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久遠の依頼屋さん  作者: 蛸丸
第一部 序幕
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第二話 ー加入ー

「フラム、そろそろ行かないと……」


 深紅の鎧に身を包んだ、赤みがかった茶髪に赤い瞳を持つ若い青年が少女に言う。青年の顔つき、声色はテツと瓜二つだが、背丈は青年の方がわずかに高い。


「やだ! 行かないで!! 何で!! 他の人に任せれば良いじゃない!!」


 フラムは駄々をこねるが、青年の言葉には何かを決心したかの様に重みがあり、彼女の言うことを聞くつもりは更々なさそうだった。


「大丈夫、大丈夫だから。必ず戻るから、ね? 約束する。おばさん、この子をよろしくお願いします。」


 おばさんと呼ばれた壮年の女性は目に涙を浮かべながらも力強く返した。


「分かったわ。あんた、必ず帰ってくるんだよ?」

「ありがとうございます。ええ、必ず。……フラム」


 青年はフラムの名を呼び、俯いて泣きじゃくる彼女を抱きしめながら震える声で言った。


「良い子でいるんだぞ? ……愛してる」


 そして青年は手を離すと、振り返る事なく街から去っていった。


「待って……待ってよ!! 行かないで!!」



 ※ ※ ※



「お兄ちゃ……あれ?」


 日が昇り切り少し経った頃、フラムは飛び起きる。彼女のその目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


(夢? いつの間にベッドに……んん? 包帯? ……は、裸!?)


 自分の今の状況に混乱しつつも何とか頭を整理をしようとするフラムであったが、自分の両隣を見て昨日の記憶が少しずつ甦ってきた。


(あれ、クレール!? 何であたしのベッドに!? 床には……リット? 二人とも手当されてる。そうだ、私たち野党の討伐に出て、5人って聞いてたのに10人もいてそれで……)


 フラムの脳内で昨夜の出来事徐々に鮮明になる。体は震え始め呼吸も少し荒くなり、少しトラウマになっている様子が見て取れた。彼女は自らを落ち着かせるためにゆっくりと深呼吸をし始めた。


(落ち着け落ち着け……あの時テツが助けてくれたんだ……テツは!?)


 次の瞬間、扉が開いて蝶番ちょうつがいの軋む音が部屋に響く。入ってきたのは、背丈はフラムほどでふくよかな体形を持ち、優しさに満ち溢れた慈母の様な表情をしている白髪交じりの焦げ茶色の髪をした中年の女性であった。


「フラム! 目が覚めたのかい!? 大丈夫かい、痛い所は!?」


 飛びかかる勢いで女性はフラムに近づき抱きしめた。


「く、苦しい苦しい……どこも痛くな、い……?」


 抱きしめられたフラムは、本来であればあるはずの痛みがほとんど感じられない事に困惑した。


「あらごめんなさい。でも心配で心配でね、あなた達が運ばれてきたときは心臓が止まるかと……。もし何かあったらあなたのお兄さんに私、顔向け出来ないわ……」

「ごめんねフィーリアおばさん……ねえ、そういえば私たちを運んできてくれた人どこにいるか知ってる?」

「ああ、あの人、確かテツさんだったかしら?あなたが起きる前に大荷物背負って出て行ったけど……あら、ちょうど戻ってきたみたいね」

 


 ※ ※ ※



「奥さん! 只今戻りました!」

「はーい、今行きまーす! ほらフラム、早く服を着てちゃんとお礼を!」

「分かってるって!」


 フラムはクローゼットに仕舞ってある白色のワンピースを着ると駆け足で一階に駆け下りて行く。一階には荷物を降ろし、フィーリアと話すテツの姿が見えた。昨日と違う所といえば黒いTシャツを着ている点と、荷物の量が半分以下になっている点であった。


「本当にありがとう。あなたがいなかったら……」

「礼には及びませんよ。やれることをやったまでです」


 テツは少し柔らかい表情でフィーリアと話していた。


「テツ!!」

「フラム? ……痛みとか変なところはないか?」

「もう、おばさんと同じ事言ってる! 大丈夫大丈夫!! どこも痛くないし、気分もバッチリ!!」

「……にしちゃ効き目が良すぎる、一体何が?」


 フラムの元気な様子にテツは驚いた様子だった。すると彼は顎に手を当てながら何かを考えるかのように下を向いて小声で呟き始める。


「え、何か言った?」

「……いや何でもない。ところで後の二人は?」

「2人はまだ寝てるよ?」

「そうか」


 テツは今度は左手で握り拳を作り、親指の付け根付近を額に当てながら再び考え事を始めた。彼は少し話しかけづらい雰囲気を醸し出していたが、フラムはそんな事も気にせずに話しかける。


「テツ! あの、昨日はありがとう。あたしだけじゃなくて皆も助けてくれて……」

「ん……? ああ、気にするな。そんなことよりほれ、掃除代」


 テツはフラムに手を差し出して、平坦な声で容赦なく言い放つ。フラムは人差し指で自分の頬を掻きながら目線を逸らして、少しだけばつが悪そうにしていた。


「そういえばそうだった……ちょっと待ってて今からお金を」

「と思ったが、今回は初回特典ってことでタダにしておくよ」


 テツは左頬の口角を上げながら先程よりも優しく言うと、軽くなった荷物を背負って別れの挨拶をする。


「じゃ、そろそろ行くわ。また会えたら会おう」

「あら、もう行っちゃうのかい? お金とか大丈夫なの?」


 訊ねるフィーリアにテツは振り返らずに答える。


「ええ、先程質屋で荷物を幾つか売ってきたので恐らく大丈夫です。それに世話になるわけにはいかないので。それでは」

「ねぇ! もう一つあたしの依頼受けて!!」


 フラムは歩き出そうとするテツを引き留めた。彼は背を向けたまま、溜息交じりに返事をする。


「はぁ……内容は?」

「あたしたちのパーティーに入って! それであたしたちを鍛えてほしいの!! 昨日の野盗もテツが1人で、しかも素手でやったんでしょ? あなた……本当はとっても強いんでしょ? だから」

「“くえすと”とやらも出るのか?」

「で,出来れば……」

「ふーん……」


 テツは再び先程と同じ動作で考え事をするフリをした。そしてチラリと後ろに立つフラムを見ながら彼女に条件を突きつけた。


「期間はまず四ヶ月、“くえすと”一回毎にその報酬の四割分、鍛錬の代金はいらん。他の連中が起きたら皆に話してきな、俺はそこら辺ふらついてるから。昼過ぎには戻る、その時に答えを聞くよ」


 そう言うと彼は外へ出て行った。その顔には微かだが温かい笑みがこぼれていた。


(さて、どこ行きましょうか……とりあえず「ぎるど」に行ってみるか)


 外に出たテツは、冒険者というものがどのような職業なのか知るべくギルドに向かうことにした。



 ※ ※ ※



 宿舎から歩いて10分程、彼はギルドに到着した。扉を開けると、だだっ広い部屋が広がり端には休憩用のテーブルや椅子が並べられており、壁には緊急の依頼や行方不明者等の情報が記されている。奥にはカウンターがあり、人間や耳の尖った受付嬢が冒険者や依頼人の対応をしていた。さらにカウンターの奥に目をやると、白く輝く巨大な岩石の様なものが浮いているのが見えた。


(鍛えるにしてもどの位の実力か分からない。簡単そうな討伐系統の“くえすと”とやらでも受けてみるか。さて、受付はそこか)


 テツはカウンターへ向かい1人の受付嬢に声を掛けた。彼女は白く美しい肌、薄い金髪、グラマラスな体型に、緑の瞳と尖った耳を持っていた。あまりの迫力ある体つきにテツは思わず息を吞んでしまう。


「えーっと……失礼お嬢さん、“くえすと”とやらを受けたいんだが手続き等はどうすれば?」


 テツはどうにか受付嬢の豊満な胸、ではなく顔を見つめ続ける事に努めながら単刀直入に尋ねた。受付嬢は落ち着いた口調で、笑顔を浮かべながら答えた。


「お疲れ様です。貴方は……こちらは初めてですか?」

「ええ、まあ」

「申し訳ございません、依頼を受けて頂くにはまずギルドへの登録が必要となりますので、こちらの書類に記入をお願いします」

(どこかで聞いたな。確か“ぎるど”って組合って意味で……面倒くせぇ)


 受付嬢はテツにそっと書類とペンを差し出した。テツは出されたペンを片手に、彼女に1つ質問をする。


「お嬢さん、もし登録していない人間が冒険者と事前に組んで、“くえすと”を受けることは可能か?」

「例外もございますが、原則として禁止されています。外部への情報漏洩などを防ぐためです。発覚した場合は報酬の減額、最悪の場合ギルドからの除名をさせて頂く場合がございます。お互い信用第一ですからね」

「もう一つ聞きたい。兼業は大丈夫か?」


 テツは質問を続けた。


「兼業は許可が下りれば大丈夫です。兼業される場合は事前にこちらに記入をお願いします。掛け持ちされる方はそうそう聞きませんが……」

「なるほどな、分かった……では書かせてもらうよ」


 テツは慣れた筆使いで文字を記していく。今まで見たことのない言語をスラスラと書き記していけるのはどうも気持ちが悪かった。


「……これでいいのか?」

「はい……テツさんですね。依頼屋、ですか」

「ええ、“ぎるど”無所属の冒険者みたいなものです」

「なるほど……許可は少し難しいかもしれませんが……報告させて頂きます。では最後にこちらの石を額に当てて下さい」


 テツは受付嬢から手の平より少し小さめの白い石を渡された。彼は石を丁寧に受け取って、それをまじまじと物珍しそうに見つめ始める。


「これは?」

「記憶の石、メモリアストーンと言います。まず、額に当てて頂くことによってこの石にあなた自身の情報を記録します。そうする事で、体の近くにあれば石に記憶が更新されていきます。依頼中は忘れずに持っておいてくださいね? 依頼を終えたあと、依頼中に更新した情報を私たちの後ろにある、この“記憶の大魔石”と共有させ、依頼の成否や状況をこちらでも把握させて頂きますので」


 受付嬢は一呼吸置いてから説明を再開する。テツは変わらず石を見つめ続けていた。


「また、依頼の期限までにこちらに戻って来られない場合は行方不明者リストに追加して、ギルドからの依頼で他の冒険者に捜索をお願いしています。仮に依頼中に亡くなられてしまった時は、この石が身分証明になりますので無くさないようにお願いします。そして、依頼の成果によっては報酬の増加やランク昇格なども検討させて頂きます」

「そのランクというのは?」


 テツは石から目を離し、受付嬢の方を向いて首を傾げた。


「ランクは、冒険者の格付け、実力の目安です。E、D、C、B、A、Sの順に位が上がっていきます。基本的に最初はEランクからのスタートになりますが、依頼を受けて成果を上げ、こちらギルド本部で認められれば昇格とさせて頂きます。ランクが上がればそれだけ信用も得られますのでより高い報酬の依頼も受けやすくなりますよ」

「理解した、ありがとうお嬢さん。では早速記録させてもらう」


 テツが額に石を当てると石はパリンッ、という音を立てて真っ二つに割れてしまった。


「……」

「えっ、な、なんで!?」


 受付嬢の素っ頓狂な声が建物内に響き、2人は冒険者や他の受付からの注目をしばらく集める。テツは少し気まずそうだったが、受付嬢は周囲の視線に気付かない様子だった。


「……どうした?」


 受付嬢は呆然とテツと石を見つめていたが、彼の呼び掛けで再び我に返る。


「……ハッ! し、失礼しました、少々お待ちください。別の石を持ってきますので」

「ああ……」



 ※ ※ ※



 裏に回った受付嬢はしばらくしてから、先程より少し大きめで更に透明度の高い石を持ってきた。


「お待たせしました、次はこちらでお願いします」


 再び額に石を当てるテツ。すると、石は光を放ち始め、それは数秒で消え去った。


「良かった、これで記録完了です」

「さっきのは何故割れたんだ?」

「メモリアストーンには2種類ありまして、1つは最初にお渡しした人間用、もう1つは今お持ちになっている、人間以外の種族用です。最初に石に記録させる情報というのは個人の年齢、名前、これまでの記憶なのですが、その記憶は人間用では100年ほど、異種族用では1000年ほどの記録が可能です。記憶の許容量を超えるとその石は耐え切れずに割れてしまいます」

「……」


 それを聞いたテツの表情は一瞬にして険しいものとなり、彼は受付嬢を軽く睨みつける。


「普通の人間が100年以上生きるには、私の知る限りで現実的なのは魔力を用いての成長または老化の遅延しかありません。ですが、貴方からは魔力が一切感じられないのです。それに、外見も人間にしか見えません……貴方は一体?」

「……それは今言わなければならないか? それに“記憶の大魔石”とやらに情報共有するなら俺に聞く必要は無いんじゃないか?」


 テツは少し不機嫌そうだった。


「……ごめんなさい、言葉が過ぎましたね。これにて登録は完了になります。長い時間ありがとうございました。情報共有の件ですが私たち受付が出来るのは依頼時の記憶の閲覧と、亡くなられた方や行方不明者の特定のみで、個人情報等を見ることは規則で禁止されていますのでご安心ください。あの……もし機会があればテツさん個人のお話を聞かせて頂いてもよろしいでしょうか?」

「考えておく。こちらこそ付き合っていただいてありがとう。すまない“くえすと”は後でお願いしたい、知人と待ち合わせをしているものでね。いったん失礼させて頂くよ。また後で来れたら来ますわ」

「分かりました、ではお待ちしてますね」


 テツは(きびす)を返し出口へと向かった。



 ※ ※ ※



 外に出てみると、広場が大勢の人で賑わっていた。何事かと気になったテツは近くにいた若い冒険者と思わしき男に声を掛けた。


「失礼、この人だかりは何ですかね?」

「ん? ああ、騎士団の凱旋ってなもんで、皆彼らを一目見ようと集まっているのさ。多分今回も辺境の魔物共を退治してきたんだろう。ほら、見えてきたぞ」


 テツのいる場所からは離れていたので彼には少し見え辛かったが、全身に鎧を纏い剣や槍を持った騎士の集団が徒歩や、武装された馬に乗って移動しているのが微かに見えた。しばらく眺めていると、騎士団がやって来た方向から飛来してくるものが見えた。

 それは巨大な翼を生やし、白い鱗で覆われた竜であった。そして、それには白い鎧を全身に纏った騎士が乗っていた。竜は地上に降りることなく騎士団の進行方向へと飛んで行った。

 突然の光景にテツは少しばかり放心してしまった。


「どうした、あんたまさかこの国の騎士団を見るのは初めてか?」


 小さくなっていく竜を見つめるテツに先程の男性が心配そうに声を掛けた。


「……ええ」

「なら驚くのも無理はない。彼らはこのヴァニル王国が誇る世界最強、そしてドラゴンライダーを唯一持つ騎士団だからな、圧倒されるのも無理はない。ちなみにドラゴンに乗っていたのが団長のスキア様だ。武器の扱い、特に剣術では右に出る者はおらず、魔術の才にも長けているとのことだ。しかもそれに傲ることなく日々鍛錬を続け、今でもその技は研ぎ澄まされ続けているという」


 男の話は段々と熱を帯びてくる。


「さらに誰に対しても礼儀を重んじ、敵に対しても慈悲の心を持たれ、弱きを助け強きを挫く、騎士のみならず皆の憧れのお方だ。更にそのご尊顔は絶世の美青年とのことでな。ああ、一度でいいからお近づきに、出来ればそのお顔を間近で……!」

「……」


 興奮気味の男性からテツは、気付かれないように少しずつ距離を取って騎士団の行進を見つめ続けた。



 ※ ※ ※



 騎士団の行進は30分ほど続いた。彼らが去った後、街はいつもの情景に戻っていた。


(そろそろフラムたちのところに戻るか。丁度良い時間だろう、残り二人も治っているはずだ)


 そう思いながらテツは宿舎に戻ろうと動き始めた。その時、聞き覚えのある声が前方から聞こえてきた。


「いたいた!! おーい、テツー!!」


 大きな声でテツを呼びながら駆け寄るフラム。その後ろには、先日テツが助けた金髪の少女と茶髪の少年もいた。


「戻るって言ったろう?」

「へへへ、でも待ってろとは言わなかったでしょ?」

「全く……答えは決まったか? わざわざ来るってことはそういうことなんだろうが……」

「うん! じゃあ、これからよろしくお願いしまーす!」

今話で名前が出てきたキャラクターの紹介をさせて頂きます。


スキア ヴァニル王国騎士団団長。竜を乗りこなすことが出来る数少ない人物。175cm、70kg

    素顔、経歴等は謎に包まれている。

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