第二十四話 ー影との再会ー
「かかって来いよ、ビビってんのか?」
テツはオーガを挑発した。言葉は理解できなかったが馬鹿にされていると直感的にオーガは感じ取り、怒りから背負った棍棒を右手に彼を叩き潰そうとする。しかしオーガはテツと間合いを取ったまま、武器を構えるだけで攻撃する様子を見せなかった。自分の攻撃を耐えた人間、まだ何かを隠しているに違いないと考えていたのだ。
一方のテツはオーガに対し刀を構えながらゆっくりと距離を詰めていく。にらみ合いを続ける両者、先に仕掛けたのはオーガであった。持った棍棒を素早く横薙ぐオーガ、しかしテツは避ける気配を見せない。
仕留めた、勝利を確信したオーガは笑みを浮かべた。
棍棒がテツに激突する、だがテツは吹き飛ぶどころか微動だにしない。オーガは目の前の光景に愕然とした。その男は渾身の一撃を拳で受け止めている、しかも、彼も余裕の笑みを浮かべていた。直後、棍棒が粉々に砕け散り、オーガは呆気に取られて身動きが取れなくなる。
テツはその隙を見逃さなかった。高速で間合いを詰め、地を蹴ってオーガの右肩に跳び乗った。そして彼は後頭部へと回り、脳天から刀を勢いよく突き刺した。刃は脳を貫通しオーガは即死する。さらに刀を引き抜き、大木の如く太ましい首を一刀のもとに斬り捨てた。オーガの巨体は前方に崩れ落ち始め、テツはその体から飛び降り離れて、それを眺めていた。
「何だ、大したことねぇじゃねぇか……痛ぇ、明日は筋肉痛かねぇ」
テツはそう呟いてゆっくりと深呼吸をした。その後辺りを見回し、襲われていた少女を探す。
「おーい、大丈夫か? とっちめたぞー」
テツの呼び掛けに“少女の”反応は無かった。
「流石ですねぇ。貴方、やはり只者ではない……」
若い男の声がテツの後ろ側から聞こえてくる。聞き覚えのある声にテツは即座に振り向き刀を構えた。そして彼は声の主の正体に驚愕する。
「お前は半年前の……」
「ええ、ええ。覚えていて下さり光栄でございます、テツさん。」
テツの視界に立っていた人物は、黒いローブに身を包んだ隻腕の男、シャドウであった。シャドウは倒れている少女のすぐ側に立ち、不気味に微笑んでいる。
「こんな所で油を売って、騎士団を潰しに行かなくていいのか?」
「私が手を下さずとも奴らはいずれ滅びます。この世界と共に、ね」
「……何を企んでいる」
テツが語気を強めて訊ね、シャドウは笑みを崩さずに快く答えた。
「世界の崩壊……もとい“死の女神”の復活、とだけ言っておきましょうかねぇ」
「ああ、そうかい。ならお前を殺さなきゃいけないな、今すぐに」
直後、両手で刀を構えながらテツはシャドウに向かって走り始めた。対してシャドウは倒れている少女に手を向ける。すると少女の体は地からゆっくりと離れて3cm程浮いた。そしてシャドウは、テツを標的に捉えて腕を突き出すと、少女の体がテツを目掛けて勢いよく飛んできた。
「なっ!?」
テツは予想だにしない出来事に立ち止まる。彼は素早く構えを解いて刀を右手に持ち、少女を体で受け止めた。左腕で少女を抱え、すぐに前方に目を向ける。だがシャドウは姿を消しており、辺りを見回しても気配すら感じ取る事は出来なかった。さらにオーガの死体も跡形もなく消え、残ったのはテツと気を失った少女だけであった。
(もう戻っては来ないだろうな……。それと“死の女神”……一体何のことだ?)
少女を抱えながらテツはしばらく考えていたが、分からないものは仕方がない、と気を取り直して腰の巾着から事前に手に入れていたメモリアストーンを取り出して帰還しようとする。
(そうだうっかりしていた、奴の住処を探さなくては……情報だとそこに“あれ”が……)
彼は取り出した石を巾着にしまって、少女を抱えたまま辺りを捜索し始めた。
※ ※ ※
翌日の早朝、テツは公衆浴場へと向かっていた。手には鞘に収まった2本の古びた剣を持っている。
店の扉を開けると、受付にはいつも通り無愛想な男が座っていた。テツが店に入ってきた途端、男の表情は一瞬で驚きと喜びに満ちる。
「テツさん、もしや……」
「ええ、この通りです」
テツは爽やかに言って2本の剣を男に差し出す。男は剣を震える両手で優しく受け取り、それらを抱えて涙を流した。
「おかえり……おかえり……」
※ ※ ※
「オーガが討伐されただと!?」
「そうらしい。しかも昨夜に仕留められたそうだ」
同時刻、ギルド内にて。オーガ討伐の話題は冒険者達の間で瞬く間に広がっていた。
「誰がやったんだ? 確か昨日は……」
「Bランク4人、Aランク2人の合併パーティが向かったはずだ。だが帰還者はBランクの嬢ちゃん1人だけ。夜明け前にギルドの入口で傷だらけでぶっ倒れてたって話だ。幸い体に異常は無く、今はここの簡易医務室で寝てるんだと」
「じゃあその娘が仕留めたのか?」
「想定しにくいわね。彼女は確か魔術師、しかも後衛で治療用の魔術しか覚えていないらしいわ」
鉄製の甲冑を身に付けた女の冒険者が言葉を続ける。
「しかもね、そのオーガ、跡形も無く消え去ってたらしいの。仮に彼女が転移魔術を覚えていたとしても、大きなオーガを転移させる魔力があるようには思えないし、転移させるメリットも見当たらないわ」
「うーん……やっと仕留められたのは良いとして歯痒さが残るな……」
※ ※ ※
「ありがとう、本当に……」
「いえ、仕事ですから。何かあればまた」
「ああ、よろしく頼んだぞ!」
テツは剣を受付の男に渡した後、シャワーを浴びて帰路に就いていた。
一仕事を終えたテツは、普段であれば朗らかな表情を浮かべながら軽食でも買って食べ歩きをしながら戻るのだが、今回はしかめっ面で何かを考えているかのようで、寄り道をせずに真っ直ぐ自宅へと歩んでいった。
「あら、お帰りなさい。頂いてるわよ」
テツが家の扉を開けると、ノルンが椅子に座って紅茶を飲みながらくつろいでいた。神出鬼没の彼女にテツは呆れながらも、昨夜から気になっていた事をノルンに尋ねた。
「丁度良い、あんたに聞きたいことがあった」
「“死の女神”、でしょ? 」
「話が早い。教えてくれ、それは一体……」
「良いわ。ささ、座って」
お前の家ではない、という言葉をテツは飲み込んでノルンの対面に座る。そしてそれは、テツが座った直後のことであった。ノルンの薄紫色の瞳が一瞬光り、次の瞬間、2人は机と椅子ごと広大な草原に移動していた。
「ここは……」
「前に来たでしょ? ここ、私の家なのよ」
ノルンは紅茶を一口飲んでテツに説明を始めた。
「じゃあ早速教えるわ。死の女神は死の民が崇拝する女神、その名の通り死を司る神よ。彼女が死の民を生み出した、とも言われているわね。……1つ昔話、ちょっと話が逸れるけどいいかしら?」
「ああ、構わん」
テツの反応にノルンは嬉しそうに、可愛らしく笑った。
「昔、死の民ニフルと、炎の民ムスペルによる大陸を巻き込んだ戦争があったの。原因は……まあ簡単に言えば宗教的なお話、貴方の世界でもよくあるでしょ?」
「ああ、実に阿呆らしい話だ」
「でね、大陸はニフルとムスペルに挟まれているから戦火に巻き込まれるのはほぼ確実、そう考えた当時のヴァニル、アールヴ、ミズカルズの王達は結託して戦いを止めようと試みたわ」
「その結果は?」
テツが訊ね、ノルンは先程とはうってかわって険しい表情をしながら答えた。
「惨敗よ、そう、まさに貴方が知りたがってた“死の女神”、そしてムスペル側の“炎の神”の力によってね。2柱の神は恐ろしい力で人々の命を奪っていった。最強の民族と言われるムスペルの民、死の魔法を容易く行使するニフルの民も戦いに加わったわ……」
「負けた? おかしいな、死の民は生き残りがいたが、“むすぺる”は滅んだと聞いたぞ?」
テツはいぶかしんだ。彼の新たな疑問にもノルンは快く答えた。
「戦力を失い、蹂躙されるしか道が無くなった3国に奇跡が起きたの。何処からか8本脚の馬に跨がって槍を構えた隻眼の老人を先頭に、無数の戦士達が現れたわ。数は2つの民族を合わせた方が多かった、けれど戦力においてその軍勢はどちらをも凌駕していた。思いがけない援軍は瞬く間に敵を殲滅し、そして、2度と戦いを起こさせないように彼らは北と南、二手に分かれて進軍を始めた。そして、死の民ニフルと炎の民ムスペルは滅亡した……神様もろともね」
ノルンは微笑んでいたが、どこか悲しそうな雰囲気を漂わせていた。彼女は紅茶を飲み干して立ち上がりテツの目の前まで移動した。
「死の女神がどんなものか分かったかしら?」
「ああ、要するにそんなものが復活したら皆仲良く死ぬって訳だ」
「ええ、そしてそれを止めるのが」
「俺の役目、か」
「大正解」
「へっ、勝手にしろよ……」
そしてノルンは腰を曲げて豊満な胸を揺らし、妖しげな笑みを浮かべながらテツに目線を合わせる。テツは動じることなくノルンの目をジッと見つめていた。
「それじゃあ、お話ししたお礼を貰わないとね?」
「いいだろう、何が欲し……!?」
テツは自身の左胸に違和感を覚えてそこに目を向けた。ノルンの左手が胸を貫いており、テツは口から血を流し始める。彼はノルンを睨んだが、ノルンはさらに妖しく笑いながら色っぽく話し始めた。
「欲しいのはね? 貴方の心臓よ」
「……」
「あらぁ、そんな怖い顔しないで? 貴方が為すべきことをちゃんとしてくれれば悪いようにはしない……わ!」
ノルンはテツの心臓を思い切り引き抜き、恍惚の表情でそれを見ていた。引き抜かれたそれはノルンの手元から瞬時に消え、彼女はテツを背にしてその姿を消した。
テツの視界は徐々に闇に包まれ、座ったままテーブルに突っ伏して彼は絶命した。
テツは自宅で意識を取り戻す。目を覚ました彼はすぐさま周囲を確認し、自分が今いる場所が家の1階であること、そして移動されたはずの椅子と机も戻ってきている事を把握する。
(為すべきこと……やるしかないんだな)
※ ※ ※
「彼は“こっち”を選ぶはず……でももし、もう1つを選んでしまったらその時は……」
ノルンは目を細めてニヤリと笑う。
「死んでもらうしかないわね」




