討伐を試みた村の男も殺されてしまったのです。どうか、どうか……」
「うちは子供が攫われちまって……何日か経って奴らの住処の近くで子供の骨が見つかったって聞いてな……頼む、あいつらをぶっ殺してくれ……」
「そうだったの……分かった、あたしたちが必ず倒してみせるわ。皆を助けるから!」
フラムは両手を腰に当てて村人たちを勇気づけるように答えた。
「じゃあ早速、魔物の住処を教えてもらっても大丈夫?」
「よし、まかせ……」
ヒュッと風を切る音が聞こえる、刹那、フラムの目の前にいた村人が矢に貫かれていた。矢は心臓を貫いており彼は間もなく息絶えた。突然の出来事にフラムの思考が停止する。
「あ……」
「皆、建物に避難だ!! フラム、クレール、リット、そこの小屋の陰に!!」
テツは村人と3人に指示を出した。村人はパニックになりながらも彼の指示通りに動き、クレールとリットもすぐさま民家の近くにある小屋に移動した。だが、フラムはその場で硬直していた。
「フラム! ああ、くそっ!」
「!!」
テツに引っ張られ、フラムはようやく我に返る。2人も小屋の陰へと移動した。
※ ※ ※
「ボサッとするな!!」
テツがフラムを叱責する。
「あ、あたし、皆を助けるって……でもあの人……」
「今は早く敵を殲滅する事を考えろ。深呼吸、落ち着いて」
そう言われたフラムは2度、深呼吸を行って息を整える。
「ありがとう。少し、落ち着いた」
落ち着きを見せ始めたフラムは今自らのやるべき事を思い返し、心の中で、改めて村を救う事を決心した。
「それでいい。まず俺が見張る、こちらに動きが無ければ敵が出てくるかもしれない。気付いていないところに奇襲を掛ける。3人もそれに続いてくれ」
テツが指示を出し、3人とも、反応の仕方は違えどそれを承諾した。
「癪だが従ってやる」
「分かりました」
「うん分かった、頑張る」
小屋陰からテツは見張りを始める。しばらくすると、木々の陰から弓や棍棒、ナイフや槍で武装した体長60~70cm程の緑色の肌をした小人が周囲を警戒するように出てきた。
(あれか、汚ぇツラしてやがる。……ざっと数えて二十匹ちょい、全員武装済み、弓持ちが約五体、他は近接武器と見た)
テツは敵の状況を把握すると、続いて後ろの3人を見た。
(フラムは片手持ちの剣、俺と一緒に切り込んでもらおう。リットは弓と短剣持ち、狙撃手ってとこか。クレールは……何だあの武器は、槍か? 杖か? とりあえずこの娘も……)
テツは3人の方面に急に飛び出した。それに合わせ彼らも後ろを振り向く。振り向いた瞬間、クレールの目の前には矢の先端があり、その矢の矢柄をテツがしっかりと掴んで止めていた。
「なっ……」
「居た」
テツは矢が飛んできた方向に狙いを定めて先程受け止めた矢を投げつける。ドスッと鈍い音の後何かが倒れる音が聞こえ、同時にこちらに近づく複数の影をテツは見逃さなかった。
「先に仕掛けられたのは俺たちの方か」
ニヤリと笑みを浮かべたテツが言う。他3人が気付いた頃には、彼らの周囲をゴブリンが囲んでいた。
(恐らく二十匹以上……狙撃手は見当たらない。いるなら物陰か建物、草木の間から狙ってくるだろう)
戦況の分析を行ったテツは、3人に少し興奮気味に、まるでこれから起こる事が楽しみであるかの様に指示を出す。
「フラム、クレール。俺と一緒に奴らへの切り込みを頼む。リットは後方から援護を。それと弓持ちが最低五匹はいる、見つけ次第優先的に殺せ」
そう言うと彼は、背負っていた荷物を降ろし、中から少し反りのある長さ70cm位の黒い棒を取り出す。それは仕込み刀だった。テツは抜刀し、鞘をその場に落として刀を構える。そして鼓舞するかのように一言。
「掛かれ!」
※ ※ ※
テツの合図で3人は攻撃を開始する。
(まずは狙撃手の殲滅といこうか)
テツは3人から離れて狙撃手の捜索を始める。
(知能は高くないが群れで来られると厄介……あいつら3人で大丈夫か?)
そんなことを考えていると、遠くで弓を射る音と何かを射抜く音がテツの耳に入る。そちらをみると、リットがゴブリンの狙撃手を矢で仕留めていた。
そしてその近くでクレール、フラムもゴブリンに囲まれつつも健闘している姿が確認出来た。
(杞憂だったな、本当に彼らは新人か? おおっと、俺も油断は出来ないな)
テツはいつの間にか5、6体のゴブリンに囲まれていた。遠くには建物の上からこちらに弓を構える者も確認出来る。だが余裕の笑みを浮かべ彼は刀を構えた。
「人が足りないぜ?」
※ ※ ※
「おら、死ね! このクソ共!!」
罵倒しながら杖の先端で突き刺すクレール。その背後から彼女目掛け棍棒を振りかざす影が見える。
「クレール危ない!」
「調子乗ってんじゃねぇぞ犬畜生が!!」
フラムの叫びに反応して振り返りながら杖で薙ぐ。丁度先端で命中し、敵の身体は2つに裂けた。
「何だこんなもんか!! ……おいフラム!!」
「え!?」
背後から忍び寄る敵に気付かず、フラムは斬撃を喰らう。致命傷ではないものの彼女は苦しそうにしながら片膝を付いた。
「いっ……」
「てめぇ何しやがる!!」
クレールは怒号をあげ、敵を薙ぎ払いながらフラムの元へ駆け寄った。
「大丈夫か!? 傷は……深くないな、ちょっと待ってろ。リット! 俺らを守れ!!」
「分かった!」
リットは弓を構え周囲を見渡す。すると、弓でテツを狙うゴブリンの姿を確認したため、それを射抜く。矢はゴブリンの頭部に命中し、それはそのまま倒れた。
周りを警戒しながらクレールは呪文を唱え始める。3秒ほど詠唱し、右手をフラムの背にかざす。不思議なことに徐々に傷口が塞がっていく。
「はぁ、はぁ……ありがとうクレール……」
「気にすんなって! 仲間だろ!!」
クレールは笑顔で返した。敵が背後から忍び寄っていることに気付かずに。
「また後ろ!!」
「な、うっ!?」
振り返る途中、肩に殴打を喰らい倒れこむクレール。その時の隙を”奴ら”は見逃さなかった、6匹が一斉にクレールに飛びかかる。
「やめてっ!!」
クレールに襲い掛かる敵の方向へ右手を伸ばすフラム。すると、手の平に大きめの火球が生まれた。そしてそれは6つに分かれ、ゴブリン目掛け飛んで行った。火球を当てられたゴブリンは、全身に火が広がり次々と焼け死んでいった。
「だ、大丈夫?」
「フラム、お前魔術を……?」
「うん、何か使えちゃった」
先程の光景にクレールは驚きを隠せなかった。同時にフラム自身も予想だにしない出来事に驚いていた。
「そうか……!? 痛ぇ……」
「2人とも大丈夫か!?」
リットが2人に駆け寄った。彼に目立った外傷は無く、まだまだ戦えそうな雰囲気である。
「遅ぇぞバカ。こんくれぇ何ともねえ、すぐ治せる」
クレールは再び詠唱を始める。また3秒ほど呪文を唱えて肩の痣に手を当てると、それは一瞬のうちに消え去った。
「ふう……よし、動ける。ぶっ殺してやるぜ」
「すまない、本当に大丈夫か?無理はするなよ?」
リットは謝罪するが、クレールは何とも無いといった表情で返した。
「へっ、余計なお世話……ちょっと待て、ゴブリン共は?」
彼女の言葉でリット達も辺りを見回す。周りにはゴブリンの亡骸が大量に広がり、敵の気配は完全に消え去っていた。
「いつの間に……」
「何だよ、楽勝じゃねぇか、期待外れも良いとこだぜ」
「良かった……あれ、ところでテツは?」
フラムが心配そうに辺りを見回した。テツの姿はおろか気配さえも無かった。
「そういえば見かけねぇな、死んだか?」
「クレール……」
少しニヤニヤしながらクレールは言い、リットは彼女に対して静かに怒気を含んだ声を出す。流石のクレールもその姿にたじろいだ。
「な、冗談だっつーの。んな怒んなって……。」
「冗談でも笑えないぞ?」
リットはクレールを叱るが、突如彼らの耳に獣の咆哮が入る。
「まずい、ウェアウルフだ……しかもかなり近くから聞こえた、この村にいるのか!?」
「ねえ、もしかしたらテツは……」
「行こう!」
3人は咆哮の聞こえた方向へ向かった。
※ ※ ※
声のする場所に到着した3人。そこにはウェアウルフの攻撃を、涼しい顔でいなし続けるテツの姿があった。野盗の時と同じく衣服は所々破けていたが全くの無傷であった。
フラム達に気付いたテツは彼女らに笑顔で声を掛ける。
「お、やっと来たか!」
「テツさん!僕たちも加勢します!!」
リットが武器を構え近づこうとするが、テツが、待て、と手振りで合図を掛ける。
「大丈夫大丈夫! これから十秒以内に仕留めるからよ! そこで数えながら見とけ!」
「な、何言ってるんですか!? 死んじゃいますよ!! 馬鹿なことは言わないでください!!」
「そうだよ! 皆で力合わせないと!! 相手は人間じゃないんだよ!?」
反論するリットとフラム。そんな中クレールが口を開いた。
「良いんじゃねぇの? やらせてみようぜ」
彼女の一言にリットは困惑した。彼はクレールがまたふざけたことを言っているのかと少し苛立った様に返した。
「お前、何言って」
「あいつ、笑いながら避けてるぞ? しかも息も切れてない、完全に遊んでる……それに、実力を見せるってあいつが言ってたんだ、見せてもらおうじゃねぇか」
リットの予想とは裏腹にクレールは真面目な顔であった。
「……分かった、ただ危険と見たら何を言われても加勢する」
「勝手にしな、俺は見てるからな」
リットは武器を構え直し、テツを見守り始めた。
※ ※ ※
(そろそろかね、よーいドン)
テツの顔から笑みが消える。彼はウェアウルフの胴を目掛け、跳びながらサイドキックを放つ。敵は後方へ3m程吹き飛び仰向けに倒れた。だがすぐに起き上がり、四足歩行でテツに突進してきた。
「さぁて……殺りますか」
刀を逆手で左手に持ち替え、右半身を前にして拳を構えるテツ。敵が迫り襲いかかる。それに合わせ前に一足分踏み込みながら右拳でウェアウルフの鼻を突いた。バキッと、恐らく骨の砕ける音が聞こえ、ウェアウルフは鼻から大量の血を流しそのまま崩れる。そしてすぐさま刀で敵の脳天を叩き割った。テツが敵を絶命させるまでに10秒も掛からなかった。
「何秒だった?」
輝かしい笑顔でテツは3人に問いかける。だが3人とも驚きですぐに言葉を出せなかった。テツが再度声を掛けた。
「おーい大丈夫か?」
リットが最初に口を開いた。
「え? あ……すみません、数えていませんでした……ってさっき何をしたんですか!? 一瞬の踏み込み、終わった時には奴は倒れてましたよ!?」
「何って、鼻っ面に突きを入れただけだ」
リットの質問にテツは困惑しながら答える。
「……見えなかったです」
「そのうち見えるようになるさ、多分ね」
暢気な声でテツは返した。
「……テツ、凄い!」
フラムは興奮した声でテツを褒めていた。
「初仕事、お役に立てたなら幸いだよ」
「……」
「実力は見せられたかい?」
テツはクレールに声を掛ける。彼女はしばらく無言であったが、程なくして口を開いた。
「……腕は認めてやる。それと……さっきは助かった」
そっぽを向いてクレールは小声で答える。
「何、どうってことないさ」
微笑を浮かべながらテツは返した。そして言葉を続ける。
「さて、村に敵の気配は無し。後は住処を叩くだけか……」
「い、今から行くんですか!?」
「あれ、違うのか?」
リットは驚いて大きな声で返してしまう。彼の反応にテツも違う意味で驚いていた。
「ギルドでの話聞いてなかったんですか!? 期限まであと2日あります。正直ここでの戦闘は予想外でした……本日は村の方にお願いして泊めてもらい、明日の明け方に行きましょう。僕は大丈夫ですが、後の2人はこの様子ですとこれ以上の戦闘は難しい気がします。魔物も先程殲滅しました、少なくとも今日は来ないでしょう。ですから、大事を取り今日は休息を取るのがよろしいかと……」
「ちょっと待って! 少し疲れちゃっただけで、あたしはまだ……あれ、眠い……」
「……クソッ、思うように動かねぇ……」
疲れた様子を見せるフラムとクレール。2人の少女の疲弊した表情を見たテツは少し残念そうな顔をした後、リットの指示に従うことにした。
「そうだな、今日は休もう。死んだら元も子も無い、命最優先だ」
リットは彼の判断に安堵の息を吐く。
「ありがとうございます、では早速村の方に安全確保の報告と宿泊の交渉を」
「な、何だこの有り様は……私の村で何が!?」