第二十三話 ー鬼退治ー
「助かりました! こちら代金です!」
「いえ、やれることをやったまでですよ。……確かに丁度頂きました、良ければ贔屓にして下さい」
「ええ、またよろしくお願いします!」
ヴァニル王国の西南方面にある村にてテツは仕事を終えた。日も傾き始め、これが今日最後の仕事だろう、と考えながら彼は帰路に付く。
南側から街に入って北側にある自宅を目指すテツ。しばらく歩いていると、テツとすれ違った冒険者2人組の会話が耳に入り、彼は立ち止まってそれをしばらく聞いていた。
「また行方不明者のリストが更新されたなぁ……」
「行方不明と言っても大方死んじまってるだろうな。運良く逃げ切れた奴の話だと、そいつは人を頭から丸かじりにしちまうらしい、おまけにそこそこ知恵も働くもんだから舐めてかかるとエライ目に遭うそうだ」
「しかも2年と半年前から不定期に討伐依頼があるのに未だに殺せてねぇって、どんな化物だよ全く……」
深刻そうに冒険者の一人が話し始める。
「“はぐれオーガ”、だそうだ。基本的にオーガは多くても10体程の群れで行動するんだが、そいつはどうやら追い出されちまったらしい」
「何でだ? 群れの中で足引っ張っちまってたのか?」
「有識者が言うにそいつは強すぎた、群れで好き勝手やって協調性も無かったんだろう、ある意味足を引っ張ってたんじゃないかとのことだ」
「ひぇ~」
(俺には関係ないかねぇ……)
話を一通り聞いたテツは、少し残念に思いながら再び自分の家に向かい始めた。
※ ※ ※
帰宅したテツは“外出中”と書かれた掛け看板を入口の扉から取り外して、“閉店”の看板と取り換える。中に入り手を洗って夕食の準備を始めようとするが、扉を叩く音で阻まれた。
(フラムか? それともまたクレールが酔っ払ったか?)
苦笑いを浮かべ、来た方の分も作ってやるか、と思いながら彼は扉に向かう。だが目の前に現れたのはどちらでもなかった。
「あなたは……」
「すまない、この時間帯しか空けられないんだ」
そこに立っていたのは公衆浴場の受付の男であった。いつも無愛想な表情が、今は寂しそうに見える。
テツは男を家に入れた。男を椅子に座らせて、テツは紅茶を用意し話を伺う。
「一体どうされたのですか?」
「依頼だ、仇を取って欲しい」
「……申し訳ないですが人殺しは」
「相手は……鬼だ」
オーガと聞いた瞬間、テツはニヤリと口角を上げて身を震わせる。武者震いであった。彼は高まる興奮を抑えながら男から詳細を聞くことにした。
「それはもしや“はぐれおーが”ですか?」
「!! そうだ、最近になってまた出やがった。あいつは、あいつは俺の息子夫婦を殺しやがったんだ……!」
男は悲痛な声で語り始めた。
「息子とその嫁は2人共冒険者でな。偶然同じパーティになってから交際し始めたと言っていた、俺から見てもお似合いの2人だったよ。……2年前の事だ、ギルドにオーガの討伐依頼が来て息子夫婦と他何人かで仕留めに向かったんだ。オーガはデカく力もあって少数だが群れを成している、だが知能はそこまでではない。1人で挑むのは無謀だが複数人で作戦を練って掛かれば大したことは無いんだ。しかし……」
男は言葉を止める、涙を堪えている様子だった。
「帰って来たのは右腕を失くした息子の嫁1人だけ……彼女の話によればオーガは1体だけだった。しかも種族の中ではあまり大きくない……それでも傷一つ付けられなかったと……。一月程経って彼女は再びオーガの元に向かおうとした。勿論やめるように説得はしたが聞き入れてくれなかったんだ……そして、彼女も帰って来なかった……」
男はゆっくり立ち上がって頭を深く下げた。
「無茶な依頼なのは分かっている、だが冒険者連中がもう何人もやられているんだ。そんな中でも上位ランクの奴らは動きもしない。君が、君だけが最後の頼みの綱だ……俺だけじゃない、どうか他の奴らの仇も……」
「何故俺なんです?」
「君は、あのスキア団長と戦って生き延びたんだろう? しかもそれから2人で密かに特訓を続けていると噂を聞いた……本当なのか……?」
「……口外しないと約束していただけますか?」
「ああ、勿論だ」
テツは男の目をじっと見つめた。その目は真っ直ぐで、どんな詐欺師でも彼の前では嘘をつけないであろう程に鋭かった。だが男もまた、真剣な眼差しを見せる。彼が嘘を付いていないと確信したテツは、優しく微笑んで答えた。
「彼には十勝八敗、勝ち越してますよ」
※ ※ ※
翌日、時は日の出前、草原を駆ける馬車の荷台に、積み荷と共にテツは乗っていた。彼の手には刀一本と腰には巾着を巻き付けている。馬車が東の方面へと軽快に進んで行く中、御者が馬を操りながらテツに声を掛けた。
「兄ちゃん、お仲間はいねぇのかい?」
「ええ、いつもの事です」
「……今なら引き返しても良いんだぞ」
「仕事ですから」
「俺を恨まないでくれよ?」
会話はそこで途切れ、それ以降移動中に彼らが会話をすることは無かった。
時間にして半日が経ち、日は地平線に差し掛かろうとしていた。馬車は大きな雑木林の前で歩みを止めた。
「ここが例のオーガが住むって言われてる森だ。……気を付けろよ?」
「ありがとうございます、そちらもお気をつけて」
御者はそのまま馬車を駆け巡らせ、あっという間にその姿は見えなくなっていった。
(首洗って待ってろよ?)
自然と笑いがこみ上げるテツ。彼は駆け足で森へと入って行った。
※ ※ ※
日が沈み始め、元々薄暗かった森は更に闇を深くしていく。テツは巾着から小さめの光石を取り出して拳で軽く衝撃を与える。それは小さいながらも暗闇の中で鮮明な光を発し始めた。
腰に刀を差して、光石片手にテツは歩みを進める。森は不気味な程に静かであった。
(気配をほとんど感じない、それに余りにも静か……ん!?)
テツは臭いを感じ取る、血生臭い香りであった。それと同時に肉や骨を引きちぎるような音も聞こえてきた。テツは早速臭いと音のする方面へと、足場が悪いのもお構いなしに全力で走り出していった。
しばらく走ると、人を貪るオーガの姿がそこにはあった。肌は赤みがかった白、黄土色の髪と髭を蓄え、筋骨隆々の肉体、背丈は2m半ほどであった。上裸で腰にボロボロの布を巻き、巨大な棍棒を背負ったそれは、両手で人の身体を持ち上げて、大きな口を開けて頭から丸かじりしていた。オーガの周囲には、恐らく冒険者“だった”者の肉塊や臓物が幾つもまき散らされていた。
食事を終えたオーガは生き残っている1人の少女に目を付け、ニヤリと笑い、舌なめずりをする。自分が狙われていると分かった少女は腰を抜かし、体を震わせ失禁していた。
「あ……」
声にならない声をあげる少女はオーガに体を持ち上げられる。オーガは目を細め、少女を見て恍惚の表情を浮かべていた。
風を切る音と共にオーガの右大腿部に刀が投げつけられ、それは深く突き刺さった。突然の痛みにオーガは少女を手放し刀が飛んできた方向へ目をやる。刹那、茂みからテツが勢いよく飛び出しオーガの元へ駆け、そして手に持つ光石をオーガの顔目掛けて投げつける。光に目をやられたオーガは思わず顔を抑えて硬直した。
足元の刀を引き抜いたテツは腿を斬ろうとするのだが、視界を奪われているはずのオーガの蹴りがテツに襲い掛かる。オーガの左足の甲が腹部に直撃しテツは吹き飛ばされ、彼はそのまま、背後に生えている木に体を激突させてその場に崩れ落ちた。木はメキメキと音を立てて後方に折れ、オーガの力強さを物語っていた。
オーガは食事の邪魔をした突然の訪問者に腹を立てていた。標的を少女からテツに変えて彼に近寄ってくる。気配を感じたテツは、どういう訳か何事も無かったかのように起き上がった。衣服に付いた汚れを軽くはたいて彼は刀を構える。
起き上がったテツを視認したオーガは歩みを止めた。今まで襲った人間たちは一撃で殺せたはずが、この男は何故か平然としている、しかも楽しそうに笑みを浮かべているではないか。テツの異様な雰囲気を感じ取ったオーガは彼に対し恐怖を感じた。生まれてから感じることのなかった感情である。
「さて、と。鬼退治といこうじゃないか!」




