第三十八話 ー突撃ー
月光の下、藍色のローブに身を包む魔術師たちを蹴散らしながら道を駆ける二人の男の姿がそこにあった。彼らはこの国の王を屠るべくその居城へと足を早める。しばらく走っていると魔術師だけでなく、濃紺色の軍服を着用した大勢の兵士がライフル銃や回転式拳銃を構えて、通路や屋根の上などそれぞれにまばらに位置しているのが確認出来た。
「依頼屋、俺の真正面を走れ! 後ろは守る!」
シグルドがテツに張りのある声で指示を出した。テツは何も言わなかったが、すぐさま行動に移して了承の意を見せた。その直後シグルドは屋敷の時と同じように早口で呪文を唱え始める。
「魔の壁よ俺を包み込め、“守れ”!」
シグルドの肉体やその周囲に変化は見られない。彼はテツの動きに合わせて自身の体が重なるようにその背中を追いかける。
二人が走る最中一人の兵士が放った弾丸がシグルドの心臓を背後から貫こうとした。しかし彼を殺すことは叶わなかった。弾丸がシグルドの体に触れた途端にそれは勢いよく弾かれて、くるくると回転しながら明後日の方へ飛んで行った。
一方シグルドの前に付いたテツは、周囲を確認しつつ進行の妨げとなる兵士を殴り飛ばしながら走る。視覚聴覚を研ぎ澄まし、彼らの放つ銃弾に対し恐るべき反応速度で、それらを紙一重で避けた。回避した銃弾の一部はシグルドに直撃するが、先程と同じように傷を負わせるに至らない。
その後も同様に、シグルドの体は襲い来る弾丸を容易く跳ね返し傷一つ負うことは無かった。
※ ※ ※
軍の包囲網を突破したシグルドとテツは貧民街を抜けて王都の最端部に辿り着く。彼らは建物が入り組んだ地形を利用し、路地裏にあった木箱の影に隠れて追手の兵をやり過ごした。
兵達の足音が徐々に遠ざかっていくと、テツ達は息を切らしつつも少しだけ安堵の表情を見せた。
「……行った、みたい、だな」
「ああ」
「ちょいと、休憩していいか?」
「これを飲め」
シグルドは胡坐を掻きながらそう言うと、懐から赤く透き通った液体の入った手の平サイズの小瓶を取り出してテツにぶっきらぼうに差し出した。右膝を上に向けながら座り込むテツは、顎から滴る汗を右手で拭いつつ左手で瓶を受け取ると、それを一気に呷った。液体を喉に流し込んだテツは渋い顔で空の小瓶を見つめる。
「うおぉ、まっずい」
「内傷薬だ。体内の治癒能力向上、疲労回復、解毒にも効果がある」
シグルドの解説をテツは聞き流しながら未だに瓶とにらめっこを続けていた。そんな彼に呆れながらもシグルドは今後についての話を始める。
「依頼屋、この後についてだが」
「それ、聞こうと思ってた。どんな作戦だ?」
テツは口角を上げて楽しそうに返事をした。
「至極単純、正門からの強行突破だ。出来るだけこちらに意識が向いた所で俺が合図を出し、先に城前に潜んでもらっているフィノ達協力者にも突っ込んでもらう。その隙に中庭から城内へ潜入、トントを仕留める」
「あんた、見掛けによらず脳筋だな」
どこか自信ありげに話すシグルドに、テツは最初は苦笑いを見せていたものの、直後に顎に手を当てて考え事を始める。
暫くすると彼の顔から笑みが消えて何処か険しいものとなり、疑問を投げかけた。
「だが、相手は鍛え抜かれた軍人だろ? んでその協力者、さっきのフィノとかいう奴を見る限りだと、戦闘に関して奴らには到底及ばない様に見えた。……何か策があるんだろうな? というか」
テツは深呼吸をしながら息を整える。
「あの橙色の石使って奴の所にパパッと向かえばいいんじゃねぇの?」
「あれは地点を記憶する。そして彼らはその位置を把握している。俺が石を使う事は想定内だろう」
「つまりは裏を掻くと?」
「ああ、2人で真正面から突っ込むとは思うまい」
「……」
テツは、今度は溜息を吐くために深く息を吸い込んだ。シグルドはどこか意地の悪そうな微笑を浮かべながら立ち上がりテツに背を向けて一言。
「案ずるな、とっておきの策がある」
2人は再び城へと歩みを進めた。
※ ※ ※
時間にして20分強、2人は城の正門まで辿り着いた。門には高さ約5メートル程の扉が備え付けられている。
彼らの進行中は驚くべき事に、街中では先程まで追ってきたであろう兵士の姿はおろか気配さえも一切感じとれなかった。さらに今、本来であればいるはずの門衛でさえも確認出来なかった。
(恐らく中で待ち構えているな……フィノ達はまだか?)
シグルドは先に到着している筈の協力者の気配も無い事に疑念を抱いていた。そんな彼の心境など露知らず、テツはその間隣で、涼し気な表情で屈伸等の準備運動を行っていた。
「さてさて、このでっけぇ扉をどう開けましょうか?」
おどけた様に尋ねるテツの拳や足が空を切る。門を眼前にしたシグルドはどこか腹を括った様子だった。
「言ったはずだ、強行突破だと」
シグルドは呪文を唱えつつ懐から発煙筒を取り出した。
「“爆ぜよ”!」
鳴り響く轟音と共に扉は粉々に砕け散る。開けた門からは煙が立ち込め、爆破させた張本人を確認する事は出来ない。
突如、煙の中から男が一人飛び出してきた。彼は左口角を釣り上げながら拳を構えて、素早く周囲の確認を行う。
「いない……」
意気揚々と現れた男、テツは愕然としながら辺りを見回す。中庭で敵が待ち構えているとの予想は完全に外れた。街中と同様に姿、気配さえも感じられない。
突如テツの右側から球体のような物が2つ、彼を目掛けて勢い良く投げつけられる。
「ぐっ!?」
反応が遅れたテツの右上腕と頭部にそれは直撃した。2つともかなりの質量があったようで、テツは左手で頭部を抑えながらその場に崩れ落ちてしまった。
ぼやける視界の中、痛みに耐えながら自身に当てられた物の正体を確認したテツは言葉を失う。
それらは切断されたフィノとコルダの頭部であった。




