第三十四話 ー裏切り者ー
今話で登場するキャラクター紹介です。
デセオ ミズガルズ王国の研究者 年齢不詳、160cm、57kg
フィノ シグルドの仲間 25歳、181cm、68kg
「早くこいつを台に括りつけろ! 出来るだけ多くの血液、体液を採取するんだ!!」
「デセオ博士、一体何が……」
「さっさとしろ!!」
地下牢と同じ階にある研究室で白衣の老人デセオが、同じく白衣に身を包んだ研究員達に怒気を孕んだ声で指示を出す。テツは抵抗する事無く、彼の背丈よりも10cm程長い長方形の台へと革製のベルトで仰向けに拘束された。
(ああクソッ、やられた所がまだ治らねぇ……何か、何か食い物……)
(傷が治らない? だがこちらとしては好都合、そのまま動くなよ?)
デセオと兵士は手際良く準備を進めていく。管に付けられた細い針がテツの肉体の様々な部位に刺し込まれ、それらはテツの血液、髄液などのあらゆる体液を少しずつ吸い上げる。吸い上げられた液体は、管を通ってその先のガラス製の入れ物に溜まり始めた。
「あ……ああぁ……」
テツの顔から徐々に血の気が引いて肌が青白くなっていく。目の焦点は定まらず、朦朧とした意識の中で彼は、不規則的に小さな呻き声を上げながらただひたすらに耐えるばかりだった。
※ ※ ※
「失礼します」
研究室の扉を開けてシグルドが入ってくる。彼は一瞬テツに目をやるも気に駆ける様子も無く、無表情のままデセオに近づいて話しかけた。
「一体何を?」
「人類の革新への第一歩を歩もうとしている」
「不老不死ですか」
「ヌフフ、そうだ」
デセオは歪んだ笑顔を浮かべて答えた。対してシグルドは表情を変えなかったが、彼のデセオを見つめるその目はどこか蔑みを感じられるものであった。
再びデセオにシグルドは質問をする。
「これからどうするおつもりですか?」
「速やかに研究、実験。奴曰くそう簡単に力は得られないらしいからな。成功すればマハト将軍から直々に頼まれている兵士全員の強化にあてがわせてもらう。ムスペルの娘は逃がしてしまったがこの力だけでも十分な収穫だろう。……ところでシグルド君」
「何か?」
今度はデセオが訊ねる番であった。
「最近我が軍にて妙な動きをしている者がいるらしいが覚えはないかね?」
「初耳です」
「質問を変えよう」
デセオはシグルドに向き直り、微笑みながら威圧するかのように質問を重ねる。
「現在ムスペルの娘が脱走している。貴様は何故ここにいるのだ?」
「……貴方こそ何故避難しないのです?」
「仮にあの小娘がこちらに来るとするならば、その前にサンプルを摂取せねばならない、私は未来を見据えているのだ。だが君は一体何をしているのだね?」
「そうですね……私も未来を見据えていますよ」
シグルドは右腰に携えた剣を抜いてデセオの腹部に素早く、深く突き刺した。老体のデセオが反応出来るはずも無く、彼は突然襲い来る激痛に顔を歪める。
「ぐっ!?」
「私は……いや、俺はこの国を変える。フィノ! ゴルダ!」
デセオに剣を突き刺したままシグルドは大声で号令を掛けた。
直後、研究室に何処からともなく発煙筒が投げ込まれ、辺りは忽ち黒い煙幕に覆われる。研究員達の視界は奪われ、ガラスの割れる音や複数人の足音が聞こえるばかりであった。
しばらくして一切の音が止み、徐々に視界も晴れていく。
彼らが見たものは、あらゆる実験道具が破壊されて辺りに飛散し、床の血溜まりにうつ伏せになって倒れ込むデセオの姿であった。テツとシグルドの姿は跡形も無く消え去っていた。
※ ※ ※
「目覚めないのか?」
「いえぇ、恐らくそろそろでしょうぅ」
ミズガルズ王国王都、郊外の路地裏の更に目立たない場所にある館の一室でシグルドと話しているのは、少々猫背で背が高くて血色の悪い、ボサボサの長い茶髪を持った痩せぎすの男であった。
彼の声は低く人相は決して良いものではないが、不思議と悪人には見えなかった。
「んん……」
「おぉ、噂をすればぁ」
テツはゆっくりと瞼を開いて辺りを見回そうとするも、自身の体が動かせない事に苛立ちを覚える。
(寝かされているのか。拘束はされていない……だがまだ動けないか……クソッたれめ)
「大丈夫ですかぁ? 何かいたしましょうかぁ?」
「あんたは?」
「あっしはフィノですぅ。あっしの相棒とシグルドさんと一緒に貴方を王宮から連れ出したのですぅ」
(何だと……?)
テツは困惑していた。先日、自身を“殺した”男が何故助けてくれたのか、道理が見当たらない。あるとすればトントやデセオと同じ理由であろう、テツはそう考えた。
彼にはもう一つ気掛かりな事もあった。フラムの行方である。テツはフィノに問い詰めた。
「あの娘は、フラムはどこだ? 何故俺だけなんだ?」
「彼女は行方不明だ」
問いに答えたのはシグルドであった。彼はテツに近づくと、変わらず無愛想な瞳でテツを見る。対してテツは、敵意を向けてシグルドを睨みつけた。
「ハハッ、お前も死ぬのが怖いのか」
「怖い。だが、もっと怖いのは何も成せずに生き続ける事だ」
シグルドのその言葉でテツは少しだけ警戒を解き、和らいだ声でもう一度訊ねた。
「何が望みだ?」
「力を貸して欲しい。……この国を変える為に」




