第三十二話 ー炎神復活ー
(件の遺跡以来だな、小娘)
「だ、誰……?」
光の侵入を一切許さない暗闇の中、何者かがフラムを呼ぶ。
(我はムスペル……お前に力を授けに来た)
「待って! どういうこと? 何であたしで今なの?」
(……器足り得る物となった、お前の使命だ)
次の瞬間、少々細身で、フラムよりも少し背の高い、人の形を模した炎が彼女の目の前に現れる。炎は足先から徐々にその輪郭をはっきりと形作っていく。
炎の正体が露になった時、フラムは大きく目を見開き震える声で彼の名前を呟いた。
「フェルム……お兄ちゃん……?」
フェルムと呼ばれたその青年は、微笑みながらフラムに近寄り、彼女を愛情深く抱きしめて、左手でその後頭部をゆっくりと撫でる。
久しく味わっていなかった兄の抱擁に、フラムは目を閉じて静かに涙を流した。
(ああ……お兄ちゃんだ……。匂いも、温かさも……)
しかし幸せな時間も長くは続かず、フラムが目を開くとフェルムはもういなかった。代わりに彼の温もりがフラムの中に残っていた。
(……奴らしいな。継承は済んだが、お前に与えられたのは力の一部……)
「力? 特に何も変わらないけど……」
(使い方はもう知っている筈だ)
「えっ?」
※ ※ ※
「運べ、こいつは雑に扱っても構わん。何なら殴りながらでもいいぞ」
(隣から? ……テツ! 助けなきゃ、でも……)
混濁する意識の中、フラムは必死に思考を巡らせる。先程の責め苦から肉体は思うように動かず、魔術を使って攻撃しようにも、枷に魔封石が含まれているからか魔力を放出することも出来ない。
万策尽きたかと思われた時、彼女の頭に再び声が響く。
(今がその時ではないか?)
フラムは呼び掛けに従って小声で呪文を唱える。
「“我を、恐れよ、崇めよ”」
直後、フラムの意識は再び闇に飲まれた。彼女の四肢と首に繋がれていた枷は一瞬にして高熱を帯びてドロドロに溶け始める。
肉体の自由を手に入れたフラムは、今まで動けなかった事がまるで嘘だったかのようにゆっくりと立ち上がった。
そして、牢の外でポツンと一人立っている兵士を凝視し始めた。視線に気付いた兵士は彼女の方に視線を向けて目を合わせるが、それがいけなかった。兵士は蛇に睨まれた蛙の如く、その場から動くことが出来なくなってしまったのだ。
「おいどうした、お前も付いて……」
老人が振り返った後、彼女は右手を兵士にかざして一言呟く。
「燃え尽きろ」
いつもの可愛らしい声としゃがれた老爺の声が重なり合って牢内に響き渡る。次の瞬間、手をかざされた兵士の肉体が真っ赤な炎に包まれた。
「ぎゃああああああ!!!!」
老人達は火ダルマと化した兵士をしばらく見つめていたが、すぐに我に返ってその場から逃げようとする。しかし、テツを掴んでいるもう一人の兵士はフラムと目を合わせてしまい、先程と同じく石の様に動けなくなってしまう。
「おい何をしている!! ……そうか、なるほどな」
老人は兵士が動けなくなった事を理解して白衣のポケットから橙色の小石を取り出した。そしてテツの頭部に触れながら、石を自らの額に当てて目を瞑ると、テツと老人は淡い光を放ちながらその場から消え去った。
フラムは再び兵士に右手をかざし、今度はニヤリと口角を上げて呪文を唱えた。
「レーヴァテイン」
彼女の手から真横に炎が発せられ、それは柄の長い長剣を形成していく。剣が出来上がると、フラムはそれを握って横薙いだ。その速度はまさに神速、人間の目ではまず視認出来ないものであった。
炎の剣は鉄格子に加え、石造りの壁でさえもその熱で溶かし始める。自らを遮るものを排除したフラムは能面の様な表情で一歩ずつ、兵士に恐怖を与えるように近寄り始めた。
「ハッ……ハッ……」
フラムの放つ凄まじい圧力に兵士は冷や汗、涙を流し、果てには失禁までしてしまう。
ついに兵士の目の前まで辿り着いたフラムは手にした剣をゆっくりと、まるで甚振るように腹に突き刺していく。
「ああああああああああ!!!!!!」
兵士は内臓を焼かれてもその苦しみから逃れられず、苦悶の表情で悲鳴を上げることしか出来ない。フラムはそんな事はお構いなしに、変わらず、無表情で、剣を更に深く抉るように突き刺していった。
絶命した兵士をフラムは光の無い眼で見下ろす。次に彼女は出口に視線をやると、満面の笑みを浮かべて、誰もいない牢内にて宣言した。
「さて、焼き尽くすか……世界を……」




