第三十五話 ー不穏な事実ー
「革命か?」
「そんな所だ」
シグルドは近くの椅子に腰掛け、少々前屈みになりながら話し始めた。
「今奴らを止めなければ、ヴァニル王国との戦争は時間の問題だ」
「どういうことだ!?」
テツは今にも起き上がりそうな勢いでシグルドに訊ねた。それに対してシグルドは、俯き哀愁の漂う声で返答する。
「奴らはあんたらの力を使って兵を不死身に、果てには人造兵士まで作ろうと企てていた」
「それは知ってる、得意気にお話ししてたからな」
「それらが完成した時、奴らはヴァニル、ヨトゥンの両国に全面戦争を仕掛けるつもりだ。……王が、トントが言うには、国家の統一によって世を平穏に導く、と」
それを聞いたテツは、あからさまにバカにしたような、そしてどこかしら怒気を孕んだような笑みを浮かべて目を瞑った。
「おいおい、……統一って、今は乱世じゃなかろうに」
「ああ、あんたの言う通りだ。今まで3国共に不可侵状態、しかも争う道理が無い。戦を始めればそれこそ乱世となるだろう」
するとシグルドは急に立ち上がって、テツに向かって深々と頭を下げた。
「依頼屋、どうかこのシグルドにご助力頂きたい。報酬は望むものをお渡ししよう」
「あー……とりあえず、飯をくれ」
※ ※ ※
「はい、あ~んっ」
ブロンドの髪を後ろに三つ編みに束ね、同色の大きく優しそうな瞳を持った少女がにっこりと笑いながら、大きめの椀を片手に中の具沢山シチューをスプーンで掬って、テツの口に運ぶ。
彼女の笑顔はあどけなさを残しながらもどこか上品で、世の男性であれば一目惚れ、女性も母性をくすぐられそうな物であった。
だが、好意的に接する彼女に対してテツの口調は素っ気無い。
「いや、もう結構」
「いえいえ、あなたは怪我人ですのよ? たくさん食べて早く治しませんと!」
「怪我は治ってる、まともに動けるようになるだけの栄養が欲しかったのさ。十分頂いた」
「でも動けてませんわよ?」
「すぐに動ける訳なかろう。必要分は貰った……ありがとう、少し放っておいてくれ」
テツはそう言うと、そのまま目を閉じて5分もしない内に静かに寝息を立て始めた。少女はその様子を笑顔を崩さずに見つめる。そして椀をテーブルに優しく置いてから部屋を後にした。
「……」
「メグ!」
部屋を出た少女へと一人の若い男が廊下を駆け寄って行く。男は浅黒い肌、そして例えるならば巨漢のプロレスラーの様な体格で、その厳つい肉体とは対照的に虫も殺せぬような優しい雰囲気が顔から滲み出ていた。
メグと呼ばれた少女は男の姿を視認すると、先程浮かべていたものとは異なる自然な笑みを浮かべて男に抱き着いた。
「コルダさん!」
「大丈夫か? 奴には何もされてないか!?」
「心配し過ぎ! あの人動けなさそうだったし、もし襲われても“玉蹴り”しちゃうもんね!」
メグの恐ろしい発言に男は苦笑を浮かべた。そして自らが玉蹴りされる場面を想像して身震いする。
「さ、流石だぜ……」
「それよりボスへのお願いは上手くいった?」
メグは男から離れ、腰に両手を当てて豊満な胸を張りながら訊ねた。
「じゃなきゃ俺はここにいないぜ。もっとも彼はそんなことはしないだろう。とてもお優しい、本当に親子なのか疑っちまうぜ」
「ふふっ、ホントね」
「さぁ~て、立ち話はこれ位にしとこうか。準備しないとだからな!」
「ええ!」
二人は仲良さげに手を繋ぎ、男が元来た道を歩んでいくのだった。
※ ※ ※
一時間程してテツは目を覚ました。全身に活力が戻った事を確信し、身体を慎重に起こしてベッドから降りる。彼は何日も鍛錬を行わず、まともな栄養も取っていない。本来であれば痩せて力も弱まってしまうはずのその肉体は、何故か彼が捕らえられた日と何も変わっていなかった。
信じられないテツは、拳を構えて突き、ステップ、蹴り等の動きを試してみる。それらは機敏に、寸分のブレも無く放たれ、身体能力の低下が全く無い事を示していた。
(落ちていない、良く動く……何故だ?)
「ようやく起きたか」
シグルドがノックもせずに部屋に入ってくる。彼はテツの顔色を見てクールかつ満足げに微笑んだ。
「その感じ、体に支障は無さそうだ」
「何をした?」
「ドワーフから仕入れた回復薬、あんたを運び込んだ直後に飲ませた物が効いたんだろう。それとさっき食べてもらったシチューにも同様の成分を混ぜた。……さて」
説明を終えたシグルドは真剣な顔つきでテツへ歩み寄り、右手を差し出した。
「改めて頼む。我々に協力してはくれまいか?」
「断る」
今話で登場したキャラクター紹介です。
メグ シグルドの仲間 18歳、168cm、49kg
コルダ シグルドの仲間 22歳、199cm、111kg