第二十五話 ー形“性”逆転ー
「最後にこれを入れて……フフフ……完成した……!」
“ナイグング魔術書店”、街の一角にその店はあった。その名の通り、魔術に関する書物を販売している店である。
明け方、店の2階のとある一室にて、薄桃色の液体がいっぱいに入った小釜に怪しげな粉末を、気味の悪い笑みを浮かべながら混ぜる少女、リリーの姿があった。
彼女のボサボサの長髪はさらに乱れ、目の下には隈が出来ており、一睡もしていない事が一目瞭然である。
リリーはレードルで液体を掬い、1つの小瓶に注ぎ入れる。コルクで瓶に蓋をすると、肩に提げた鞄にそれをしまって、部屋を飛び出した。
※ ※ ※
リリーが部屋を出て小一時間、隣の部屋から少女が寝ぼけ眼で出てくる。彼女はリリーよりも背が高く、髪色は同じ水色であるが、長さは耳が丁度隠れる位で、女性らしい体つき、そして丸く可愛らしい瞳を持っており、明るそうな雰囲気を醸し出している。
彼女はリリーの部屋の前に立ち、扉を拳で軽くノックする。
「リーリエお姉ちゃ~ん、朝だよ起きて~」
もちろん反応は無い。
「う~ん……」
そして何を思ったか、彼女は扉に両手をかざして呪文を唱え始める。
「“爆発せよ”!」
直後、爆発によって扉は木っ端微塵となり、跡形も無くなっていた。何事も無かったかのようにすまし顔で部屋に侵入する少女。部屋に入るや否や、彼女は机の上にある置き手紙を見つけ、それを手に取ってのんびりとした口調で読み始めた。
「何々~? “店番お願い”~?」
読み終えた直後、髪の毛が逆立ちそうな勢いで少女は怒りの雄叫びを上げた。
「……お姉ちゃんのバカああああああ!!!!」
※ ※ ※
所変わってここは依頼屋テツ。テツは早朝の鍛錬を終えて朝食を作っていた。献立は、玄米、海藻と野菜のスープ、白身魚の塩焼きである。
(今日は来なそうだな……)
少し周囲を警戒しながらテツは食事を始める。彼の予想通り、今回はフラムが匂いを嗅ぎつけて来る事は無かった。久々に落ち着いて食事が出来ることに喜びを感じる反面、寂しさもテツは感じていた。
食事を終えて、後片付けと身だしなみの整えを済ませたテツは、掛け看板を変えに入り口の扉を開ける。
「おっと、まさか君が来るとは……」
扉を開けると、テツの目の前にはリリーが、膝に手を付いて息を切らしながら立っていた。彼女の額からはうっすらと汗が流れており、その体はフラフラと揺れて今にも倒れそうであった。
今にも消えてしまいそうな掠れた声でリリーはテツに訊ねた。
「一番、乗り?」
「そうだが……大丈夫か?」
「フフフ……そんなことより、依頼よ。お邪魔、するわ」
呼吸を整えながらリリーはゆっくりと家に上がっていく。テツはその後ろ姿を心配そうに見つめながら、リリーを椅子に座らせて話を聞くことにした。
「よし、早速聞こうじゃないか」
テツは紙とボールペンを用意しようとするが、リリーはそれを止めた。
「メモは必要ない、貴方にはこれを飲んでほしい」
リリーはそう言うと、鞄から薄桃色の液体が入った小瓶を取り出してテツに差し出す。小瓶を受け取ったテツは、それを軽く揺らしながら見つめていた。
「……何だこれは」
「実験の試作品。安心して、死なない……多分ね」
「不穏極まりないな」
「報酬は出す」
リリーは再び鞄から、口が紐で結ばれている手のひらサイズの袋を取り出した。彼女が紐をほどくと、中には小金貨が20枚、銀貨が10枚入っているのが確認出来た。
目の前の少女が急に大金を出してきた事にテツは動揺を隠せなかった。
「おいおい、どこからこんな金を……」
「本が売れた。貴方も読んでいたはず」
「本? あの魔術の本か? でも確か著者は……」
「リーリエ・ナイグング、私の名前。リリーはあだ名」
「そういうことか……」
テツは納得した様子で、顎に手を当てながら再び小瓶の中の液体を見つめていた。そして、瓶のコルクを引き抜いてリリーに向き合う。
「その金、本当に出すんだな?」
「二言は無い」
「……よし分かった、引き受けようじゃないか」
テツは意を決して瓶に口を付け、真上を向いて一気に液体を飲み干した。
「甘っ!」
甘味を限界まで引き上げたとてつもない味がテツの舌を襲った。あまりの甘さにテツは口を抑えて軽く嘔吐いており、時間が経っても口内の不快さが改善されなかった。テツは水を飲もうと洗面所へ向かった。
洗面台の蛇口を捻ろうと手を伸ばした瞬間、テツを激しい動悸なが襲う。そして、全身に激痛が走り、テツはその場に倒れてうずくまってしまった。
(痛ぇ痛ぇ!! 何なんだ!!)
特に顕著に痛みが現れたのは、下腹部と胸部全体で、テツは、女性が自身の秘部を手で隠すように力強く抑えていた。体験したことのない激痛にテツはとうとう気を失ってしまった。
※ ※ ※
「…………ですか! 大丈…………か!」
テツの耳に聞き覚えのある少女の声が入り、テツは瞼をゆっくりと開けてその姿を視認する。声の主はフラムであった。
(フラム……?)
次に彼は顔を左右に動かして周囲を見回し始めた。自宅のベッドに横になっているのをテツは確認し、ゆっくりと起き上がる。
(痛みは……無い……何だ、違和感が……)
先程まで彼を襲っていた激痛は姿を潜め、肉体に異常は無いと思われた。だが、一番痛みが襲い掛かっていた胸部と下腹部、もとい股間部に違和感を感じ、テツはまず胸を両手で触り始めた。
(胸……あら、いつもより柔らかい。しかも大きくなってる? お次は……)
次に股間に手を伸ばし触れた瞬間、テツは恐怖した。男性に“付いている”はずのそれが“無くなっていた”。しばらく触れていたが、やはり無いものは無かった。テツが衝撃で硬直していると、フラムが彼に声を掛けてきた。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
心配そうな声の彼女に、テツは平静を装いながら返答した。
「え、ああ、大丈夫……!?」
さらなる衝撃がテツを襲う。彼の口から発せられた声は、女性らしい少し高めのものであった。そして何を思ったか、テツはベッドから飛び出して再び洗面所へと駆け出した。
テツは洗面台の鏡と向かい合う。そこに映っていたのは、細身の美しい女性の姿であった。少しサイズの大きい作務衣を身に付け、目元が隠れる位の綺麗な黒髪、鋭くも優しさに溢れた大きい黒の瞳を持ち、丁度良い大きさの胸とモデルの様なくびれが服越しでも確認出来た。
驚きのあまり、テツは外にもはっきり聞こえる程大きな声で叫んだ。
「な、なんじゃこりゃあああああ!!!!!!!」
この日、テツの受難が始まった。




