第二十七話 ー危機一髪ー
「おいおいおいおい、その気持ちの悪い生き物は何だ? 何が始まるってんだ?」
テツは戦いや死とは違う、今まで感じた事の無い恐怖を感じていた。
リリーはそんな彼の表情を見るや、目を細めて、いつもの無表情からは信じられない位の恍惚の表情を浮かべる。
「はぁ~やっぱり女の子の怯える顔はいつ見ても……良いものね」
「男だぞ?」
「関係ない。今は可愛い可愛い女の子よ?」
リリーはそう言った途端、妖艶にテツに歩みより彼の目の前で立ち止まった。彼女の背後では触手がじわじわと、2人を飲み込むかのように近づいて来ている。
「ハハッ、嬢ちゃん何が目当てだ?」
テツは引きつった笑みを見せながらリリーに訊ねる。彼女はテツの顎に手を当てて、互いの唇同士が重なりそうになる程に顔を近づけ、囁く様にその問いに答えた。
「×××」
「へ?」
直後、触手が速度を上げて2人の体にまとわりついた。優しく、くすぐるかの様な感触に2人は身悶えその身を強ばらせる。
「お、おい……!」
「ふふふっ、くすぐったい……」
(この感覚、まさか……)
テツは体のもどかしさと同時に、微弱ではあるが自らの体が別の感覚を感じている事に気付き始める。そして、これから自分の身に何が行われるのかを察した。
「じょ、嬢ちゃん? リリーさん? 金いらねぇから解いてくれるか?」
「駄目よ……んっ、さあ一緒に、ふふっ……快楽に、……飲まれ、ましょう?」
「やめろ喘ぐな! 夜想曲か真夜中行きになる!」
「もう……遅いわ」
リリーは息を切らしながら矯声混じりに返す。2人にまとわりついた触手は、徐々に胸部と下半身を中心にその魔の手を伸ばし始めた。
「は、離せこの野郎!」
触手から逃れようと必死にもがくテツ。だが腕を拘束されている為か思うように体を動かせず、また、女の体になって筋力も相応に落ちているため脱出は困難を極めた。
(あれを使いたいがこの状態じゃ、呼吸が……)
触手達は彼の抵抗もなんのその、どんどん2人にまとわりつく数を増やし、間もなく食事を始めようかという状態であった。
リリーは息を荒げ、蕩けた笑みで身を任せている。一方テツは、出せる限りの力を振り絞って逃れようと必死に暴れ続けた。
「だあああああああ!!!! 勘弁してくれえええええ!!!!」
その時、大きな爆発と共に壁の崩れる音が響き渡り、その方向へテツ達は視線を向ける。室内に光が差し込み、そこから短めの髪を持つ少女の姿をテツ達は確認した。
「見つけた~!! 時よ止まれ、彼の者の自由を奪え! “停止せよ”!!」
少女が壺とリリーに手を向けて呪文を唱えた。すると触手とリリーの動きが一斉に止まり、岩の如く固まって動かなくなってしまった。
「“複製せよ”で私を欺く~、店番はサボる~、自分の欲望を優先させる~……ちょっと今までのじゃ甘すぎたかな~?」
少女ネクは目を細めて、微動だにしないリリーに話しかける。顔は笑ってはいるが、その声色からは溢れんばかりの怒りが滲み出ていた。続けて彼女はテツに絡み付いている触手に手を向けて再び呪文を唱える。
「“風よ”!」
無数の風の刃が触手を切り刻み、テツは解放された。そしてネクはテツに歩み寄って、手枷を両手で包み込むように触れて呪文を唱える。
「“朽ちよ”!」
すると、手枷はみるみるうちに錆び付き、ものの数十秒で腐食が進んでしまいにはサラサラと砂の様に崩れ落ちていった。枷が外れ自由の身となったテツに、ネクは深々と頭を何度も下げ始める。
「本っ当にごめんなさい~!! うちのバカ姉が~!! 大丈夫ですか!? 何もされませんでした!?」
「ああ、君のおかげで間一髪な」
「よ、良かった~。実は姉、女の子が好きらしく~、過去にも似た様な事を何度もしでかしたんです~。私が最後に確認したのは3ヶ月位前で、その時にキツ~く“修正”してやったのですが~、まさか地下室を作ってこんな事をしていたなんて~」
「……君はあの気味の悪い生き物については何か知っているかい?」
テツが触手に指を差しながら聞くと、ネクは勢い良く首を横に振った。
「こんな生き物初めて見ました~。でも見た感じだと~ろくな事はしなさそうですね~」
ネクはそう言うと、壺に狙いを定めて左手を伸ばし向ける。
「砕けろ、“爆発せよ”!」
彼女がそう唱えると、壺の内部を中心に小規模の爆発が起きる。触手は粉々に砕け散り、捕まっていたリリーも爆風によって吹き飛んで、壁にその身を激突させる。にも関わらず、彼女はピクリとも反応を示さなかった。
「……彼女は大丈夫なのか?」
「魔術を解いたら痛みが襲いますがまあ大丈夫でしょう~。すみません~別室にご案内するのでしばらくお待ち頂けます~?」
「構わないが一体何を?」
「急いでこいつに薬作らせますので~! ではご案内しますね~!」
硬直しているリリーをそのままに、ネクとテツは地下室を後にした。
※ ※ ※
日も沈み始め、灯りが街を彩り始める頃。フラムはユイグング魔術書店に足を運んでいた。こぢんまりとした店内に客はまばらで、カウンターにてネクが客と談笑していた。
客の対応を終えたネクはフラムに気付くと、彼女に明るく声を掛けた。
「フラムさんこんばんわ~! 今日はどうかなさいましたか~?」
「ネクちゃんこんばんわ! えっと、リリーはいる?」
「あ~……姉は今寝てます~、色々とありまして~。何かお伝えしましょうか~?」
ネクは苦笑いを浮かべて答える。フラムは続けて訊ねた。
「う~ん、そっかぁ……。テツがどこにいるか聞きたかったんだけど……」
「ああ! テツさんですね~! 治療薬を渡してもう帰りましたよ~!」
「え!? そうなの!? 分かった、ありがと!」
フラムは急いで店から出ていき、駆け足でテツの家へと向かった。
「テツ~! いる~!?」
フラムは勢い良く扉を開け、大きな声でテツを呼ぶ。少しして2階からドタドタと足音が聞こえ、その音の主は階段を颯爽と下って来た。
「よう、悪いな、いきなりいなくなっちまって」
テツは爽やかな笑顔でフラムに話しかける。彼はいつもの黒い作務衣を身に付け、その姿は男に戻っていた。手振りで椅子に座る様にフラムに促したテツは、台所にて紅茶を作り始める。フラムは素直に座り、テーブルに両肘をつき、手の平に顎を置いて、少し残念そうな顔でテツを見つめていた。
「戻ったんだね」
「ああ、おかげさまでな」
「……」
「どうした?」
テツは手を止めて不思議そうにフラムを見つめる。
「可愛かったのに……」
「ははは、そいつはどうも」
テツは苦笑いしながらカップに紅茶を注いでフラムの目の前に置いた。彼女の対面にテツも座り、紅茶を片手で上品に飲みはじめる。それを見たフラムも両手でカップを持ち、彼に続いて紅茶を飲んだ。
しばしの静寂の後、テツが少し照れくさそうにフラムに話しかけた。
「なあフラム」
「なあに?」
「もしお前が良ければ……また二人で出掛けないか? 昨日は邪魔が入っちまってまともに回れなかったからな」
テツの言葉にフラムの顔がパッと輝かしい笑顔になり、威勢の良い声で彼女は答えた。
「うん! もちろん!!」
「ありがとよ。……せっかく来たんだ、夕飯食うか?」
「いいの!?」
「ああ」
白く綺麗な歯を見せながら笑みを浮かべたテツは再び台所に向かい、夕食の準備に取り掛かる。フラムもまたその後を追い、彼の真横に立った。
「あたしも手伝う!」
「んな気にすんな、お客は座ってな」
「やーだもん! 何言われても手伝っちゃうもん!」
「ふう……そこまで言うなら頼りにするぞ?」
「まっかせて!」
※ ※ ※
食事を終えてフラムを送り、自宅に戻ったテツ。寝る前の身支度を済ませ、階段を上って2階の自室に入った彼は、ベッドに脱ぎ捨ててある黒い女性物の衣服一式を丁寧に畳んで、大事そうにタンスに仕舞った。
テツはベッドに寝そべり目をつむる。しばらくして眠りに落ちた彼の顔は、幸せそうな笑顔であった。
おまけ
フラム「テツ~、そう言えばさ、女の子の時は何て呼べばいいの?」
テツ「(もう勘弁してほしいが……)いきなりどうした?」
フラム「何か“テツ”だと男っぽい気がしてさ、もしまた女の子になったらそれで呼ぼうかなって」
テツ「……トットちゃん」
フラム「トットちゃん……? ……可愛い! いいねそれ! 何か意味とか由来があるの?」
テツ「分かる人には分かるさ」
フラム「?????」




